ふんどし)” の例文
どじょうが居たらおさえたそうに見える。丸太ぐるみ、どか落しでげた、たった今。……いや、遁げたの候の。……あかふんどしにも恥じよかし。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お安い御用だ、親分、——その押入の中にある柳行李やなぎがうりと風呂敷があつしの世帶。はゞかり乍ら錦の小袖も、絹のふんどしもあるわけぢやねえ」
或る年の暮に、貞固が五百に私語したことがある。「えさん、察して下さい。正月が来るのに、わたしは実はふんどし一本買う銭もない。」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なんでも晩年味噌みそを買いに行き、雪上がりの往来で転んだ時にも、やっとうちへ帰ってくると、「それでもまあふんどしだけ新しくってよかった」
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だんだんに声を辿たどって行くと、戸じまりをした隣家の納屋なやの中に、兵児帯へこおびふんどしをもって両手足を縛られ、はりからうさぎつるしにつるされていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
雷電の現象はとらの皮のふんどしを着けた鬼の悪ふざけとして説明されたが、今日では空中電気と称する怪物の活動だと言われている。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おたがい、若い頃の、がき、夕顔棚の貧乏暮しのときから、ふんどし一ツで、肝胆かんたんのかたらいもし、出ては、莫迦ばかもしあい、ときには喧嘩もし
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美しい顔を泣きはらしながら、ただふんどしだけを身に纏うてとぼとぼと夕日の下を西の方へ歩んで行った。百姓どもは皆この臆病者をあざわらった。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼はそこで新しい酒樽の木の香を嗅いだり、ふんどし一つで、火の入った酒のき出しを手伝ったりした。彼の肉体にはぐんぐん力がはいってきた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
角助は、天に顔をあげ、「日本の、乃木さんが、凱旋す、雀、目白めしろ、ロシヤ、野蛮国、クロポトキン、きん玉、マカローフ、ふんどし、しめた……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
夏は素裸、ふんどし一つ、冬はどてら一枚で、客があると、どんな寒中でも丸裸になって、ホイかごホイ籠とかけ出す駕籠屋かごやなぞはもはや顔色がない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふんどしひとつになった其角、浅春とはいえ二月の内、川から来る風はまだ素肌には冷たかった。さすがに其角中っ腹になって
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
猪口ちよく一箇を置いた塗りの剥げた茶餉台ちやぶだいの前に、ふんどし一つの真つ裸のまゝ仰向けに寝ころび、骨と皮にせ細つた毛臑けずねの上に片つ方の毛臑を載せて
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
たなの隅にカタのついた汚れた猿又やふんどしが、しめっぽく、すえたにおいをしてまるめられていた。学生はそれを野糞のように踏みつけることがあった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
佐分利はその劇なるを知りながらかかつたのは、大いに冒険の目的があつて存するのだらうけれど、木乃伊ミイラにならんやうにふんどしめて掛るが可いぜ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
他人のふんどしで相撲をとつて初めて役に立ち易いもので、腹黒とか陰険だとかいはれるのも、自然と他を利用するやうに出来上がつてゐるからである。
琵琶湖 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
やがて眼界にわかに開けた所へ出れば、重畳ちょうじょうせる群山波浪のごとく起伏して、下瞰かかんすれば鬼怒きぬの清流真っ白く、新しきふんどしのごとく山裾やますそぐっている。
赤裸体あかはだかのもの、襯衣シャツ一枚のもの、赤いふんどしをしめたもの、鉢巻をしたもの、二三十人がてんでに得物えものを提げてどこということなしに乗り込んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
あるいは太夫たゆうが語り物を典し、雲助がふんどしを質に置くように、寺としてなければならぬものを置くので、質屋の方でも安心して取るのかも知れない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
中島を見ろ、四十五まであの男は木刀一本とふんどし一筋の足軽風情だったのを、函館にいる時分何に発心したか、島松にやってきて水田にかかったんだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
神酒みきをあげ、「六根清浄ろっこんしょうじょう………………懺悔〻〻さんげさんげ」と叫んだあとで若い者がふんどし一つになって此二間はばの大川に飛び込み
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
思案するまでもなく、余は六尺ふんどしを解く。我もとて、嘉助氏も六尺褌を解く。碧洋と義三郎氏とは解こうとせず。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
れたふんどしをぶら下げて、暑い夕日の中を帰ってくる時の気色きしょくの悪さは、実に厭世えんせいの感を少年の心に目醒めざめさせた。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
また、勝浦港では年頃に及んだ処女を老爺に托して破素してもらい、米、酒、および桃紅色のふんどしを礼に遣わした。
そう云って指差す方角から、ふんどし一筋の裸体一貫、隆々たる筋肉を寒風にさらした噂の主のはだか武兵衛が、城中の侍に前後を守られ悠々として歩いて来る。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お前さん、こんなとこで寝るのに着物を着て寝る者があるもんですか。ふんどし一筋だって、肌に着けてちゃ、せせられて睡られやしない、素裸すっぱだかでなくっちゃ……」
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
之等は、合図の下に、ラヴァラヴァをふんどしほども短く着けた数人の若者によって、食物群中から運び出される。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
峡中の美橋、美恵みえ橋が現れて来た。一名ふんどし橋というのがそれだ。褌の節約と馬糞ばふん拾集しゅうしゅうとから得た利益を積み立てて架橋したのが大正三年の洪水で流出した。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
入学してひと月も経たぬうちに理由もなく応援団の者になぐられた。記念祭の日、赤いふんどしをしめて裸体で踊っている寄宿生の群れを見て、軽蔑けいべつのあまり涙が落ちた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
老人はふんどしをしていなかった。白毛を冠った睾丸がぶらぶらとさがった。私はおかしくなって笑った。父と母とは、私の笑うのがおかしいように見せかけて笑った。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「馬鹿云え。先祖譲りの揃いの肉襦袢にくじゅばんが何が恥かしいんだ。俺だってこの二重マントの下はふんどし一つの素っ裸体なんだぞ。構わないからみんなこっちへ這入らせろ」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一方には柿崎村民がふんどしを以て櫓綱ろづなとなし大小(刀)行李こうりなどその中にある漁舟の漂着したるを認め、名主に訴え出でたるより、かれこれ自分の客人なりと分明し
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そこでわたしはふんどしひとつになって仕切りのガラス戸を明けると、窓が閉めきってあるから湯気ゆげが立ちこめていて、陽射しがもやもやした縞模様をつくっていました。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
矢田部先生が、常陸山ひたちやまであるならば、私はふんどしかつぎであるから、相撲としても申分のない対手だった。
本堂の廊下には此処ここ夜明よあかししたらしい迂散うさんな男が今だに幾人も腰をかけていて、その中にはあかじみた単衣ひとえ三尺帯さんじゃくおびを解いて平気でふんどしをしめ直しているやつもあった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
同級生には教授や経済記者もあるから、人のふんどしで相撲を取るのでもないが、分相応の学者の積りだ。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
駕籠舁かごかきは多く辻にいて客に勧めた。彼らは少し暖かくなるとふんどし一つの裸で居た。荷車曳きは寒暑とも通じて裸であった。宮寺には、寒中裸でお参りをする者があった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
れから大阪はあったかい処だから冬は難渋な事はないが、夏は真実の裸体はだかふんどし襦袢じゅばんも何もない真裸体まっぱだか
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
昔、ある城将が、容易に城を出ないのを、攻囲軍が、女のふんどしを送ってはずかしめたという話がある。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
揃いの縮緬の浴衣ゆかた赤無垢綸子あかむくりんずふんどしなどはお安いご用。山車人形の衣裳に二千両、三千両。女房も娘も叩き売って山車の費用を出し合うのが江戸ッ子に生れた身の冥加みょうが
思わず知らず尻餅をついてつらつら考えてみるに今朝はあわてていたのでふんどしも締めずに出て来た。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
いづれにしてもおつぎのこゝろには有繋さすがかすかな不足ふそくかんずるのであつた。勘次かんじあらざらしの襦袢じゆばんふんどし一つのはだかかけて、船頭せんどうかぶるやうな藺草ゐぐさ編笠あみがさあさひもけてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
徳次は水際につないである船の所に行き着く前にもうふんどしとシャツ一枚の半裸体になつてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そこへ何処からか一匹の犬が現れて、与次郎のふんどしくわえてぐいぐい引っ張って行くのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
又向うに駒下駄の音がして赤縮緬あかちりめんふんどしが見えると、助平の雲が出て来る、れは何者だろう、お嬢様か娘か、れを口説いて見ようか、口説いてもかないといけないから
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一人の浪人は、ふんどし一つになっていた。二人は肌脱ぎになっていた。もう一人は、半肌脱ぎで
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
祖父は丁髷ちょんまげをつけて、夏などふんどし一つで歩いていたのを覚えている。その頃裸体禁止令が出て、お巡りさんが「御隠居さん、もう裸では歩けなくなったのだよ。」と言ってやかましい。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
十月廿八日、けふも一人で『緑の森グリユネワルト』とふ方に行つた。今朝、靴下、越中ふんどしなどの洗濯をし、下半身を冷水で洗つた。心が平衡へいかうを得てゐるやうでもあり、不安なやうでもある。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
大山は、半纏はんてんを脱いで、ふんどし一つになって、隅っこの暗いところへ、這って行ってゴロリと横になった。それはまるで、その手紙が、当の本人で、その目から逃げるためのようであった。
「ところが師匠ししょう、笑わねえでおくんなせえ。忠臣蔵の師直もろのおじゃねえが、あっしゃア急に命が惜しくなって、はばかりへ行くふりをしながら、ふんどしもしずに逃げ出して来ちまったんで。……」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)