あやつ)” の例文
このようなことはあながち彼の創意でもなく、敵前渡河のときは、かくあやつるものとおしえている前人の貴い経験に基づくものであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これをあやつれるひとりの舟子ふなこよばゝりて、惡しき魂よ、汝いま來れるかといふ 一六—一八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それは、一人の人間が、おびただしいたくさんの機械をあやつらねばならないからである。人間なら、誰も彼も、こうした機械群をうけもつ。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
遠く廊下にあやつる布の、すらすら乱れて、さまよえるは、ここに絶えんず玉の緒の幻の糸に似たらずや。つなげよ、玉の緒。ちそ細布。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あやつり人形が糸に従うて動くごとくに、各自は少しも理由を知らずに、団体の要求に従うてかかる動作をなしているように見える。
動物界における善と悪 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
私は、この時とばかりに努めて、口笛と交互に緩急な Ballad を鞭にして、「こわれかかった車」のスピードをあやつった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
さうかと言つて、この家から飛び出しもならず、怪しい蜘蛛くもの糸にあやつられて、お預けを喰ひながら、ヂツとして折を待つてゐるのでせう。
が、長さんの仕事をあやつつたものに、倉田の主人夫婦と、もう一人、あの奇怪な魔力を持つた妖婆がゐたことを忘れてはならない。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
すきをとり穂を束ねることもどんなにか幸福に見えるだろう。風のまにまに自由の帆をあやつる小舟もどんなにか楽しく見えるだろう。
苦労をさせたことを忘れないので銀子のことは銀子の好きなようにさせ、娘をあやつって自身の栄耀えいようを図ろうなどの目論見もくろみは少しもなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まるであやつりの糸に引かれた人形のようにふうわりと塀上に飛び上ったが、その上で、小手をかざして、ちょいと忠信のような恰好かっこうをした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
パラ/\と自棄やけに頁をる音がする。と、やつぱり相手を求める私の力でないやうな力にあやつられて、私はつと後を追つて行く。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
いくら仇同士であろうとも、あやつりの人形に魂がはいって、敵と味方とが夜なかに斬り結ぶなぞという、そんな不思議が世にあろう筈がない。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
(娘、舞台から引き去らるるあやつり人形のように、畸形に身を浮かして去る。論師、娘の姿が失くなると、青い舌を長く出して)
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空なかぞらへ、まるであやつり人形のように、ちゃんと立止ったではありませんか?
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あやつり人形のギニョル式に歴史をもてあそんでる無謀なヴォードヴィル作者サルドゥー流の、救済しがたい軽薄さが見て取られるのであった。
勘次かんじ船頭せんどうわざ自分じぶんきのめしたものゝやうにかんじてひど手頼たよりない心持こゝろもちがした。かれ凝然ぢつかゞんで船頭せんどうあやつまゝまかせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何か私が蔭であやつったように思われるのも嫌ですから、双方理解の後ならばということにして、話が分った後に改めて家に置くことにしました。
其のをり私達は船長がこの小さな帆前船ほまへせんあやつつて遠く南洋まで航海するのだといふ話を聞き、全くロビンソンの冒険談を読むやうな感に打たれ
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その時はもう遅い。舟は大きなうねりに乗せられて、岸へ岸へと運ばれてしまう。帆はダラリと垂れてしまって、かじはどうあやつっても利かない。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
軍談、落語、音曲、あやつり人形、声色こわいろ、物真似、浄瑠璃じょうるり、八人芸、浮かれ節、影絵など、大もの揃いで、賑やかな席である。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「だがね、君の云ふその夢や感激つて云ふのは何だらう? 人間を胡麻化す或るあやつりの糸に過ぎないんぢやないかね……」
ハルピンの一夜 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
そういう時には、曾ての日と同じく、人語もあやつれれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書けいしょの章句をそらんずることも出来る。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
地理ちり時間じかんでした。小山こやまは、夜店よみせったといって、丹下左膳たんげさぜんさむらいちいさな人形にんぎょうを二つ三つ、かみせて、したから磁石じしゃくあやつっておどらせていました。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼らはその淋しさを、却ってよい事にして、楽しい語らいの種も尽きず、ゆっくりとかいあやつりながら、今吾妻橋あづまばしの下を抜けようとした時であった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが一度手綱たづなを取ると、彼は、すぐにそれをあやつつて、鞍に飛び乘つた——その努力をしてゐたとき、彼はひどく顏を顰めた、挫傷がねぢれたのだ。
先の石段を下りるや若き女はまづ僕を乘らして後、もやひを解いてひらりと飛び乘り、さも輕々と櫓をあやつりだした。少年こどもながらも僕は此女の擧動ふるまひに驚いた。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
しかも殺人と被殺人者の両方の面からこれをながめ、「運命」のあやつり手を楽屋から見物し、運命のやり方というものを仔細に観察することが出来る。
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その当座のうちは何とも云わなかったが、それでも何も知らない娘のマユミが珍らしさの余りに、一知があやつっているラジオを覗きに行ったりするのが
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれども彼らは争わなければならなかった。彼らの背後せなか背負しょっている因縁いんねんは、他人に解らない過去から複雑な手を延ばして、自由に彼らをあやつった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らはすべて眼には見えない糸にあやつられているかのように、ひそかに、かつ整然と戦いの準備をすすめて行った。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
品子が追ひ出されたのも、実は彼女が糸をあやつつたからなので、庄造にはまだ未練があつたのだと云ふ人もある。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕の乗った舟を漕いでいる四十恰好がっこうの船頭は、手垢てあかによごれた根附ねつけ牙彫げぼりのような顔に、極めて真面目まじめな表情を見せて、器械的に手足を動かしてあやつっている。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
手を離すと共に、遥かに控えている検使に一礼して木刀を拾取ると共に、静々渚へ行って船に飛乗った。そして船頭に楫をあやつらせつつ、自分が楫を入れて漕去った。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
よく新聞記事などに、誰は誰の傀儡である、誰は誰をあやつる傀儡子だなどということを言っております。
相応かなり資本もとでを父からけられると、それでもつて竹本座のあやつり芝居を買取つて、座主、興行ぬし、兼作者として奮闘し、正面のゆかを横に、人形遣ひてすりを三人に改めたり
医師は、手早くその用意をしてしまうと、今肉体を去ろうとして、たゆとうている魂を、呼び返すために、巧みに注射針をあやつって、一筒のカンフルを体内に注いだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あやつりのようにあたくしの神経の全部に走り、それを意識して意識しないふうに、甚だ無神経な奴になっていなければ、病人もうちのものもみんなしかめッ面になってしまう。
そして、その裏にいて、この「産業の合理化」の糸を実際にあやつっているものは「銀行」だった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「とうとうあやつり人形が出ていった。今度はわしらが出てゆく番だ。さあ、これで出てゆける!」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ジョン少年はかいあやつりドンドン小舟を進ませる。空は晴れ、海はぎ、大変長閑のどか日和ひよりである。
「てぐすを飼うのさ。」見るとすぐブドリの前のくりの木に、二人の男がはしごをかけてのぼっていて、一生けん命何か網を投げたり、それをあやつったりしているようでしたが
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この席に来た人々は日本に関する知識を求めに来たので、決して雄弁ゆうべん能弁のうべんを聴くつもりで来たのでない。日本人が英語をあやつるのであれば、さだめしブロークンな英語であろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
何らの手管てくだもなく、たった純潔一つであやつられていると思うと渡瀬は心外でたまらなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
陸軍中佐なる人の娘と相愛あひあいして、末の契も堅く、月下の小舟をぶねに比翼のかひあやつり、スプレイの流をゆびさして、この水のつひるる日はあらんとも、我が恋のほのほの消ゆる時あらせじ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ダアクのあやつ人形然にんぎょうぜんと妙な内鰐うちわにの足どりでシャナリシャナリと蓮歩を運ぶものもあったが、中には今よりもハイカラな風をして、その頃流行はやった横乗りで夫婦くつわならべて行くものもあった。
あゝ/\我はかる無人の島に漂うて辛うじて命をつなるに、あだ日々夜々ひゞよゝに歓楽を極めてることであろう、に浮世とは申しながら、天はさま/″\に人をあやつるものかな、蟠龍軒よ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この女はね、先生、わしが独占するまで、わしともう一人の男を、それこそ、どつちにも内証で、あやつつていた、したゝか者ですよ。もちろん、商売柄、そんなことはとがめるには当りませんがね。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
A操縦士とT機関士はその日も旅客機をあやつって朝鮮海峡の空を飛んでいた。その日は切れぎれの雲が低く飛んで、二〇メートルと云うはげしい北東の風が、水上機の両翼をもぎとるように吹いていた。
飛行機に乗る怪しい紳士 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、感光膜の輪を鉄管の先端にうまくめ込むと同時に、鈎切がんぎりにつけたもう一本の糸をあやつって感光膜フィルムを結びつけた糸を切り、更に、その鈎切で、垂直下に当る動力線の一点に傷をつけたのです。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)