親身しんみ)” の例文
なぜだか知らないけれど、わたし心底から、あなたが親身しんみなかたのような気がしますの。……どうぞ助けてください。ね、助けて。
その服装がいかにも生活の不規則なのと窮迫しているのを思わせると、葉子は親身しんみな同情にそそられるのを拒む事ができなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……のみならず、その叔父独得の陽気な響きを喪った声の中には、今までにない淋しい……如何にも親身しんみの叔父らしい響さえこもっていた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私が親身しんみに愛していた兄フランツの即座な同意を受けてベートーヴェンと婚約したのは、一八〇六年の五月のことであった。
「あい、約束した人が……約束と申しますと、なことに聞えましょうけれど、わたしを親身しんみにしてくれた人が待っているはずでございます」
そして親身しんみになって着物の裁ち方や縫い方を教えた。少しは糸道が明いているのだからといって、三味線も教えてくれた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
親身しんみになって、何から何まで、計ろうて下されたお情けでござりまする。その上、こよいもここで待てば、きっと小殿にお会い出来ようぞと」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのへやは、今夜こんやだ、今夜こんやだ、と方々はう/″\病室びやうしつで、つたのを五日いつかつゞけて、附添つきそひの、親身しんみのものはいたんですつて。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いずれ話はしみじみとしてさすがに、親身しんみの情である。蚕棚の側から、どしんどしん足音さしつつ、兄も出てきた。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして、自身めた経験からみたそういう世の中というものに、親身しんみのむす子をあてはめるため、しかったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
遠い、違つた国へ来て、かうして病気なんかになつて……そんなことを思ひながら、そばでお給仕をしてると、つい、親身しんみに世話をしてやりたくなるわ。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
と、いつになく、親身しんみに老人をなぐさめ、手をとって小村井の往還おうかんまで送ってやって、また、さっきの岸で釣糸をたれようとしていると、中川の下流から
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
保名やすなからだもとどおりになるにはなかなか手間てまがかかりました。むすめはそれでも、毎日まいにちちっともきずに、親身しんみ兄弟きょうだい世話せわをするように親切しんせつ世話せわをしました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
伯父は幾分いくぶんか眉をひそめてその思慮無はしたなきをうとんずる色あれども伯母なる人は親身しんみめいとてその心根こころねを哀れに思い
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
平次がお樂を伴れ込んだのを見ると、女房のお靜は惡い顏をするどころか、自分の親身しんみの姉が、久し振りで里に歸つたやうに、何のへだてもなく受け容れてくれました。
生母に別れた後の鶴見は、親身しんみになって世話をやいてくれるものは誰一人なく、一旦棄てられた小供がまた拾われてかつがつ養われていたような気分にまとわれていた。
親身しんみの叔母よりもかえって義理の叔父の方を、心の中で好いていたお延は、その報酬として、自分もこの叔父から特別に可愛かわいがられているという信念を常にもっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一方かた/\は戸田様の御家来にて三百石取りの身柄のお方が、見る影もない炭屋の男を送ると云うも親身しんみ父子おやこ、多助は嬉し涙に暮れながら山口屋まで送られて帰りました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
女中じょちゅうを置いても事足ることではあるが、女中といってもお大層であり、また親身しんみになって母に尽くすには、他人任せでは安心が出来ず、やっぱり、いっそ、これは家内を貰い
何だか親身しんみに世話をして貰ふ気になれない、それと云ふのが、心から年寄をいたはつてやらうと云ふ優しい情愛がないからなのだと、母親はよくさう云つたが、つまり嫁も姑も
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
不二屋のおかみさんも遠縁とはいえ、立ち入って面倒を見てくれるほどの親身しんみの仲でもないと言った。母は賃仕事ちんしごとなどをしていたが、それも病身で近頃はやめていると言った。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女かのじょわたくしははと一しょに、れい海岸かいがんわたくしかくって、それはそれは親身しんみになってよくつくしてくれ、わたくし病気びょうきはやなおるようにと、氏神様うじがみさま日参にっさんまでしてくれるのでした。
彼は親身しんみの兄弟というものが無い人で、日頃お種の弟達を実の兄弟のように頼もしく思っている。三吉が来た為に、種々いろいろ話が出る。話が出れば出るほど、種々な心地こころもちが引出される。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
着古しの平常衣ふだんぎ一つ、何のたきかけの霊香れいきょう薫ずべきか、泣き寄りの親身しんみに一人のおととは、有っても無きにおと賭博ばくち好き酒好き、落魄おちぶれて相談相手になるべきならねば頼むは親切な雇婆やといばばばか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
勘次等かんじら親子おやこなかよくつてよかんべ、世間せけんきこえも立派りつぱだあ、親身しんみのもなあ、おかげ肩身かたみひろくつてえゝや」おつたはには出口でぐちから一寸ちよつとかへりみていつた。さうしてさつさとつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その時にはもうその粗暴さのうちにも、ある親切なやさしい打ち明けた親身しんみらしい調子がこもっていて、マリユスは突然落胆から希望に移ってゆき、そのためにぼんやりして酔ったようになった。
親身しんみもおよばぬ面倒をみてくれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
北国の冬の日暮らしにはことさら客がなつかしまれるものだ。なごりを心から惜しんでだろう、農場の人たちも親身しんみにかれこれと君をいたわった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お絹は自分の子を危ないところから助け出したような言葉で言っていますが、これはまるきりつくごとではなく、多少の親身しんみが籠っているようです。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
嵯峨さが仁和寺にんなじに、麿まろ親身しんみ阿闍梨あじゃりがわたらせられるほどに、ひとまずそれへおされて、しばらくは天下の風雲ふううんをよそに、世のなりゆきを見ておわせ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これけては御親父樣ごしんぷさま御新造樣ごしんぞさま大概たいがい御心配下ごしんぱいくだすつたことではござりません。友造ともざうや、身體からだつゝしめ、ともさん、さけをおみでないよ、と親身しんみ仰有おつしやつてくださります。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
音絵は親身しんみになって心配した。毎日家事のすきまを見ては程近い歌寿の家を訪ねて介抱してやった。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
何だか親身しんみに世話をして貰ふ気になれない、それと云ふのが、心から年寄をいたはつてやらうと云ふ優しい情愛がないからなのだと、母親はよくさう云つたが、つまり嫁も姑も
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みんな出掛けに一度ずつは見舞いに来てくれるが、親身しんみに看病してゆく者もないと、お君は頼りなげに言った。それでも豊吉はゆうべ来て、四つ少し前までいてくれたと話した。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分は親身しんみの子として、時たま本当の父や母に向いながらうそと知りつつ真顔で何か云い聞かされる事を覚えて以来、世の中で本式の本当を云い続けに云うものは一人もないとあきらめていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前はわしから最も親身しんみな心配と助力とだけを期待していいのだよ。
わたくしというものは御覧ごらんとおなん取柄とりえもない、みじかい生涯しょうがいおくったものでございますが、それでも弟橘姫様おとたちばなひめさまわたくし現世時代げんせじだい浮沈うきしずみたいしてこころからの同情どうじょうせて、親身しんみになってきいてくださいました。
年老いた親身しんみの心はそれに同意することができなかった。
あなたのことを親身しんみに心配していました。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
などと彼らは戯談じょうだんぶった口調で親身しんみな心持ちをいい現わした。事務長はまゆも動かさずに、机によりかかって黙っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
能登守は、お君とその犬との親身しんみな有様をじっと見つめていました。伊太夫はじめ能登守のおともの者がそこへ駈けつけたのはその後のことであります。
何だか親身しんみに世話をして貰う気になれない、それと云うのが、心から年寄をいたわってやろうと云う優しい情愛がないからなのだと、母親はよくそう云ったが、つまり嫁も姑も
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うむ、お三輪と乙吉——それがおめえ親身しんみだというこたあ、おれもうすうす知っているが、なにしろ対手がお十夜にまだ二人の連れがある。でなくてせえあいつらは、おめえの姿を
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……わたくし幼少おさない時より両親ふたおやに死に別れまして、親身しんみの親孝行も致しようのない身の上とて、この上はただ御楼主様ごないしょさまの御養育の御恩を、一心にお返しするよりほかに道はないと
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
親身しんみの叔母よりも義理の叔父を好いていたお延は少し真面目まじめになった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
親身しんみになっていろいろとやさしくわれますので、わたくしほうでもすっかり安心あんしんして、勿体もったいないとはおもいつつも、いつしか懇意こんい叔父おじさまとでも対座たいざしているような、打解うちとけた気分きぶんになってしまいました。
親身しんみに持ちかけてみたり、よそよそしく取りなしてみたり、その時の気分気分で勝手な無技巧な事をしていながらも
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ほんとに済まないね、お礼を申しますよ。それから何でもお前、不自由があったら遠慮なくそうお言い、我儘わがままを言い合うようでないと親身しんみの情がうつらないからね
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
親身しんみの甥よりも他人のおれの方が好きなのだろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、仲時は親身しんみになって。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)