たゞ)” の例文
おもふと、あはが、ゆきふるはすしろはだたゞれるやうで。……そのは、ぎよつとして、突伏つきふすばかりに火尖ひさきめるがごと吹消ふきけした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
振り返ると、油で煑締めたやうな四十五六の古女房が、取亂し切つた姿で、赤黒く燒けたゞれた、小僧の死體を抱き上げて居るのでした。
私は兄の指す儘にその赤くたゞれた空の下を見た。黒い屋根と樹木との幾輪廓かを隔てたその向うに、伸びたり縮んだりする一団の火があつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
そしてたゞれたやうな舌のさきで、口のなかの蠅を一匹一匹押し出してはそれを指さきでつまみ出して、机の上に並べたものだ。
卓子テエブルに就けば、いつも、がつ/\と喰ひ、それで膽汁質たんじふしつなので、ぼんやりした眼がたゞれ、頬に締りと云ふものがなかつた。
西にしそらはいま、みどろなぬまのやうに、まつゆふやけにたゞれてゐた。K夫人ふじんつて西窓にしまどのカーテンをいた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
眼の下へポツリとおかしな腫物できものが出来て、其の腫物が段々腫上はれあがって来ると、紫色に少し赤味がかって、たゞれてうみがジク/″\出ます、眼は一方腫塞はれふさがって
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何か劇しい藥でも付けられて肉をたゞらし、骨を燒く苦みが、今にもやつて來るやうに思はれてならなかつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それは一帖の屏風の片隅へ、小さく十王を始め眷属けんぞくたちの姿を描いて、あとは一面に紅蓮ぐれん大紅蓮だいぐれんの猛火が剣山刀樹もたゞれるかと思ふ程渦を巻いて居りました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は道ゆくにも眼を蚊の眼のやうに細めてバットの甘い匂ひに舌をたゞらして贅澤に嗅ぎ乍ら歩くのである。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
酒飮みらしく赤くたゞれて、そのどんよりと濁つた眼つきには踊りが餘り手に入り過ぎたせゐでもあらうが、太々ふて/″\しく落ち着いた、人を馬鹿にしたやうなところがある。
二月堂の夕 (旧字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見るから酒毒でたゞれたと云う赤ら顔や、はだけた胸のだらしなさは、痩せて仙骨を帯びたと云った風の兄の小林氏とはこれが兄弟かと疑われる程似もつかなかったが
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
勝手かつて氣焔きえんもやゝくたぶれたころで、けだ話頭わとうてんじてすこしたたゞれをいやさうといふつもりらしい。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
……そのくちびるを、ときとすると、マブめ、はらって水腫みづぶくれたゞれさせをる、いき香菓子にほひぐわしくさいからぢゃ。
カムパニアの廣き野は、この頃の暑さに焦げたゞれて、いさゝかの生氣をだに留めざりき。黄なるテヱエルの流の、層々の波をまろがし去るは、そをして海に沒せしめんが爲めなるべし。
其社会の為に涙を流して、満腔まんかうの熱情を注いだ著述をしたり、演説をしたりして、筆は折れ舌はたゞれる迄も思ひこがれて居るなんて——斯様こん大白痴おほたはけが世の中に有らうか。はゝゝゝゝ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
三歳の時、囲炉ゐろりに落ちしとかにて、右の半面焼けたゞれ、ひとへに土塊つちくれの如く、眉千切れ絶え、まなじり白く出で、唇、狼の如く釣り歪みて、鬼とや見えむ。獣とか見む。われと鏡を見て打ちをのゝくばかりなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はた、たゞれ泣くヸオロンの空には赤子飛びみだれ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
曲馬きよくばの馬のたゞれてゆるなき打傷うちきずいづれぞ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「ときか。」と湯村はたゞれた息を吐いた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
「可哀想なのは友吉だ。身も心も燒きたゞれるほど玩具にされて、戀文まで笑ひ草にされては、居ても立つてもゐられなかつたに違ひない」
が、小鼻こばな両傍りやうわきからあごへかけて、くちのまはりを、ぐしやりと輪取わどつて、かさだか、火傷やけどだか、赤爛あかたゞれにべつたりとたゞれてた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そしてその火の粉の散ずる所、かつかとたゞれた雲の褪せていく処には、永久の空がぢつと息をひそめて拡がつてゐた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
かはやぶれ、にくたゞれて、膿汁うみしるのやうなものが、どろ/\してゐた。内臟ないざうはまるで松魚かつを酒盜しほからごとく、まはされて、ぽかんといた脇腹わきばら創口きずぐちからながしてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
盲目めくらの生意氣者よ! そのたゞれたまぶたを開けて、お前の淺ましい愚かさを見るがいゝ! 結婚する心のあり得ない年長者からめられることは女にとつて決していゝことではない。
黄ばんだ秋の末の日が最早もはや私の眼にある。何となくそこいらが黄ばんで見える。土まで黄色く見える。激しい霜の為に焼けたゞれたやうに成つた土は寒い日影の方に震へて居るやうに見える。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
されば車に火をかけたら、必定その女めは肉を焼き骨を焦して、四苦八苦の最期を遂げるであらう。その方が屏風を仕上げるには、又とないよい手本ぢや。雪のやうな肌が燃えたゞれるのを見のがすな。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
血の甲板かふはんのうへにまたたゞれて叫ぶ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たゞれた傷を見るやうに
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
寶は決して深くは埋めて居ないのですが、四方あたりはもう薄暗くなり始めると、數千人の慾が、大地もたゞれさうに燃え立ちます。
「まあ……たまらない。貴方あなた此方こちらます……お日樣ひさまいた所爲せゐか、たゞれてけたやうに眞赤まつかつて……」
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なべて世は日さへたゞれき。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
それから、河豚の毒なら身體がしびれる筈だが、そんな事がなくて、腹の中が燒けたゞれるやうで、血を吐いたのは南蠻渡なんばんわたりの毒藥に違ひない。玄道さんもさう言つて居る
當時たうじ寫眞しやしんた——みやこは、たゞどろかはらをかとなつて、なきがらのごとやまあるのみ。谿川たにがはながれは、おほむかでのたゞれたやうに……寫眞しやしんあかにごる……砂煙すなけむり曠野くわうやつてた。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たゞ猩紅熱しやうこうねつの火の調しらべ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
五月二十八日の川開きから、八月二十八日までの三月の間、江戸の歡樂とぜいを此處に集めて、兩國の橋を中心に、この一帶の水陸は、たゞれるやうな興奮が續くのでした。
背中せなかに、むつとして、いきれたやうな可厭いやこゑこれは、とると、すれちがつて、とほざま振向ふりむいたのは、真夜中まよなかあめ饂飩うどんつた、かみの一すぢならびの、くちびるたゞれたあの順礼じゆんれいである。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから半刻あまり、猫が鼠を玩具にするやうに、酒にたゞれた半老人の脂ぎつたのが、お春の初々しさ、美しさを滿喫して、飽くことも知らずに眺め盡したことでせう。