被布ひふ)” の例文
しかし中にはかれの不断の読経どきやうやら、寺に来てからの行状やらから押して、普通の僧侶——其処等にざらにあるかゝあを持ち、被布ひふを着
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その婦人は繻珍しゅちん吾妻袋あずまぶくろを提げて、ぱッとした色気の羽二重の被布ひふなどを着け、手にも宝石のきらきらする指環を幾個いくつめていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鏡子は手を出したが目は今はいつて来た千枝子にそそがれて居た。千枝子は黒地に牡丹の模様のあるメリンスの袖の長い被布ひふを着て居る。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬くろつむぎの間伸びた被布ひふを着て、白髪しらがの毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お鳥は病院を引き拂ひ、義雄の下宿にセルの被布ひふを取り寄せ、それを着て、今一度、知り合ひになつた入院患者等へ別れを云ひに行つた。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
主人しゆじん細君さいくんほかに、筒袖つゝそでそろひの模樣もやう被布ひふをんな二人ふたりかたつてすわつてゐた。片方かたはうは十二三で、片方かたはうとをぐらゐえた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
上州じょうしゅう伊香保千明いかほちぎらの三階の障子しょうじ開きて、夕景色ゆうげしきをながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷まげに結いて、草色のひもつけし小紋縮緬こもんちりめん被布ひふを着たり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
菊五郎のお蔦、両吟りょうぎんの唄にて花道の出は目のむるほど美しく、今度は丸髷まるまげにて被布ひふを着られしためもあらんが、容貌きりょうは先年より立優たちまされり。
脇息きょうそくに、ほっそりした被布ひふ姿をよりかからせていたお蓮様は、ホッと長い溜息とともに、眉のあとの赤い顔をあげるのも、ものうそう……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お絹のあだっぽい被布ひふの姿はこの宿屋から出て、酔っぱらいのお医者様が来たら部屋へ通して酒を飲ませておくように宿へは言置きをして
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
故意わざとだろう、古風な装いをして、紫被布ひふなんか着て、短かく端折はしょった裾から浅黄色の足袋をのぞかせ、すっきりとしたいい姿を見せていた。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
気を失っているものの、ここにこごえさせておいてはと——お綱は、お千絵の体へ、自分の被布ひふいで着せかけようとした。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この女の着ている派手はでな紫色の錦紗縮緬きんしゃちりめん被布ひふや着物と一緒に、化粧をらしたこの女の容色を引っ立てて、妖艶を極めた風情を示している。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あるじの国太郎は三十五六のお坊っちゃん上り、盲目縞めくらじま半纏はんてんの上へ短い筒袖つつそで被布ひふを着て、帳場に片肘かけながら銀煙管ぎんぎせるで煙草をっている。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
雪の道は凍っていてぬかるみはない、空もようを慥かめたさわは、被布ひふをはおって頭巾ずきんをかぶり、雪沓ゆきぐつをはいてでかけた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、斜に新蔵と向い合った、どこかの隠居らしい婆さんが一人、黒絽くろろ被布ひふの襟を抜いて、金縁の眼鏡越しにじろりと新蔵の方を見返したのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「でもね、親分。あの仇っぽいお半坊が、被布ひふの上へ輪袈裟わげさかなんか掛けて、唵阿牟伽オンアボキャやる図なんてものは、ウフ」
あるがなかにも薄色綸子うすいろりんず被布ひふすがたを小波さヾなみいけにうつして、緋鯉ひごひをやる弟君おとヽぎみともに、餘念よねんもなくをむしりて、自然しぜんみにむつましきさヽやきの浦山うらやましさ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こう云ったのは総髪物々しく、被布ひふを着た一人の易者であった。冷雨ひさめがにわかに降り出したので、そこの仕舞家しもたやの軒の下に、五人は雨宿りをしたものと見える。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大島紬おおしまつむぎ被布ひふなどを着込んでどこかの大家たいけ御隠居ごいんきょさんとでもいいたいようないでたちなので、田舎の百姓家のこちらの母などとは大違いで、年もよっぽど若く見えた。
そのままでお出かけですから、「被布ひふ上前うわまえが汚れていますよ」といいますと、「こうすればよかろう」と、下前を上にして平気でいられるのを笑ったりなどもしました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一方は木綿服に小倉織の短袴たんこを着すれば、他方は綸子りんず被布ひふまとい、儼然げんぜんとして虎皮に坐す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
色は白けれど引臼ひきうすの如き尻付しりつき、背の低くふとりたる姿の見るからにいやらしき娘こそ、琉球人の囲者かこいものとの噂高くして、束髪に紫縮緬の被布ひふなぞ着て時々月琴げっきん稽古けいこに行くとは真赤な虚言うそ
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
紋羽二重もんはぶたえ被布ひふを着て厚い座布団の上にわり浅黄鼠あさぎねず縮緬ちりめん頭巾ずきんで鼻の一部が見える程度に首を包み頭巾の端が眼瞼まぶたの上へまでれ下るようにしほおや口などもかくれるようにしてあった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
濃い茶色の被布ひふを着た青白い端正の顔の、六十歳くらゐ、私の母とよく似た老婆がしやんと坐つてゐて、女車掌が、思ひ出したやうに、みなさん、けふは富士がよく見えますね、と説明ともつかず
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
彼女が次の年に「白薔薇しろばら」を書いたなかに、赤襟、唐人髷の美しいお嬢さまが、九段くだんの坂の上をもの思いつつ歩く姿を、人の目につく黄八丈きはちじょうの、一ツ小袖に藤色紋縮緬ちりめん被布ひふをかさね——とあるのは
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「礼ちゃんの被布ひふですよ、い柄でしょう」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
美しき老刀自ろうとじなりし被布ひふ艶に
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大形おほがた被布ひふの模様の赤き花
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
被布ひふを着て
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
念のために容子ようすを聞くと、年紀としは六十近い、被布ひふを着ておらるるが、出家しゅっけのようで、すらりと痩せた、人品じんぴん法体ほったいだという。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして紫の銘仙のあはせの下に緋の紋羽二重の綿入わたいれの下着を着て、被布ひふは着けずにマントを着た姿を異様ななさけない姿に思はれた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
義雄が東京で買つてやつたセルの衣物を被布ひふに仕立て直して呉れいと云つてたのだが、それの半ばほどいてあつたのは全くほどいてしまつて
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
子供の時分にたえちゃんといういもとと毎日遊んだ事を覚えている。その妹は大きな模様のある被布ひふ平生ふだん着て、人形のように髪を切り下げていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、被布ひふひもを解いて、帯の前をのぞかせた。帯にはなるほど、冷たい一管の笛ぶくろが、お菊ちゃんの清麗を保証するように差してあった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから演奏の時に着ておりましたものの上に被布ひふを羽織りましたまま汽車に乗りまして、故郷の九州福岡へ帰りました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
黒い頭巾をかぶって、着ていたのが合羽かっぱではない、被布ひふであるらしい。下着は白地で、大小を落し目に差しこんでいるが、伊達の落し差しではない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「でもね、親分。あの仇つぽいお半坊が、被布ひふの上へ輪袈裟わげさか何んか掛けて、唵阿牟伽オンアボキヤやる圖なんてものは、ウフ」
芳子は栗梅くりうめ被布ひふを着て、白いリボンを髪にして、眼を泣腫なきはらしていた。送って出た細君の手を堅く握って
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
かよはお納戸色の被布ひふに頭巾を冠って、顔にかかる雪を小扇でけながら、静かに二人のほうへ寄って来た。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
見眞似みまね温順おとなしづくり何某學校なにがしがくかう通學生中つうがくせいちゆう萬緑叢中ばんりよくさうちゆう一點いつてんくれなゐたゝへられてあがりの高髷たかまげ被布ひふ扮粧でたち廿歳はたち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
待つ間ほどなく現われたのは、剃り立ての坊主頭の被布ひふまとった肥大漢で、年は五十を過ぎているらしく、銅色をした大きな顔は膏切あぶらぎってテカテカ光っている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その横に、被布ひふの襟をかすかにふるわせて、お蓮様がうつむいている……ひそかに絹ずれの音が、一方の入口から近づいて、なみいる一同の眼がそっちへ向いた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
上質の久留米絣くるめがすりの羽織と着物がきちんと揃っていた。妹は紫矢絣の着物に、藤紫の被布ひふを着ていた。
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
細く和らかなる女の声響きて、いそがわしく幾がたちてあけし障子の外には、五十あまりの婦人の小作りなるがたたずみたり。年よりもけて、多き白髪しらがを短くきり下げ、黒地の被布ひふを着つ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私はお父様と一緒に家の車に乗り、書生さんたちはそこらで拾って乗ります。男ばかりだからと、黄八丈きはちじょう著物きもの繻子しゅすはかまでした。お母様たちと出る時は、友禅のお被布ひふなどを著せられます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
セルの被布ひふを催促する爲めである。その洋服店と呉服店とは、いづれも高い西洋建てで、賑やかな街の兩角りやうかどを占領して、いかめしく分立してゐる。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
羽織、半纏、或は前垂まへだれ被布ひふなんどいふものの此外になほ多けれどいづれも本式のものにあらず、別にかうを分ちて以て礼服とともに詳記しやうきすべし。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見るとそれは、ところどころ火に焦がされた女の被布ひふ浮織うきおり唐草の江戸紫は、まぎれもなく、お綱の着ていたものである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人と細君のほかに、筒袖つつそでそろいの模様の被布ひふを着た女の子が二人肩をりつけ合って坐っていた。片方は十二三で、片方はとおぐらいに見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)