さわや)” の例文
さわやかな五月さつきの流が、あおい野を走るように、瑠璃子は雄弁だった。黙って聴いていた勝平の顔は、いかり嫉妬しっとのために、黒ずんで見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
朝の汽車はたいへんさわやかに走っています。野も山も鮮やかな緑にえたって、つつじの花の色も旅を誘うようにあかい色をしていました。
蔬菜の浅黄いろを眼にませるように香辛入りの酢がにおう。それは初冬ながら、もはや早春が訪れでもしたようなさわやかさであった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さうしてはまたまばらな垣根かきねながみじかいによつてとほくのはやしこずゑえた山々やま/\いたゞきでゝる。さわやかなあきくしてからりと展開てんかいした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夜に入ってはただ月白く風さわやかに、若葉青葉のかおりが夜気にらぐをおぼゆるのみである。会は実におもしろかりし楽しかりし。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
長い廊下の間は思い思いに娘らしい髪を束ね競って新しい教育を受けようとしているような生徒等のさわやかな生気で満たされた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
景色けしきは、四季しきともさわやかな奧床おくゆかしい風情ふぜいである。雪景色ゆきげしきとくい。むらさきかすみあをきり、もみぢも、はなも、つきもとかぞへたい。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その翌日から妻の顔は急に水々しい水蜜すいみつのようなさわやかさを加えて来た。妻は絶えず、窓いっぱいに傾斜している山腹の百合ゆりの花を眺めていた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
肱掛窓ひじかけまどから外を見れば、高野槙の枝の間から、さわやかな朝風に、微かに揺れている柳の糸と、その向うの池一面に茂っているはすの葉とが見える。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
朝の時刻の若々しいさわやかさ、燃ゆる身体の熱をしずめる新鮮な空気……。夜の快楽がその奥に響きをたててる、つきせぬ日々の快い夢心地……。
はい、はい、と素直に応答するその見知らぬ女の少し笑いを含んだ声が、酔った笠井さんの耳に、とてもさわやかに響くのだ。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
〕まだ来ないものは仕方しかたない。さっきからもう二十分もったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎きしゅくしゃはゆっくりしてさわやかでよかったが。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やや面長おもながなお顔だち、ぱっちりと見張った張りのある一重瞼ひとえまぶち。涼しいのも、さわやかなのも、りんとしておいでなのもお目ばかりではありませんでした。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼焔のそと岸の上に立ちて、心の清き者は福なりとうたふ、その聲さわやかにしてはるかにこの世のものにまされり 七—九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それっきり自分は口をつぐんでしまったが、たった一瞬間にして通り過ぎただけの白馬鞍上あんじょうの紳士の姿は、一生涯忘れられないほどさわやかに眼に残った。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
私はあなたが死んだとき、私はやるせなかったが、さわやかだった。あなたの肉体が地上にないのだと考えて、青空のような、澄んだ思いも、ありました。
この頃の空癖そらくせで空は低く鼠色ねずみいろに曇り、あたりの樹木からは虫噛むしばんだ青いままの木葉このはが絶え間なく落ちる。からすにわとり啼声なきごえはと羽音はおとさわやかに力強く聞える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さわやかなるはずであるべき天候が、まだなんとなく雲を持って、おけの底のようなこの土地を、ひたひたと上から押してくるようなので、湯の客人もなんだか
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかも夜のしらしらと明けて、さわやかな微風が緑の葉をゆるがす時刻だけはどれもこれも約半時ほどの間、同じようなゆるい調子で同じ一つの音を上下している。
と弁舌さわやかに淀みなく述立てる処は理の当然なれば、目付も少し困って、其の返答に差支さしつかえた様子であります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
幸子がこの手紙を受け取った日の朝は、関西方面も一夜のうちに秋の空気が感じられるさわやかさに変っていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五月のさわやかなある夜、百目蝋燭を幾つとなく連ねた燭台の林の中に据えて、上へ被せた白い布を取った時
さわやかな山国の朝の景色! 雲も霧も夜の間にすっかり晴れてしまって、松林の山がころび出たように眼の前に迫って、その裾を白い泡を立てて流が走って行く。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
さわやかな飲料で絶えず舌とあご咽喉のどを洗っていなくてはいたたまれなかった。余は医師に氷を請求した。医師は固いかけらがすべって胃のに落ち込む危険を恐れた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陽は高い塀にさえぎられて見えないが、空はうららかに晴れ渡って、空気はシトロンのようにさわやかであった。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
旧暦は盂蘭盆うらぼんの十五日、ちょうど今夜は満月である。空ははれ、風はさわやかに、日の光は未だ強い。その良夜りょうやの前の二、三時間を慌ただしい旅の心がさわめきやまぬ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
法水は、Uの部類を最初から丹念に眼を通していったが、やがて、彼の顔にさわやかな色がうかんだと思うと、「これだ」と云って、簡素な黒布クロース装幀の一冊を抜き出した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雷雨一過の後もさわやかな涼気を感ずる場合が少なく、いつまでもジメジメして、蒸し暑く、陰鬱で、こんな夕立ならば降らないほうがしだと思うことがしばしばある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黄金こがね色に輝く稲田いなだを渡る風に吹かれながら、少し熱いとは感じつつもさわやかな気分で歩き出した。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
海路は静穏、天気は蒸し暑かったが、船が動いていたのでさわやかな風がそよそよと吹いていた。
雲は狂い廻わる風に吹き払われて形をひそめ、空には繊雲ちりくも一ツだも留めず、大気中に含まれた一種清涼の気は人の気をさわやかにして、穏かな晴夜の来る前触れをするかと思われた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
僕は、怪物の背中に起き直って、四辺あたりの景色を眺め入った。相変らず、水また水の、茫々ぼうぼうたる海原だが、いつか北洋の圏内を去ったとみえて、空気もさわやかで、吹く風も暖かだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
何とやらいふ菜に茄子が十許り、脹切はちきれさうによく出來た玉菜キャベーヂ五個六個いつゝむつゝ、それだけではあるけれ共、野良育ちのお定には此上なく慕かしい野菜の香が、仄かに胸をさわやかにする。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
稲穂が畔道に深々と垂れさがって、それが私の足もとにふれるさわやかな音をききながら幾たびもこの辺りを徘徊はいかいした。豊作というものがこんなに見事なものとは知らなかったのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ことばこそさわやかなれ、おもてこそ静かなれ、彼の態度は、微塵みじん卑下ひげも卑屈もなかった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心神甚ださわやかである。雨の日は読書によろしく、思索にふさわしい。何を読もう。
雨の日 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
草履を穿いている兄の方はかえって足が疲れ息切れがしていたが、冷々した山上の風に汗を乾かしてさわやかな気持になると、今までの沈黙を破って、弟に向っていろいろの話をしかけた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
そこで近頃はやりの下尅上げこくじょうはどうだ。これこそ腐れた政治を清める大妙薬だ。俺もしんからそう思う。自由だ、元気だ、溌剌はつらつとしておる。障子しょうじを明け放して風を入れるようなさわやかさだ。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
普通な人間の親父なる彼が境涯を哀れに思うなどは、出過ぎた料簡りょうけんじゃあるまいか。まずまず寝ることだと、予は雨戸を閉めようとして、外の空気のさわやかさを感じ、又暫く戸口に立った。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
誰かが、そこの松の木の根元に、腰をおろして、さわやかにのぼつた月を見てゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
その時約束通りに女流詩人文素玉がさわやかないでたちで現われたのである。彼女はその光景を見て驚いて立ち止ったが、直ぐ、大げさに手を拍ち腰をゆすぶってきゃあきゃあと笑いこけてから
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
さはさりながら夜の空気は非常にさわやかで、全く「人の心脾しんひに沁む」という言葉通りで、わたしが北京ペキンに来てからこの様ないい空気に遇ったのは、この芝居帰りのほかにはなかったようにも覚えた。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
さわやかな九月の天気が来た。日は早く暮れるが、風もなく、寒くもない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
その川を隔てて向うの岸には奇態な岩壁が重なり立って居りまして、その色合も黄あるいは紅色、誠にさわやかな青色、それから緑色、少しく紫がかった色というようにいろいろないろどりが現われて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
木々の緑とさわやかな空気は初めちょっと、街のほこりや、石灰や、きゅうくつに押しつけるような大きな家並みを見慣れた疲れた目に、快く感じられた。そこにはむし暑さも、悪臭も、居酒屋もなかった。
たちまち、屋根を叩く猛烈な響。湿った大地の匂。さわやかに、何かハイランド的な感じだ。窓から外を見れば、驟雨しゅううの水晶棒が万物の上に激しい飛沫しぶきを叩きつけている。風。風が快い涼しさを運んで来る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と頗るさわやかだ。新太郎君は句切り/\をお辞儀で受けた。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
さわやかな初夏の雨は、汽車の窓にも軽くそそいで来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ぱっとさした傘にからまる軽いさわやかな雨の音。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
但馬守たじまのかみもキッパリとさわやかな調子てうしうた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)