洪水こうずゐ)” の例文
全く神田明神をめぐつて人間の洪水こうずゐのやうなもので、その中を一刻泳ぎ廻つたところで、誰も見知り人などがある筈もありません。
ぬまは、其時分そのじぶんからうごす……呼吸いき全躰ぜんたいかよふたら、真中まんなかから、むつくときて、どつと洪水こうずゐりはせぬかとおも物凄ものすごさぢや。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この風雨のすさまじい音の中に、この洪水こうずゐのやうになつた大破した堂宇だううの中に、本尊の如来仏によらいぶつ寂然じやくねんとして手を合せて立つてゐられるのである。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
我国に大小の川々幾流いくすぢもあるなかに、此渋海川しぶみがはにのみかぎりて毎年まいねんたがはず此事あるもとすべし。しかるに天明の洪水こうずゐ以来此事たえてなし。
まだあつ空氣くうきつめたくしつゝ豪雨がううさら幾日いくにち草木くさきいぢめてはつて/\またつた。例年れいねんごと季節きせつ洪水こうずゐ残酷ざんこく河川かせん沿岸えんがんねぶつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ノアの洪水こうずゐのやうに、家そのものが、ぞつぷりと、水浸しにあつてゐるやうだ。眼を閉ぢると、自分の皮膚の筋肉の間をとほつて、心臓の音が、いやに判然はつきりと耳についた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
その通り 火星の運河は 洪水こうずゐとか噴火ふんくわとかの自然しぜんの力で出来たとは思へませんね
もとより洪水こうずゐ飢饉ききんと日を同じうして論ずべきにあらねど、良心は不断の主権者にあらず、四肢しし必ずしも吾意思の欲する所に従はず、一朝の変俄然がぜんとして己霊の光輝を失して、奈落ならくに陥落し
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
盡し先年洪水こうずゐせつさるまたつゝみきれし時も夫々に救ひ米并に金銀等きんぎんとう差出さしいだせし程の儀故村中の者一同よくふくし居候間勿々なか/\遺恨ゐこんなど受べきおぼえ無御座候と申立るに半左衞門殿否々いや/\に非ず假令たとへ陰徳いんとく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
パリス チッバルトの落命らくめいをいみじうなげいてゞあったゆゑ、なみだ宿やどには戀神ヸーナスまぬものと、縁談えんだん差控さしひかへてゐたところ、あまきつなげいてはひめ心元こゝろもとない、ひとりでゐれば洪水こうずゐのやうになみだ
是水路このすゐろ日本道五百里ばかりなり。さてくだん標準みちしるべ洪水こうずゐにてや水に入りけん、○洞庭とうてい赤壁せきへき潯陽じんやう楊子やうしの海の如き四大江だいこう蕩漾周流たうやうしうりうして朽沈くちしづまず。
よしや子分の中に、異心を抱く者があつたとしても、七十六の眼玉の光る中、明りの洪水こうずゐを浴びた廊下を、どう工夫をして鐘五郎の部屋に近づくでせう。
しかたきゞ缺乏けつばふから自然しぜんにかういふすななか洪水こうずゐもたらした木片もくへんうづまつてるのをつてこれもとめてるのだといふことはかれはじめてはじめてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
嬢様ぢやうさまかへるにいへなくたゞ一人ひとりとなつて小児こどもと一しよやまとゞまつたのは御坊ごばうらるゝとほりまた白痴ばかにつきそつて行届ゆきとゞいた世話せわらるゝとほり洪水こうずゐときから十三ねん
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
火星くわせいでは一年に数回すうくわい洪水こうずゐがあるのです、そのときにはたけに水をやるんですよ
娘のうたを歌ひながら一心にはたおつて居る小屋など、一つ/\あらはれるのを段々先へ先へと歩いて行くと、高低さだまらざる石の多い路の凹処くぼみには、水が丸で洪水こうずゐ退いた跡でもあるかのやうに満ち渡つて
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
是水路このすゐろ日本道五百里ばかりなり。さてくだん標準みちしるべ洪水こうずゐにてや水に入りけん、○洞庭とうてい赤壁せきへき潯陽じんやう楊子やうしの海の如き四大江だいこう蕩漾周流たうやうしうりうして朽沈くちしづまず。
洪水こうずゐつたあとは、丁度ちやうど過激くわげき精神せいしん疲勞ひらうからにはか老衰らうすゐしたものごとく、半死はんし状態じやうたいていした草木さうもくみな白髮はくはつへんじてちからない葉先はさき秋風あきかぜなびかされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
洪水こうずゐ生残いきのこつたのは、不思議ふしぎにもむすめ小児こどもそれ其時そのときむらからともをした親仁おやぢばかり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その上、あの晩は大變なドシヤ降りで、江戸中洪水こうずゐ騷ぎをやつたぢやないか。その晩八五郎は、俺と一緒に八丁堀へ行つて、夜更けに神田へ歸り、明神下の俺の家へ泊つた筈だ。
すると 大洪水こうずゐのとき種ははたけ自然しぜんにまかれる
たね洪水こうずゐながつくしたるゆゑ、たえたるなるべし。他国にも石蚕せきさんしやうずる川あらば此蝶あらんもしるべからず。
酒樽さかだるが引つくり返つて、呑口のみくちが飛んだと見えて、店中が酒の洪水こうずゐだ、——訊いて見ると、一刻ばかり前、江戸の人が通りかゝつて、のどかわくからと、冷で一杯所望し、それを呑むうち
白痴殿ばかどの女房にようぼうになつて、なかへはもやらぬかはりにやあ、嬢様ぢやうさま如意自在によゐじざいをとこはよりつて、けば、いきをかけてけものにするわ、こと洪水こうずゐ以来いらいやま穿うがつたこのながれ天道様てんたうさまがおさづけの
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此地山中なれば村夫等そんふら昏愚こんぐにして夜光の玉なる事をしらず、あへてたづねもとむる者もなかりしに、其秋の洪水こうずゐに夜光の玉ふたゝびながれて所在しよざいうしなひしとぞ。
その間に騷ぎを聞いて、町役人ととびの者が驅け付けました。幸ひ曲者の刀は、平次の投げ錢に奪ひ取られて、八五郎の剛力はそれを組み伏せたところへ、洪水こうずゐが土藏一パイに照らし出したのです。