“結城:ゆうき” の例文
“結城:ゆうき”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治10
泉鏡花3
林不忘3
柳田国男3
岡本綺堂2
“結城:ゆうき”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 工芸 > 工芸25.0%
文学 > 日本文学 > 日本文学0.9%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
服装はあかい短靴をほこりまみれにしてホームスパンを着ている時もあれば、少し古びた結城ゆうきで着流しのときもある。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼曰く「節母烈婦あり、しかりて後孝子忠臣あり、楠、菊池、結城ゆうき瓜生うりゅう諸氏において、これを見る」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
黒い結城ゆうきの袷羽織、太い綱のような白縮緬の帯、角刈にしている頭髪の下に、かぬ気らしい、精悍な、面長の顔がある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
宇都宮は、結城ゆうき宗広の領で、いわば官軍の一拠点である。七日ほどの休養と装備をととのえ、また参陣の新手も加えて、
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これをたすける人々には、結城ゆうき宗広、伊達行朝だてゆきとも、そのほか、奥州五十四郡の心ある武士どもがあった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結城ゆうき薩摩さつまの二座が絶えた後、東京の人形芝居は単に寄席においてのみ観られる興行物になってしまった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
せみこえが、低い西洋館をつつんでいた。茨城県いばらきけん結城ゆうき警察屯所の時計は、ちょうど一時半をさしている。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お蝶は下野しもつけ結城ゆうきで機屋をして、困らずに暮しているものの一人娘であるが、婿を嫌って逃げ出して来たと云うことであった。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると、このうちにあった結城ゆうき太田おおた大夫判官たゆうのほうがん親光ちかみつは、なに思ったか、
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少禿天窓すこはげあたまてらてらと、色づきの顔容かおかたち、年配は五十五六、結城ゆうき襲衣かさねに八反の平絎ひらぐけ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瀬田方面、三千騎 総大将 千種ノ中将忠顕ただあき、名和伯耆守ほうきのかみ長年、結城ゆうきの判官親光
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
引廻しの時も、前のうまやから馬が出て大通りを通ったが結城ゆうきの着物をきて薄化粧をしていたといった。
めしかなんかのいい着物を着て、私の連合の方はやっぱし結城ゆうきかなんか渋いものを着ていました。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
つねにはのみにこゝろまらざりし結城ゆうき風采やうす今宵こよひなんとなく尋常なみならずおもはれて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
結城ゆうき以後影を隠した徳用とくよう堅削けんさくを再出して僅かに連絡を保たしめるほかには少しも本文に連鎖の無い独立した武勇談である。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
結城ゆうき、長沼、塩冶勢えんやぜいなどの数千騎が、果てなくお供にしたがって、沿道は、数万の見物が押しあいへし合い、その盛観と、洛中の人出は
山を背負って二つの藩がある。一つは結城ゆうきの里。水野日向守みずのひゅうがのかみ一万八千石。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その一行には、左馬権介さまごんのすけ結城ゆうき七郎、千葉平兵衛尉ちばへいべえのじょう葛西かさい十郎、筑後ちくご六郎、和田わだ三郎
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこから右に折れて栃木県の足利あしかがや佐野、更に東すると茨城県の結城ゆうきがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
……今度結城ゆうきの織元で、鶴屋仁右衛門つるやにえもんといって下総しもうさ一の金持なんですが、その姉娘と縁組ができ、結納がなんでも三千両とかいう話。
穀の木をえられた地方が今の下総しもうさ結城ゆうきであったとも言われている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こん亀甲きっこう結城ゆうき茶博多ちゃはかたの帯を甲斐かいの口に、渋く堅気につくった三次、夜が明けるが早いか亀安の暖簾のれんを潜った。
人々は「結城ゆうき」と云い、「大島おおしま」と云い、「八丈はちじょう」と云う。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
世に越前家えちぜんけと云うは徳川家康の第二子結城ゆうき宰相秀康ひでやす
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
——かたがた、平泉の藤原三代の府は亡んでも、あれいらいの伊達だて、佐竹、結城ゆうきそのほか北藩ほくばん数十の族党は、つねに不気味な武力と潜勢力の保持者である。
結城ゆうきの衣装に博多はかたの帯、鮫鞘さめざやの長脇差を差している。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんな真打のいることも、地味な唐桟とうざん結城ゆうきや黒紋付や、そうしたこしらえの東京の落語家ばかり見慣れてきた今松の目には、虫唾むしずの走るほどいやだった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
下総しもうさ結城ゆうきの里ゆ送り来し春のうずらをくはん歯もがも
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただいつの間にか、先刻さっき欽之助が脱いだままで置いて寝に行った、結城ゆうき半纏はんてんせかけてあった。とお杉はこれをいって今もさめざめと泣くのである。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝も的場まとばで一汗しぼって、本丸の道灌堀どうかんぼりからお駕台かごだいの附近へ、早咲きの梅を見ながら歩いてきた吉宗、ごつい木綿の平服に結城ゆうきはかまをつけ、
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と田辺は結城ゆうき警察屯所とんしょの人選を恨んだ。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヘソクロ 下総しもうさ結城ゆうき下館しもだて
その時分は結城ゆうきずくめのった身なりに芸人らしく見えた事もあったのが、今は帽子もかぶらず、洗ざらした手拭地てぬぐいじ浴衣ゆかた兵児帯へこおびをしめ素足に安下駄をはいた様子。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
結城ゆうき伯耆ほうき、楠木、千種ちぐさ
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほか、関東の大族、結城ゆうき、宇都宮、千葉、三浦、武田、伊東、河越、工藤なども陣々数十ヵ所にわかれて、山のヒダや峰道やまた部落に長陣をそなえ、楠木の最後の一城、千早を取巻いているのであった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい。立花城とよぶ彼方の山こそ、彼が故郷ふるさとにございまする。……が、その貞載は、箱根合戦からいくばくもない後、都において、結城ゆうき親光の刃傷にんじょうに会い、あえなき落命をとげました」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下総しもうさ結城ゆうきに行って結城家となったばかりでなく、さらに相州にも立派な根拠地を持って、今煙草たばこのできる秦野はだのに住んで波多野家となり、さらに山一つ越えて松田に住んで松田家を作り
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
御覧なさいまし、『八犬伝』は結城ゆうき合戦に筆を起して居ますから足利氏の中葉からです、『弓張月』は保元からですから源平時代、『朝夷巡島記あさいなしまめぐりのき』は鎌倉時代、『美少年録』は戦国時代です。
それは「結城ゆうき」であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この大水郷をめぐって、結城ゆうき新治にいばり、筑波、豊田、猿島さしま、相馬、信太しのだ真壁まかべの諸郡があり、その田領でんりょうの多くは——というよりは、ほとんどが、この地方の源平二氏の分野になっていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
座元は結城ゆうきだか薩摩さつまだか忘れてしまいましたが、湯島天神の境内けいだいで、あやつり人形芝居を興行したことがありました。なに、その座元には別に関係のないことなんですが、その一座の人形使いのあいだに少し変なことが出来しゅったいしたんです。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
水戸の今の殿様は、結城ゆうきから入ったいねというのを御寵愛になるげなが、この女子おなごは、昼はおすべらかしにうちかけという御殿風、夜になるとつぶし島田に赤い手絡てがら浴衣ゆかたがけといういきな姿でお寝間入りをなさるそうな。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しきりに争うておる処へ、ガラリと縁側の障子を開けて這入って来た男を見ると、紋羽もんぱの綿頭巾を鼻被はなっかむりにして、結城ゆうき藍微塵あいみじん単衣ひとえものを重ねて着まして、盲縞の腹掛という扮装こしらえ、小意気ななりでずっと這入って、
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
結城ゆうきの袷に白の勝った唐桟とうざんの羽織、博田はかたの帯に矢立てを差して、念入りに前だれまで掛けた親分の岡っ引きいろは屋文次、御用の御の字もにおわせずに、どこから見ても相当工面のいいお店者たなものという風俗で、待遠しそうに土間のかまちにきちんと腰をおろしている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
猿若町三座の中でも、結城ゆうき孫三郎あやつりの常小屋の真向うの中村座は、江戸随一、りすぐりの名優を座付にして、不断の大入りを誇っていたのが、物の盛衰は理外の理、この春ごろから狂言の立て方が時好と妙にちぐはぐになって、ともすれば、軒並のほかの小屋からされ勝ちに見えて来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それと違って、同郷だというと、むやみにいがみ合い、ケチをつけたがる風習の土地柄がある、たとえば、水戸の如きは、あれだけの家格と人物を持ちながら、到底一致することができない、奸党かんとうだ、正義派だ、結城ゆうきだ、藤田だと、始終血で血を洗っている、薩摩あたりに比べると絶大な損だ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
越後えちごへ行っては上杉家へ仕え、会津あいづへ行っては蘆名あしな家へ仕え、奥州おうしゅうへ行っては伊達だて家へ仕え、盛岡へ行っては南部家へ仕え、常陸ひたちへ行っては佐竹家へ仕え、結城ゆうきへ行っては結城家へ仕え、安房あわへ行っては里見家へ仕えた。いつも不安でならなかった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本でも徳川の初期時代には、男女の衣裳に区別がない程一般に派手好みの服装が流行して居たのだ。唐桟とうざんを喜んだり、結城ゆうきを渋がったりするのは、幕末頃の因循な町人趣味を受け継いで居るんだ。現代の日本人は宜しく慶長元禄時分の、伊達だて寛濶かんかつな昔の姿に復らなければいけない。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
千葉ノ大介、宇都宮三河守、小山政朝、武田伊豆ノ三郎、小笠原彦五郎、土岐伯耆ほうき、芦名ノ判官、三浦若狭わかさ、千田太郎、じょう大弐だいに結城ゆうき七郎、小田の常陸ノ前司ぜんじ、長江弥六左衛門、長沼駿河守、渋谷遠江守、伊東前司、狩野七郎、宇佐美摂津ノ判官、安保あぼの左衛門、南部次郎。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結城ゆうき藍微塵あいみじんの一枚着、唐桟柄とうざんがら袷羽織あわせばおり、茶献上博多けんじょうはかたの帯をぐいとめ、白柔皮しろなめしの緒の雪駄穿せったばきで、髪をすっきりと刈った、気の利いた若いもの、風俗は一目で知れる……俳優やくしゃ部屋の男衆おとこしゅで、初阪ものには不似合な伝法。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若先生光起は、結城ゆうきあわせ博多はかたの帯、黒八丈の襟をかさねて少し裄短ゆきみじかに着た、上には糸織藍微塵あいみじんの羽織平打ひらうち胸紐むなひも、上靴は引掛ひっかけ、これに靴足袋を穿いているのは、けだし宅診が済むと直ちに洋服に変って、手車で病院へ駆けつけようという早手廻。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「みな聞け。いまも金沢ノ大夫に申したが、近ごろ武門は寝返り流行ばやりとか。遠慮はないぞ。鎌倉を出たい者はこのさい新田へ走るがいい。——さきには足利、結城ゆうき、いやあんなに、わしが可愛がっていた道誉すらもだ。見事な寝返りを見せおった。……いわんや、高時がさして目もかけなかったやからの寝返りはむりとも思わん」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸褄えどづまの下から加茂川染の襦袢じゅばんを見せるというので「派手娘江戸の下より京を見せ」という句があるが、調和も統一も考えないで単に華美濃艶かびのうえんを衒う「派手娘」の心事と、「つやなし結城ゆうきの五ほんてじま、花色裏のふきさへも、たんとはださぬ」粋者すいしゃの意中とには著しいへだたりがある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)