白銀しろがね)” の例文
九月末の夕日はいつか遠い峰に沈んで、木の間から洩れる湖のような薄青い空には三日月の淡い影が白銀しろがねの小舟のように浮かんでいた。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かげから、すらりとむかうへ、くまなき白銀しろがねに、ゆきのやうなはしが、瑠璃色るりいろながれうへを、あたかつき投掛なげかけたなが玉章たまづさ風情ふぜいかゝる。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この地を立とうとすると、ひとりの若い大将が、白い戦袍ひたたれをつけ、白銀しろがね盔甲かぶとよろいを着て、一隊の軍馬をひきいて、これへ急いで来た。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さうしてそのとき真夏の午後の白銀しろがねの日は、怖しいほど、たゞしんしんと池全体へふりそゝいでゐるのだつた。(昭和十七年夏)
下町歳事記 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
されど、そのかわりには、うろこ生えておおいなる姿の一頭のりゅう、炎の舌を吐きつつ、白銀しろがねの床しきたる黄金の宮殿の前にぞうずくまりてまもりける。
ロミオ や、おれぶは戀人こひゞとぢゃ。あゝ、戀人こひゞとよる聲音こわねは、白銀しろがねすゞのやうにやさしうて、けばくほどなつかしい!
ぼうッと夢のようにぼかされた白銀しろがねのその雪の夜道を、豆州家自慢のお陸尺たちは、すた、すた、と矢のように飛びました。
貴方がたはこの世界の初め、石神の身体からだから出た三つの宝物、白銀しろがねの鏡と宝石の蛇と私の役目をお忘れになりましたか。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
彼はその日の朝、白銀しろがねの涙をひつぎおおいに散らしながら、十分の敬意を表して、その死人を墓所へ運んだのであった。
どうだ! 衛門! 今日の不尽はかつて見たこともない神々こうごうしさだぞ! こんな荘厳な不尽を見るのはわしも初めてだ! 見ろ! あの白銀しろがねきらめくいただきの美しさを
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
晴るる、暮れる、真黒い森のうしろぽうっと東雲しののめに上る夕月、風なきに散る白銀しろがねの雫ほたほた。闇は墨画の蘆に水、ちらりちらりほの見えて、其処らじゅう蛍ぐさい。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
花弁の内側には白銀しろがねのように輝く針毛しんもうが生えしげり、雌蕋めしべの太さは一抱えもあって、それを取りく黄金の雄蕋おしべは海軍士官の肩章のようによじりもつれて茂っている。
物凄き人喰い花の怪 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
岡埜博士よりも更にしょぼしょぼと老けて、長い顎鬚が白銀しろがね色の、酷く身窄らしい老人であった。
自分は小川の海に注ぐみぎわに立って波に砕くる白銀しろがねの光を眺めていると、どこからともなく尺八の音がかすかに聞えたので、あたりを見廻わすと、笛の音は西の方、ほど近いところ
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
白銀しろがねの棒のように、うずくまる怪物めがけて、投げつけられたのは、あの恐ろしい西洋短剣だ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
草地の上に突つ立つた黒筐柳くろはこやなぎや白樺や白楊などの、明暗の青葉を通して、冷気を帯びた、火のやうな閃光がキラキラ輝やきだすと、美女のやうな流れが白銀しろがねの胸廓を燦然と露はして
東京には箪笥たんす町とか鍛冶かじ町とか白銀しろがね町とか人形にんぎょう町とか紺屋こんや町とかゆみ町とかにしき町とか、手仕事にちなんだ町が色々ありますが、もう仕事の面影おもかげを残している所はほとんどなくなりました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
清し高しさはいへさびし白銀しろがねのしろきほのほと人のしふ見し(酔茗の君の詩集に)
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
幾千万本と数知れぬ樹が、皆白銀しろがねの鎧を着て動きツこもなく立往生して居る。
雪中行:小樽より釧路まで (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
権作老人と立ち別れて篠田は、降り積む雪をギイ/\と鞋下あいかに踏みつゝ、我が伯母のひとり住む粟野あはのの谷へと急ぐ、氷の如き月は海の如きあをき空に浮びて、見渡す限り白銀しろがねを延べたるばかり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
山上憶良の言い草ではないが、白銀しろがね黄金こがねたまとを人間第一の宝として尊重せられた奈良の御代において、陸奥みちのくから黄金が発見されたと聞いては、我も我もとその宝の山に分け入りたくなる。
うだ。それは頭蓋骨の顱頂ろちやうのまるさに似て居る。さう言へば、その月の全体の形も頭蓋骨に似て居る。白銀しろがねの頭蓋骨だ。研ぎすました、或は今鎔炉ようろからとり出したばかりの白銀の頭蓋骨だ。
夕日がだんだん山のに入るに従って珊瑚の色は薄らいで黄金色となり、其色それもまたつかに薄らいで白銀しろがねの色となったかと思いますと、蒼空あおぞらぬぐうがごとく晴れ渡って一点の雲翳うんえいをも止めず
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
出征してから白銀しろがねの筋は幾本もえたであろう。今日始めて見る我らの眼には、昔の将軍と今の将軍を比較する材料がない。しかし指を折って日夜にまちびた夫人令嬢が見たならば定めし驚くだろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あてはまる言葉のあらぬさちにゐて白銀しろがね淡きねこやなぎ活く
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
枯枝に白銀しろがねかがる月の夜は光ほそうしてえにけるかな
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
日の金色こんじきに烏羽玉のよる白銀しろがねまじるらむ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あゐ海原うなばら白銀しろがねや風のかがやき、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
黄金こがねの花の毛莨きんぽうげ、野末のすぢ白銀しろがね
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白銀しろがねの服を着こんだ奴
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
ぬぐふが如き白銀しろがね
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
白銀しろがねの鱗ひるがへ
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
ひさしはずれにのぞいただけで、影さす程にはあらねども、と見れば尊き光かな、裸身はだみに颯と白銀しろがねよろったように二の腕あたりあおずんだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かぶとよろいの華やかさは云わずもがな、黄金こがね太刀たち白銀しろがね小貫こざね矢壺やつぼや鞍にいたるまで、時代の名工が意匠いしょうすいらした物ずくめであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真黒く、又真白く湧き返る波の飛沫しぶきを浴みて、船の上に倒れているものは、見るからに凄い程光る白銀しろがねの鏡で、ギラギラ月の光りを照り返しています。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
闇の空を掻き廻す巨大な白銀しろがねの延棒、幾十条の照空燈の光芒こうぼうは、やがて上空の一点に集中し、敵機の姿を白熱の焦点にとらえた。四発の大型爆撃機である。名にし負う「超空の要塞」。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そのお方様は黄金こがねの雨も白銀しろがねの雨も降らせませぬ。総じてその方のお話は風雅の道ばかりでございます。例えばこう、和歌の話、糸竹いとたけの道にもお詳しく、曲舞くせまいもお上手でございます」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は、帆綱に懸けておいた弓を取るより早く、白銀しろがねの鏑矢をひようと許りに射た。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
時々とき/″\白銀しろがねしづくのポタリとつるは、が水を汲みて去りしにや。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
白銀しろがねに輝く手斧を片手に、静かに文麻呂の方へ歩み寄って来る。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「ほう、よい月じゃ。まるで白銀しろがねの鏡をぎすましたような」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
枯枝に白銀しろがねかがる月の夜は光ほそうしてえにけるかな
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
差入れのあずき柳の苞割れて白銀しろがね淡くこころひらかる
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
場面変って白銀しろがね町三丁目のその男の主人の家。
日の金色こんじき烏羽玉うばたまよる白銀しろがねまじるらむ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
いたみそ、くに妙音よきねなみ白銀しろがね
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ふしやさしく、白銀しろがね
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
うなじてたとまふなばた白銀しろがねに、珊瑚さんごそでるゝときふねはたゞゆきかついだ翡翠ひすゐとなつて、しろみづうみうへぶであらう。氷柱つらゝあし水晶すゐしやうに——
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
白銀しろがねよろい、白の戦袍ひたたれを着た大将を先頭にし、約二千ばかりの敵が、どこを渡ってきたか、逆襲してきます。——いや、うしろのほうからです」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてあとには只白銀しろがねの鏡だけが、ありありと月の光りに輝いて残っておりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)