薄紫うすむらさき)” の例文
霧島躑躅きりしまつつじ じやう——常談じやうだん云つちやいけない。わたしなどはあまりせはしいものだから、今年ことしだけはつい何時いつにもない薄紫うすむらさきに咲いてしまつた。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
トなだらかな、薄紫うすむらさきがけなりに、さくらかげかすみ被衣かつぎ、ふうわり背中せなかからすそおとして、鼓草たんぽゝすみれ敷満しきみちたいはまへに、美女たをやめたのである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あなたは、薄紫うすむらさき浴衣ゆかたに、黄色い三尺をふッさりと結んでいた。そして、「ボオトはきれいねエ」と言いながら、そでをひるがえして真似まねをした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
年は二十はたちばかり。つぶしの島田に掛けたすが糸も長目に切り、薄紫うすむらさきに飛模様のすそを長々と引いているので、肉付のいい大柄な身は芸者というよりも娼妓しょうぎらしく見られた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
江戸女「薄紫うすむらさきといふやうなあんばいで意気だねえ」上方女「いつかう粋ぢや。こちや江戸紫えどむらさきなら大好だいすき/\」。すなわち、「いき」と「粋」とはこの場合全然同意義である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
はるか向うには、白銀しろかねの一筋に眼を射る高野川をひらめかして、左右は燃えくずるるまでに濃く咲いた菜の花をべっとりとなすり着けた背景には薄紫うすむらさき遠山えんざん縹緲ひょうびょうのあなたにえがき出してある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金こがねの光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫うすむらさきを開き
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
『青、薄紫うすむらさき濃褐色のうかっしょく!』
薄紫うすむらさきにたゞよひて
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
樹立こだちに薄暗い石段の、石よりもうずたか青苔あおごけの中に、あの蛍袋ほたるぶくろという、薄紫うすむらさき差俯向さしうつむいた桔梗ききょう科の花の早咲はやざきを見るにつけても、何となく湿しめっぽい気がして
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その夜のあなたは、また、薄紫うすむらさき浴衣ゆかたに、黄色い三尺帯をめ、髪を左右に編んでお下げにしていました。化粧けしょうをしていない、小麦色のはだが、ぼくにしっとりとした、落着きをあたえてくれます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そうして——突然彼の眼の前が、ぎらぎらと凄まじい薄紫うすむらさきになった。山が、雲が、湖が皆半空はんくうに浮んで見えた。同時に地軸ちじくも砕けたような、落雷の音が耳をいた。彼は思わず飛び立とうとした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……ぱつしゆそこみなぎると、ぎんおほふて、三きやくなゝつにわかれて、あをく、たちまち、薄紫うすむらさきに、あゐげてかるあふつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と女が高くあおぐにれ、高坂もむぐらの中に伸上のびあがった。草の緑が深くなって、さかさまに雲にうつるか、水底みなそこのようなてんの色、神霊秘密しんれいひみつめて、薄紫うすむらさきと見るばかり。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……顔馴染かおなじみの濃いくれない薄紫うすむらさき、雪のはだえ姉様あねさまたちが、この暗夜やみのよを、すっとかどを出る、……とと寂しくなった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実際じつさいなら奇蹟きせきであるから、ねんのためと、こゝで、翌日よくじつ旅店りよてん主人あるじいたのが、……くだん青石あをいし薄紫うすむらさきすぢはいつた、あたか二人ふたりいた座蒲団ざぶとんるとそれであつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おきれいなのが三人さんにんばかりと、わたしたち、そろつて、前津まへつ田畝たんぼあたりを、冬霧ふゆぎり薄紫うすむらさきにそゞろあるきして、一寸ちよつとした茶屋ちやややすんだときだ。「ちらしを。」と、夫人ふじんもくずしをあつらへた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
背後うしろかこつた、若草わかくさ薄紫うすむらさき山懐やまふところに、黄金こがねあみさつげた、ひかり赫耀かくやくとしてかゞやくが、ひとるほどではなく、太陽たいやうときに、かすかとほ連山れんざんゆきかついだ白蓮びやくれんしべごとくにえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おもかげは近く桂木の目の前に、ひとみゑた目もふさがず、薄紫うすむらさきに変じながら、言はじと誓ふ口を結んで、しか惚々ほれぼれと、男の顔を見詰みつむるのがちらついたが、今はうと、一度踏みこたへてずりはずした
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
美しいにじが立ちまして、盛りのふじの花と、つゝじと一所いっしょに、お庭の池に影の映りましたのが、薄紫うすむらさきかしらで、胸に炎のからみました、真紅しんくなつゝじのはねまじつた、其の虹の尾をきました大きな鳥が
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
屋根やね相向あひむかつて、眞蒼まつさをながれへだてた薄紫うすむらさきやまがある。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
菖蒲あやめつて、足許あしもとげた、薄紫うすむらさき足袋たびめる。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)