睥睨へいげい)” の例文
「お前は……」と牧師が怒気のために息づまりながら何か言い出そうとすると、男はしずかに口を開いて牧師を睥睨へいげいしながら言った。
悪魔の聖壇 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
月光を線に延ばして奇怪な形に編み上げたようなアームチェーアや現代機械の臓腑の模型がグロテスクな物体となって睥睨へいげいし嘲笑し
バットクラス (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時によると、主人でも叱り付けるという勢いであるから、この金蔵老人に睥睨へいげいされると、大抵のものは縮み上がってしまうのである。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
握った丸太はいつも上段で、じっと敵を睥睨へいげいした。静かなること水の如く、動かざること山の如しといおうか、さざなみほどの微動もない。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まなこはなたず睥睨へいげいしてる、猛狒ゴリラ益々ます/\たけ此方こなたうかゞつてる、この九死一生きうしいつしやうわか不意ふいに、じつ不意ふいに、何處どこともなく一發いつぱつ銃聲じうせい
士族気質かたぎのマダせない大多数の語学校学生は突然の廃校命令に不平を勃発ぼっぱつして、何の丁稚でっち学校がという勢いで商業学校側を睥睨へいげいした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
何んとなく此界隈を睥睨へいげいして居る感じですが、今朝はさすがあわただしく、人の出入が、町の人達の好奇と苛立いらだたしさをかき立てて居ります。
而して此間にあたりて白眼天下を睥睨へいげいせる布衣ほいの学者は日本の人心を改造したり、少くとも日本人の中に福沢宗とふべき一党を形造れり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
暴風雨あらしがふけば、すぐ壊れるような土塀を、お城の鉄壁ともたのんで、御家中はみな、非常の心構えをゆるめずに、四隣を睥睨へいげいしておるのだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
返り血を浴びたまま顔色蒼白となって四辺あたり睥睨へいげいしつつ「俺の事業しごとを邪魔するかッ」と叫んだ剣幕に呑まれて一人も入場し得なくなった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうして時折その軒先には花紋の飾瓦かざりがわらを用います。しかも屋根の中央にあの驚くべき怪物が吾々を睥睨へいげいするのがしばしば見られるでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
吾々は其高尚な永久の仕事に従う天の選民だと、其日を離れて永久が別に有りでもするような事を言って、傲然として一世を睥睨へいげいしていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
当時の慷慨家をして「彼巍然ぎぜんたるニコライ会堂」あるいは「東京市中を睥睨へいげいする希臘ギリシャ教会堂」と慷慨せしめたる、四百年前の最大」建築なり。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
万里の波濤はとう俯瞰ふかん睥睨へいげいする大ホテル現出の雄図、むなしく挫折ざせつした石橋弥七郎氏の悲運に同情するもの、ただひとり故柳田青年のみならんや!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
渡世人とせいにんの姿勢を崩さず、羞恥しゅうちとか、有り来たりの女らしさなぞは対岸に捨て去って、世間を睥睨へいげいして暮らして行くのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
その芸術の優秀なことに於て前後を睥睨へいげいしているのと、案内人が遠慮会釈もなく、「これが有名な東大寺大仏殿の仁王、右が運慶うんけい、左が湛慶たんけい——」
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
喧嘩に勝った鶏は揚々として首を高くもたげて四辺を睥睨へいげいし、あたかも凱旋将軍の如くでますます飼主に重んぜられる。
去年までは車にしたが、今年ことしは今少しらくなものをと考えて、到頭以前睥睨へいげいして居た自動車をとることにした。実は自身乗って見たかったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
種々の制度もありてたがいに相睥睨へいげいし、汝、我を斬らば、我、汝を刺さんというがごときの意気あるにもかかわらず
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
手もなくプロメシュースそっくりだ! 鷲のように辺りを睥睨へいげいしながら、軽快な足どりで悠然と歩きまわってござる。
二人は東京と東京の人をおそれました。それでいて六畳のの中では、天下を睥睨へいげいするような事をいっていたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真っ黒な大しゃもじは、しばし私を睥睨へいげいするように、のし掛からんずるようにして、宙に止まり浮いている。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そして三角州の突端、騎馬のウェリントン公爵像は背後に英蘭銀行バンク・オヴ・イングランドを、右手に株式取引所の厖大な建物を護り、巡査部長のように雑踏を上から睥睨へいげいしている。
ロンドン一九二九年 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
真実に脱俗して栄華の外に逍遥しょうようし、天下の高処におりて天下の俗を睥睨へいげいするが如き人物は、学者中、百に十を見ず、千万中に一、二を得るも難きことならん。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
築山の中腹に血達磨ちだるまのごとき姿をさらして、左膳は、左剣を大上段に火を吹くような隻眼で左右を睥睨へいげいした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
遙かに日之本六十余州を睥睨へいげいしていたと伝えられる、不落難攻の青葉城は、その天守までがひと目でした。
築地塀ついじべいに似た屋根つきの土のへいをめぐらした広い敷地の中に、うっそうたる大樹に囲まれて、純日本ふうの二階家が、あたりを睥睨へいげいするようにそびえていた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さすがの燕王も心に之をにくみて色よろこばず、風声雨声、竹折るゝ声、裂くる声、物凄ものすさまじき天地を睥睨へいげいして、惨として隻語無く、王の左右もまたしゅくとしてものいわず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
うに卒業して、学生でもなく生徒でもなく、受験生という変体名称へんたいめいしょうの下に甲羅こうらへた髯武者達が来て、入学しない中から日和下駄ひよりげた穿いて周囲あたり睥睨へいげいしていた。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
生きながら彼はいま戒壇院を睥睨へいげいしているわけである。ここのこの木牌室ほど県下で立派なものはないということだが、私も一度見た。金色燦爛さんらんたる部屋である。
四方を睥睨へいげいする。見物に対する虚勢らしい。戦闘員がやって来ると、悠々と石柱のかげに引っこむ。兜の下に黒い面をかぶっているので、どちら方かわからない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今はもう、これまでと思いつめた教経は、大太刀、長刀をはじめ、兜まで海の中へ投げ捨て、身軽な装立ちになると、仁王立ちになって、あたりを睥睨へいげいしながら叫んだ。
宇内うだい睥睨へいげいし、日月を叱咜しつたせし、古来の英雄何すれぞ墳墓の前に弱兎じやくとの如くなる。誰か不朽といふ字を字書の中に置きて、しかして世の俗眼者流をしてほしいまゝに流用せしめたる。
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
槍ヶ岳や大天井おおてんしょうとの相撲すもうには、北穂高東穂高の二峰がそれぞれ派せられている、いずれも三千米突内外の同胞、自ら中堅となって四股しこを踏み、群雄を睥睨へいげいしおるさまは、丁度
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
今まで早稲田大学は帝都の僻隅へきぐうにあって天下を睥睨へいげいして威張っておったけれども、社会からあれは私立大学だと言われて、価値のないものの如く俗人から誤解されておった。
始業式訓示 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
巡査は巡査らしく立ちどまってあたりを睥睨へいげいし、犬は鎖を張って子供を引いて去った。
年処を経たオンコの珍しい巨大なのが一本、あたりの濶葉樹かつようじゅのなかにそびえ、緑というよりはむしろ、重くくろずんだまッ黒なときわ葉を密生させ、すッくと原野を睥睨へいげいしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
昔はぶっさきばかまの侍がその上に立って、四辺を睥睨へいげいしたであろう。石垣に続いた土手は、ゆるい傾斜で、濠の水面まですべっていた。水は青いぬらでよどんでいた。菱の葉が浮いていた。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
悠然いうぜん車上しやじようかまんで四方しはう睥睨へいげいしつゝけさせる時は往来わうらいやつ邪魔じやまでならない右へけ左へけ、ひよろひよろもので往来わうらい叱咜しつたされつゝ歩く時は車上しやじようの奴やつ癇癪かんしやくでならない。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
我黨はすなはち五大洲を睥睨へいげいして彼の千魂萬魂といはれたりし怪物、わが日の本の鴎外將軍が審美の利劍につんざかれて、つひにこそそが正體をあらはしつれと、あまねくとつ國びとにのらまくす。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
日本全土を睥睨へいげいして独特の奇才を現はしはじめてきたのが、石田三成であつた。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
宇宙の中心に座を占めて四辺を睥睨へいげいした。自己に醒めたるものの必ず通り行く道は個人主義である。それには醒めたる個人をして、しかあらしむる現実生活の種々なる外的の圧力がある。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
風貌ふうぼうも、その時はちゃんとネクタイをしておられたし、飄々ひょうひょうなどという仙人じみた印象は微塵みじんも無く、お顔は黒く骨張って謹直な感じで、鉄縁の眼鏡の奥のお眼は油断なく四方を睥睨へいげい
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
折々書生仲間の中には、頭髪を蓬々とし、肩を怒らし、短い衣服を着て、怖い顔付をし、四辺を睥睨へいげいしながら、「衣至于肝、袖至于腕」などとうたって、太い棒を持って歩いている。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
神田かんだ本郷ほんごう辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会(但し一番の安い切符の席に限るが)兜屋かぶとや三会さんかい堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然ごうぜんと俗衆を睥睨へいげいしている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある美貌びぼう声楽家せいがくかは、ゆび宝石ほうせきをかがやかせ、すましこんで、ステージにち、たとえ聴衆ちょうしゅう睥睨へいげいしながらうたっても、かげでは、権力けんりょくのあるものや、金力きんりょくあるもののめかけであったり、おとこどもには
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
紫色のうるみを帯びた大きな目は傍で観て居る人々を睥睨へいげいするかのやう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
開拓記念に最も好箇かうこな農科大學や、いつも高い煙突の煙りを以つて北地を睥睨へいげいする札幌ビール工場や、製麻會社や、石造りの宏大な拓殖銀行や、青白く日光の反射する區立病院や、停車場、中島遊園
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
酔ヘバ則チ一世ヲ睥睨へいげいシ、モシ意ニもとルコトアレバ、すなわチ面折シテ人ヲはずかシム。ここヲ以テ益〻ますます窮ス。シカモソノ志ノ潔ナル世知ル者ナシ。文久二年壬戌十一月二十八日病ンデ江戸不忍池しのばずのいけ僑居きょうきょニ没ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
青木は傲然として、知識的にクラス全体を睥睨へいげいしていたのだ。
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)