すね)” の例文
激しい力を加えれば、すねのどこかで骨が折れるかもしれない。右足の骨は病気におかされて、朽木のようにもろくなっているのである。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
佐藤はその頃筒袖つつそでに、すねの出るはかま穿いてやって来た。余のごとく東京に生れたものの眼には、この姿がすこぶる異様に感ぜられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その駕籠を護っているものといえば、被衣かつぎをかぶった四人の老女と、覆面姿の四人の若武士と、すねを出した二人の駕籠きとである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
捕まえたらかまわないから、すねでもたたき折って動けないようにしてしまえ。……畜生、それにしても、写真ぐらいありそうなもんだ。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「爪をってくれい。」そう主人の命咐いいつけを酔った手つきで、白すねの投げ出されたときは、実際からだが震えるほど、ぞっと嬉しかった。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
飛び下りる心構えをしていたすねはその緊張をゆるめた。石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
白い襦袢じゅばんに白い腰巻をして、冬大根のようになめらかな白いすねを半分ほど出してまめまめしく、しかしちんまりと静かに働いていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黒襟かけた白の紋つき、その紋は、大きく髑髏しゃれこうべを染めて……下には、相変わらず女ものの派手な長襦袢ながじゅばんが、痩せたすねにからまっている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
最初の一足ひとあしで十マイル、それですねの半分どころの深さでした。二足ふたあし目も十マイル、その時には、水がちょうど彼の膝の上まで来ました。
奥州から都まで、年に二度はきっとすねで通っている男なので、自然学識のない禅坊主みたいな、太っ腹だけは出来ているものとみえる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幾分すね爪先つまさきに何か故障があるやうだつた。彼はたつた今私が立ち上つたばかりの段々の方へびつこをひいて行つて、坐つてしまつたから。
黒い上衣うわぎに短い半ズボンを穿いてすねをあらわした仏蘭西風の子供の風俗は、国の方で見るものとは似てもつかないようなものばかりだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これがとまりくと、大形おほがた裕衣ゆかたかはつて、帯広解おびひろげ焼酎せうちうをちびり/\りながら、旅籠屋はたごやをんなのふとつたひざすねげやうといふやからぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「都合次第で、家重代の銘刀が出て来たり、全くの裸一貫、腕一本すね一本から仕上げたり、大将の言うことは実際矛盾している」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
足の勇は、ズボンの上からすねを叩いてニヤニヤとして居ります。新聞の特種競争を、マラソン競走と間違えそうなところがこの男の身上です。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
少女は素足のすねを幾分寒さうにのばしながら、奥まつた一隅に朝着のまま立つてゐる伊曾の方へおくした様子もなく進んで行つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼はそこの、むしろの座席で田舎の兄さんのすねや、娘さんのお尻にもまれながら、窮屈な思いをして、曲馬と軽業を一巡ひとめぐり見物した。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まなこの光にごひとみ動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。まといしはあわせ一枚、裾は短かく襤褸ぼろ下がり濡れしままわずかにすねを隠せり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
即ち牛のすねの骨付肉が最もスープに適当な処で、その肉を細かく切り骨もともにおよそ二斤半位なものへ水を五合ほど入れて
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのくるま手長蜘蛛てながぐもすね天蓋てんがい蝗蟲いなごはねむながい姫蜘蛛ひめぐもいと頸輪くびわみづのやうなつき光線ひかりむち蟋蟀こほろぎほねその革紐かはひもまめ薄膜うすかは
石油を撒き、石油ランプをともし、子供がすねまで、くさった水苔くさい田の中へ脚をずりこまして、葉裏の卵を探す代りに。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
雪はすねに及び、膝に及び、ももにおよび、あらぬ所に足ふみこめば、腰にすら及ばんとする。M君がさす金剛杖の手許てもとわずかに残る所もあった。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
「ではきゃつすねに持つ疵で早くも悟ったのだね。それにしても聞きもしないのにこんな事を書くのは白状したようなものだ」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「お前さんは、死人の肉を食ったわたしをこわいと思いますか。わたしの方では、生きたお父さんのすねをかじるお前さんの方が、よっぽど怖い」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
腰に下げた手拭てぬぐいをとって、海水帽の上からしか頬被ほおかむりをした。而して最早大分こわばって来たすね踏張ふんばって、急速に歩み出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
近頃すっかり脂肪あぶらのなくなったわがすねよ。すっかり瘠せてしまって、ふくらっはぎの太さなんか、威勢のよかったときの三分の一もありはしない。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あるひは夫婦づれの、或は独身者らしいすね一本の労働者が、青服の着流しで、手荷物を振分に背負つて、ぼつ/\桟橋さんばしから上陸して来るのを見ると
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
もとより、こうしたためしは世の中に沢山あることだそうで御座いますが、すねに傷持つ身には、神様よりの警告としか考えられぬので御座いました。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
手首まで覆っている肌襯衣はだシャツのようなものだの、すねにぴっちりついている裾裏すそうらと共色の股引ももひき穿いているのを異様に思った。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
吐くうち下り方のよき道なれば失敬と振り𢌞す帽子は忽ち森の陰となりぬ畜生あなどツて一番やられたよし左らば車が早きか我々のすねが達者か競爭を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
と等分に二人へ云いかけながら、先ず青木の脚の繃帯をいた。色の黒い毛ムクジャラのすねのあたりを、拇指おやゆびでグイグイと押しこころみながら
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すねきず持つ彼は、頼長になにやら睨まれているような気がして、なるべくその傍へは寄り付かぬように努めていたが、もう誰に憚ることもない。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
由「宜しゅうございます、此方こなたへ首をおかけなさいまして、脊割せわりすねで押せば宜しいので、何しろお薬を……旦那お薬を」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
然しすねが真っ二つに折れて、雪の中に横たわってるヘッスラーを見ると、実際、可愛そうで、大きなことは云えなくなる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
チョッキはふつう派手な色で、縞模様しまもようがついており、きちっとしたズボンはひざの下までのびて、すねのなかほどまできている乗馬靴にとどいている。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
細いすねに黒いゲートルをき、ひょろひょろの胴と細長い面は、何か危かしい印象をあたえるのだが、それをささえようとする気魄きはくも備わっていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
一月の後になつて、それは勞働者のすねのやうに代赭たいしや色のつやつやした皮で張られて來た、足は白い消しゴムのやうに軟く五本の指が動くのであつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
壁の一角を与うれば、背中および両すねの緊張と、石のへこみにかけた両ひじおよび両のかかととをもって、魔法でも使うように四階までも上ることができた。
がめたるの靴下が慄悍ひょうかんすねを包んで、破けまいと努力していた。その輪廓は脂肪過多の傾向からはずっと遠かった。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
木の根で、すねもも、それからしりをひっかかれる。水が腹まで来ると、もう上へあがろうとする。逃げ出そうとする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
甚だしき怒声を発してそのすねや尾をき、またしりを咬むと相手またこれに返報し、姫御前ひめごぜに不似合の大立ち廻りを演ずるを酋長らえ飛ばして鎮静す。
細クテスッキリシテイルノダケレドモ、膝ノ下カラくるぶしニ至ル線ガ外側ヘ曲ッテイテ、靴ヲ穿イタ足首トすねトノ接合点ガ妙ニレボッタクふくランデイル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
老い疲れたる帝国大学生、袖口そでぐちぼろぼろ、蚊のすねほどに細長きズボン、鼠いろのスプリングを羽織って、不思議や、若き日のボオドレエルの肖像とうり二つ。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、ボースンの、ゴム長靴のペケを利用して、そのすねの部分だけを、ゲートル流にはいていたのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
夜が更けるに従って、雪がこごって堅かったが、各自がいましめ合って雪の上を踏んで行くと、すねを切るように抜け落ちるのである。折々おりおり木枯が激しく吹き荒んだ。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
倭文子は、それを烈しく拒んだ、膝をすりむいたと見え、あらわに見える真白なすねに、血が一筋流れていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『そ、そんなにつよいのですか。』と彌次馬やじうま士官しくわん水兵すいへいわれも/\とやつてたが、成程なるほど武村たけむらすね馬鹿ばかかたい、みな一撃いちげきもと押倒おしたをされて、いたい/\と引退ひきさがる。
背嚢の中の雑品や弾丸袋の弾丸がけたたましくおどり上がる。銃の台が時々すねを打って飛び上がるほど痛い。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「御紹介しましょう、佐々伸子さん、こちらは吉見素子さん、お父さんのすねかじりのいい身分の人ですよ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その遺言ゆいごんに一年も過ぎたなら、こうこうした処だから往って見よとあったので、その通りに時経てのち出かけて捜して見ると、偉大なるすねの骨などが落ち散り
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)