蟋蟀こほろぎ)” の例文
ふと目が覺めると、消すを忘れて眠つた枕邊まくらもとの手ランプの影に、何處から入つて來たか、蟋蟀こほろぎが二匹、可憐な羽を顫はして啼いてゐる。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
仕打は蟷螂かまきりのやうな顔のつぽけな俳優やくしやだなと思つた。俳優やくしやはまた蟋蟀こほろぎのやうな色の黒い仕打だなと思つた。仕打はとうと切り出した。
柿の葉は花より赤く蜜柑の熟する畠の日あたりにはどうかすると絶えがちながら今だに蟋蟀こほろぎの鳴いてゐる事さへあるではないか。
冬日の窓 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
そのくるま手長蜘蛛てながぐもすね天蓋てんがい蝗蟲いなごはねむながい姫蜘蛛ひめぐもいと頸輪くびわみづのやうなつき光線ひかりむち蟋蟀こほろぎほねその革紐かはひもまめ薄膜うすかは
数時間の後、ランプの消えた部屋の中には、唯かすかな蟋蟀こほろぎの声が、寝台を洩れる二人の寝息に、寂しい秋意を加へてゐた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蟋蟀こほろぎが鳴く夏の青空あをぞらのもと、神、佛蘭西フランスうへに星のさかづきをそそぐ。風は脣に夏のあぢはひを傳ふ。銀砂子ぎんすなごひかり凉しき空の爲、われは盃をあげむとす。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ちひさな芝栗しばぐり偶然ひよつくりちてさへおどろいてさわぐだらうとおもふやうに薄弱はくじやく蟋蟀こほろぎがそつちこつちでかすかにいてる。一寸ちよつと他人ひとにはれぬ場所ばしよであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
蟋蟀こほろぎがよく鳴いた。その聲が二人の胸にしみ通つて來た。——二人はその夜、一睡もしなかつた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
ぢいつとそれらに見入つてゐると、その畑の中から蟋蟀こほろぎの鳴く音が聞ゆる。もうこの蟲が鳴き出したかと思つてゐると、遠くでは馬追蟲の澄んだ聲も聞えて來るのである。
樹木とその葉:22 秋風の音 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
蟋蟀こほろぎでさへ、むしは、宛然まるで夕顏ゆふがほたねひとつこぼれたくらゐちひさくつて、なか/\見着みつかりませんし、……うしてつかまりつこはないさうです……貴女あなたがなさいますやうに
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
詩人若し其歌ふ所に於て、毫も世道人心と相関するなくんば是れ即ち無残なる自慾なるのみいやしくも詩を作りて之を読む者に何の感化を与へずんば是れ蟋蟀こほろぎにだもかざるなり。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
秋の單衣ひとへがひどく潮垂れて、調度のないガランとした住居は、蟋蟀こほろぎ跳梁てうりやうに任せた姿です。
この歌はすでに選出した、「夕月夜ゆふづくよ心もしぬに白露のおくこの庭に蟋蟀こほろぎ鳴くも」(巻八・一五五二)に似ているが、「浅茅がもとに」というのが実質的でいいから取って置いた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
道具を片附けて油手を拭いてゐると、櫺子れんじの外の生垣を籠めてしと/\と青く降る雨に、どこか間近い草の中で、まだ早い蟋蟀こほろぎが一匹、ひそ/\と青白い糸を引くやうに鳴いてゐる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
ふぢばかま尾花折りそへ帰る野のうしろに啼ける蟋蟀こほろぎのこゑ
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
むかしわれはねをもぎける蟋蟀こほろぎが夢に來りぬ人の言葉くちきゝて
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
……そのすそに蟋蟀こほろぎの啼く……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
蟋蟀こほろぎとはさみ虫とがふと出会であひ
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
蟋蟀こほろぎと、出来たての
君がこゝろは蟋蟀こほろぎ
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ふと目が覚めると、消すのを忘れて眠つた枕辺まくらもとの手ランプの影に、何処から入つて来たか、蟋蟀こほろぎが二ひき、可憐な羽を顫はして啼いてゐる。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「何が失敬か」三井氏は蟋蟀こほろぎのやうに物蔭から飛び出して来た。蟋蟀もいくらか過したと見えて、酒臭い息をついて居た。
その内に夜は遠慮なくけ渡つて、彼女の耳にはひる音と云つては、唯何処どこかで鳴いてゐる蟋蟀こほろぎの声ばかりになつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは梵鐘の聲さへ二三年前から聞き得なくなつた事を、ふと思返して、一年は一年より更に烈しく、わたくしは蝉と蟋蟀こほろぎの庭に鳴くのを待ちわびるやうになつた。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
いゝえ、つゞれさせぢやありません。蟋蟀こほろぎは、わたしだいすきなんです。まあ、きますわね……可愛かはいい、やさしい、あはれなこゑを、だれが、貴方あなた殿方とのがただつて……お可厭いやではないでせう。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
秋風あきかぜさむくなべ屋前やど浅茅あさぢがもとに蟋蟀こほろぎくも 〔巻十・二一五八〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
蟋蟀こほろぎ其處そこらあたり一ぱいきしきつて、あつまつたこゑそらにまでひゞかうとしてはしづみつゝ/\、それがゆつたりとおほきな波動はどうごと自然しぜん抑揚よくやうしつゝある。おつぎは到頭たうとう渡船場とせんばまでた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
蟋蟀こほろぎぬ爐のそばで
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
身はすべもなき蟋蟀こほろぎ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ひつそりした部屋の中では、燈心の油を吸ふ音が、蟋蟀こほろぎの声と共に、空しく夜長の寂しさを語つてゐる。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蟋蟀こほろぎの声はいそがしい。燈火ともしびの色はいやにむ。秋。あゝ秋だ。長吉ちやうきちは初めて秋といふものは成程なるほどいやなものだ。じつさびしくつてたまらないものだと身にしみ/″\感じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
先刻さつき蟋蟀こほろぎが、まだ何処か室の隅ツこに居て、時々思出した様に、哀れな音を立てゝゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
蟋蟀こほろぎや蛙のやうな労働者まで歌をむ世の中に、美しい小間使が歌を咏むでならないといふ法はない。二人のお客が帰つたその晩、小間使は久しぶりに師匠あてに長々と手紙を書いた。
蒸暑むしあついのがつゞくと、蟋蟀こほろぎこゑ待遠まちどほい。……此邊このあたりでは、毎年まいねん春秋社しゆんじうしや眞向まむかうの石垣いしがき一番いちばんはやい。震災前しんさいぜんまでは、たいがい土用どよう三日みつか四日よつかめのよひからきはじめたのが、年々ねん/\、やゝおくれる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夕月夜ゆふづくよこころしぬ白露しらつゆくこのには蟋蟀こほろぎくも〔巻八・一五五二〕 湯原王
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
身はすべもなき蟋蟀こほろぎ
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
先刻さつき蟋蟀こほろぎが、まだ何處か室の隅ツこに居て、時々思出した樣に、哀れな音を立てゝゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、ひとつあとへ呼吸いきいたときくもしづんで、蟋蟀こほろぎこゑまぼろしんぬ。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「滅相な、何言はつしやるだ。」媼さんは貞操のかたい蟋蟀こほろぎのやうに悲しさうな声で泣いた。「今さらほかへ片づくなどと、そないな事したら、わしらあの世で二人御亭主を持つ事になりますだ。」
山の上にひとときに鳴くあかときの寒蝉ひぐらし聞けば蟋蟀こほろぎに似たり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
君がこゝろは蟋蟀こほろぎ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
くさがくれのともに、月見草つきみさういた、苫掛船とまかけぶねが、ついとゞくばかりのところ白砂しらすなあがつてて、やがて蟋蟀こほろぎねやおもはるゝのが、數百すうひやく一群ひとむれ赤蜻蛉あかとんぼの、うすものはねをすいとのばし、すつとふにつれて、サ
十和田の夏霧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みさきなるタンジョンカトン訪ひしかばスラヤの落葉蟋蟀こほろぎのこゑ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
中将は蟋蟀こほろぎのやうな長い髯をひねりながら言つた。
闇深きに蟋蟀こほろぎ鳴けり聞き居れど病人やみびと吾は心しづかにあらな
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
いちろくか、くさなかに、ぽつりと蟋蟀こほろぎとまんぬ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「君は蟋蟀こほろぎをくはへてるな。」
蟋蟀こほろぎは、いとをゆるめて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)