めい)” の例文
この時の春琴女はすでに両眼のめいを失ってから二十有余年の後であるけれども盲目もうもくというよりは眼をつぶっているという風に見える。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人はかくのごとく自知じちめいあるにも関せずその自惚心うぬぼれしんはなかなか抜けない。中二日なかふつか置いて十二月四日の日記にこんな事を書いている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
加うるに頭脳明晰眼光よく紙背に徹するめいのある人だったが、刑事裁判に長たることはこの支倉事件を以て始めとして且つ終りだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
けれど、盗賊ならば、およそ人態にんていと所持品の多寡たかを一見して知るめいは持っているはずである。自分を害して、なんの所得があるか。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘の室子のことについては、今更婿養子むこようしをとっても、家業が家業なり、室子の性質なりで、うまくは行くまいとのめいだけは両親に在った。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
貞奴に学問はなくとも、もすこし時代の潮流を見るのめいがあったならば、何処までも彼女は中央劇壇の主星スターであったであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ただ我が老いたる親ならび菴室あんしつに在り。我を待つこと日を過さば、自ら心をいたむる恨あらむ。我を望みて時にたがはば、必ずめいうしななみだを致さむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
中学の四年生には、その時の能勢の心もちを推測するめいがない。自分は危く「あれは能勢のファザアだぜ。」と云おうとした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
身を沈めて飛び来る石瓦をかわしながら、後ろを振返ってムクに合図をすると、竿の頭から五色の網を払いのける、めい晃々こうこうたる淡路流の短い穂先。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
右眼がめいを失ったのは九輯に差掛った頃からであるが、馬琴は著書の楮余ちょよに私事を洩らす事が少なくないに拘わらず
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然りといえども、事物の軽々信ずべからざることはたしてならば、またこれを軽々疑うべからず。この信疑の際につき必ず取捨のめいなかるべからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれど氏と云ふ人を他人に感じさす事は六ヶむずかしい。しかし乍らそれは氏にとりては何の苦痛にも価しはしないであらう。氏はよく自身を見るのめいがある。
平塚明子論 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
怨を懐き他を責むるに至れば、事無きを欲するも得べからず。太祖の人情に通ぜる何ぞこれを知るのめい無からん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いとけなくしてめいを失し、心身共に虚弱であつたさうである。常三郎は父にさきだつこと四十五日にして歿したのである。文化乙丑に生れて、二十五歳になつてゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
室内の灯を受けて、半身はめい、半身はあんけの姿を冷々と据えて、けむりのごとく、水のごとく……。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
めいという県令が出張して、その死体を検視したが、それから半月の後、突然ある者を捕えて訊問した。
これに反し酒の好きな者は医師がいかにその害を説くも、百薬のちょうなりと頑張がんばって聴かぬものが多い。心のきらいと物の善悪を混同こんどうする者は実際を見るめいうしなう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もし彼に先見せんけんめいがあつて、いはゆる時代の精神つてものがどう傾いてゐるかゞ見とほせたらねえ。
先見のめいったようなものが出来てますので、勝が多い——図に乗って、だんだん病が深入りし、とうとう今度のように、証拠不充分で皆目見当のつかないような裁判に
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
千鈞せんきんかなえを挙げる勇者をかれは見たことがある。めい千里の外を察する智者ちしゃの話も聞いたことがある。しかし、孔子に在るものは、決してそんな怪物かいぶつめいた異常さではない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それと似て、ダリアは左眼のめいを失うと同時に、右眼の視力が急に異常な鋭敏さを増加した。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見物の目がこれを見るだけのめいがなくては仕方がないわけである。それをめないで、かえって壮士芝居の方が面白いというようなことになる。これはつまり批評家がないからである。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それは……ああ、こうしていざ打明けようと決心してさえ、なおも筆が進みかねるので御座いますが、思い切って申します……実は私は右の眼のめいを失った、不具者かたわものなので御座います。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ことに燧山下尾瀬沼なるものありて、岩代上野の県道其沼辺をつうじ、ただちに戸倉に出るを得るの概算予定するをて、帰路にすでちかきにあればなり、され共人智の謭劣せんれつ先見せんけんめいなき
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
第十 雪輝ヨク諸物ヲ照明ス 故ニ北辺ニ於テ冬日ノ暗室ヲ照シ冬夜ニめいヲ与フ
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
良家の娘たちの不幸にしてめいを失った者は、親が嫁入のような支度を調えて、御前ごぜの家へ送り込んだ。それが年﨟ねんろうを積んでよい地位に経のぼって行くことは、尼寺などと異なるところがなかった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ざうする菊塢きくうの手紙には、うめ一枝いつしゑがきて其上そのうへそのの春をおわかまをすといふ意味の句あり、また曲亭馬琴きよくていばきんめいしつしてのち、欝憂うさを忘るゝためにおのれと記臆きをくせし雑俳ざつぱいかきつらねて、友におくりしうち
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
私には、先見のめいがあったのですものね。
きりぎりす (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はめいを失いてより
織工 (新字新仮名) / 根岸正吉(著)
汝のまなこは、主君を見るに、なべて世にうとく、甘言によくうごき、下情には暗く、人の肺腑はいふを視るにはそのめいなきものと、一様に心得おるらしい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大阪の与力大塩平八郎の事件などがそれじゃ、あれは跡部山城守殿あとべやましろのかみどのが大塩を見るのめいがないから起ったことである。奉行が大きければ大塩は非常な用を
少女はめいを失つたのであらうか? いや、少女の鼻のさきには、小さい銅の蓮華れんげ香炉かうろに線香が一本煙つてゐる。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けだし社会一般の習俗に制せられて、醜を醜とするのめいを失うたるものにして、あるいはこれを評し有心故造ゆうしんこぞうの罪にあらず、無心に悪を犯すの愚というも可ならん。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、すぐに幕府は瓦解がかいした。株を売った真の徳川御家人の一人は、先見のめいをほこって、小金貸こがねかしでもはじめたであろうが、みじめなのは、ニュー湯川金左衛門邦純であった。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
或は自知のめいのあるお多福が、僕を見て、あれで我慢をするというようなことは無いにも限るまい。しかし我慢をしてくれるには及ばない。そんな事はこっちから辞退したい。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なろう事なら、己はいつ迄もいつ迄も、メリー嬢の魔術にしばられたまゝ、めい煌々こう/\たる舞台のまん中に、口をあんぐり開いて、観客の嘲笑を浴びて、昏々こん/\と眠って居たかった。………
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
魚は水あればすなわちき、水るればすなわち死す。ともしびあぶらあればすなわちめいあぶら尽くればすなわちめっす。人は真精しんせいなり、これをたもてばすなわち寿じゅ、これをそこなえばすなわちようす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これに加うるに賽児が洞見どうけん預察のめいを有し、幻怪詭秘きひの術をくし、天書宝剣を得て、恵民けいみん布教の事をせるも、また真に是れ稗史の絶好資料たらずんばあらず。賽児の実蹟じっせき既にかくごとし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然し右眼は遂に完全にめいを失ってしまいました。
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「いや恥かしいことだった。そちのつみではない。そちを密使にやった尊氏の不覚だった。尊氏という者は、人をみるめいがないとおもわれたことであろう」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めいを失うてから久しいこと、切れの長い眼の底に真珠のような光を沈めて、甲源一刀流の名代なだいの、例の音無しに構えて、じっと相手を見据えて、毛骨もうこつみな寒い
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美なるかな、めいなるかな、街頭に瓦斯ガスランプ立つ。これで西洋の市街に負けぬという見出しで
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
不覊独立ふきどくりつ景影けいえいだにも論ずべき場所として学校のもうけあれば、その状、あたかも暗黒の夜に一点の星を見るがごとく、たといめいを取るにらざるも、やや以て方向の大概を知るべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
東京に帰りしのち小沢碧童をざはへきどう氏の鉗鎚けんつゐを受くること一方ひとかたならず。その他一游亭いちいうてい折柴せつさい古原艸等こげんさうらにも恩を受け、おかげさまにて幾分かめいを加へたる心地なり、もつとも新傾向の句は二三句しか作らず。
わが俳諧修業 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
めいといえばそれだけで善良と信ずるにひとしい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
みるめいがない。懦夫だふに説くような甘言はよせ。窮したりといえど、関羽は武門の珠だ。砕けても光は失わず白きは変えぬ。不日ふじつ、城を出て孫権といさぎよく一戦を
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浜松でムクを失った机竜之助は、そこでお絹という女を得て、同時にまた両眼のめいを失いました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
食物を撰ばずしてみだりにくらえば毒にあたることあり。判断のめい、まことに大切なることなれども、ただこれを大切なりというのみにては、未だもって議論のつきたるものに非ず。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
(「お条さん」は髪の毛の薄い為めに何処どこへも片付かずにゐる人だつた。しかし髪の毛をやす為めに蝙蝠かうもりの血などを頭へつてゐた。)最後に僕のかよつてゐた江東かうとう小学校の校長さんは両眼ともめい
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
見る心は違うが、庭向うの別室に来ているふたりの侍も、しきりと、そこから見える四めいたけや、向うの河添いをゆく大原女おはらめの群れなどを珍しそうに見廻していた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)