おも)” の例文
旧字:
両管領との大戦争に里見方は石浜、五十子いさらこ忍岡しのぶがおか、大塚の四城を落しているが、その地理的位置が江戸城をおもわせるようなのはない。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
時としては目下の富貴ふうきに安んじて安楽あんらく豪奢ごうしゃ余念よねんなき折柄おりから、また時としては旧時の惨状さんじょうおもうて慙愧ざんきの念をもよおし、一喜一憂一哀一楽
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これもお登和嬢が才覚なるべしと何を見ても大原は嬢の徳をおもい嬢の才を賞す。やがておおいなる食卓は客の前へ運びだされたり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
既往こしかたおもいめぐらしてふさぎはじめましたから、兼松がはたから種々いろ/\と言い慰めて気を散じさせ、翌日共に泉村の寺を尋ねました。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
けだしたからの在る所心もまた在る」道理で、お馨さんを愛する程の人は、お馨さんの死んだ米国をおもわずには居られないのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼はこういう表情をして、勿来なこその古関の上に、往を感じ、来をおもうて、いわゆる彽徊顧望ていかいこぼうの念に堪えやらぬもののようです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
新羅しらぎに使に行く入新羅使以下の人々が、出帆の時にはわかれを惜しみ、海上にあっては故郷をおもい、時には船上に宴を設けて「古歌」を吟誦した。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その時たちまち故郷をおもうて死ぬべく覚えたので、王宮を脱走してアラビヤに帰り、名を変じ僧服し徒歩艱苦かんくしてカウカバン市に近づき還った。
恋ある人は恋を思ひ、友ある人は友をおもひ、春の愁と云はるる「無聊の圧迫」を享けて、何処かしら遁路にげみちを求めむとする。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
されどかかる野暮やぼ評はしばらく棚に上げてずつと推察した処で、池を見て亡き乳母をおもふといふある少女の懐旧の歌ならんか。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その天末てんまつに糸を引くがごとき連峰の夢よりも淡きを見て自分は一種の哀情メランコリーを催し、これら相重なる山々の谷間に住む生民せいみんおもわざるを得なかった。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
氷光ひょうこう明徹めいてつの寒月 を見てそぞろに故郷をおもい、あるいはその凄じき清らかなる状態を想うて幾つかの歌が出来ましたが、その中の一、二を申せば
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
いかなる賢母も賢婦人も、私などの見たところでは、ただ子をおもい我家を思って、一般人生に対する愛情がまだよほど足りないように感じられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今日は一緒に勝浦へ行つた日をおもはせるやうないいお天気です。昨夜あんまりさえたせいか、今朝はぼんやりした頭で何にも出来さうにありません。
私たちは贈り手の好意をおもうことなしにこの柿を手に執ることは出来ず、さればといって掌に載っているものは山野の秋に熟した自然の柿であります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おもいを此岩屋に泊ったことのある前人の身の上に馳せて、其多感なる心と電流の如く交通するなつかしい夢の跡を偲ぼうとする者がないとも限るまい
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
梅子は握られし銀子の手を一ときは力をめて握り返へしつ「いゝえ、銀子さん、私は学校こゝに居た時と少しも変らず、貴嬢を真実の姉とおもつて居るんです」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
如何いかに高利貸の悪むべきかを知つてをるだけ、僕はますまフレンドおもふのじや。その昔のフレンド今日こんにちの高利貸——その悪むべき高利貸! 吾又何をか言はんじや
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
まずしうして良妻をおもい、時艱にして良相をおもう。徳川末世まつせ晁錯ちょうそたる水野越前守は、廃蟄はいちつ後、いまだ十箇月ならざるに、再び起って加判列の上席に坐しぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
御二人の御年違もいっそ御似合なされて、かれこれと世間から言われるのが悲しいとおもう様になりましたのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日でも全く人の意識から離れ去ったわけではないけれども、各自これを守る心づかいに至っては、多大の軒輊けんちを免れぬ。王維が九日山東の兄弟をおもうの詩
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
汽車がそのまちへ着くと、ブライアン氏は幾年か前に自分がそこへ来て、講演をした事があるのをおもひ出した。
「秋夜書懐」〔秋夜おもヒヲ書ス〕の作には「薪水偏愁良僕少。杯盤最怕雑賓多。」〔薪水偏ニ愁フ良僕ノ少キヲ/杯盤最モ怕ル雑賓ノ多キヲ〕と言っている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この年六月七日に成善は名をたもつと改めた。これは母をおもうが故に改めたので、母は五百いお字面じめんならざるがために、常に伊保と署していたのだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
過去半年はんねん良人をつとおもふ為に痩せ細つた自分は、欧洲へ来て更に母として衰へるのであらうとさへ想はれる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
遥かに信飛の山上に瞬く星の光を幻想しつつ、ネオンの光に一瞥いちべつの哀愁を投げかける。貴下は今、数日の間残して行かねばならぬ貴下の愛人の事をおもってるのだ。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
と、大隅理学士は、怜悧で勇敢であった同志の身の上をおもって、ハラハラと泪を流したのだった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
辻町は夕立をおもうごとく、しばらく息を沈めたが、やがて、ちょっと語調をかえて云った。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヨブは幾千年前アラビヤの曠野にこの星を仰ぎ見て、神のちからと愛とをおもったのである。我ら今日この星を仰ぎ見て同じく神を懐い、古人と心相通ずるの感を抱かざるを得ない。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
近所の小供こどもらのこれをて異様の感を抱き、さてこそ男子とも女子ともつかぬ、いわゆる「マガイ」が通るよとは罵りしなるべし。これをおもうごとに、今も背に汗のにじむ心地す。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
英吉利イギリス留学の三年間、予がハイド・パアクの芝生に立ちて、如何に故園こゑん紫藤花下しとうくわかなる明子をおもひしか、或は又予がパルマルの街頭を歩して、如何に天涯の遊子たる予自身をあはれみしか
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時に、多至波奈大郎女たちばなのおほいらつめ、悲哀嘆息し、かしこみて、天皇の前にまをしていはく、これまをさむはかしこしといへども、おもふ心み難し。我が大王おほきみが母王とするがごとく従遊したまひ、痛酷いたましきことし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
岸からいとれている男もあった。道太はことに無智であった自分をおもいだした。がけの上には裏口の門があったり、塀が続いたりして、いい屋敷の庭木がずっと頭の上へ枝を伸ばしていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
また俗間ぞくかんの伝説では、昔一女子があって人をおもうてその人至らず涕涙ているい下って地にそそぎ、ついにこの花を生じた。それゆえ、この花は色があでやかで女のごとく、よって断腸花だんちょうかと名づけたとある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「死んではもう万事休す」だと云われた時、自分も旧友をおもうて悵然ちょうぜんたらざるを得なかった。丁度夕方頃で、太平洋沿岸の一室、落莫たる大海原に対して憮然ぶぜん久之の光景、誠に気の毒であった。
釈宗演師を語る (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
あれが恋と云ふものかしら、と雁江はおもった。
滑走 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
なにか知ら、生れ故郷がおもはれる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
わがおもひ落葉の音も乱すなよ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
先夫人は養家の家附いえつき娘だともいうし養女だともいうが、ドチラにしても若い沼南が島田家に寄食していた時、おもわれて縁組した恋婿であったそうだ。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
英雄豪傑の汗馬かんばのあとを、撫子なでしこの咲く河原にながめて見ると、人は去り、山河は残るというおもいが、詩人ならぬ人をまでも、詩境に誘い易いのであります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
同時に例の不断の痛苦は彼をむちうつやうに募ることありて、心も消々きえきえに悩まさるる毎に、齷齰あくさく利をふ力も失せて、彼はなかなか死の安きをおもはざるにあらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さもあらばあれ、われこの翁をおもう時は遠き笛のききて故郷ふるさと恋うる旅人のこころ、動きつ、またはそう高き詩の一節読みわりて限りなき大空をあおぐがごとき心地す
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
あたかもわれら大正の文学者が団子坂を登るごとに鴎外森先生をおもうて悵然とするが如きものであろう。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私の心が不健全であるのでは無からうか、愛情と云ふものを宿どさない一種の精神病のではあるまいかと——けれど私は只だ亡き母をおもひ、慕ひ想像する以外に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
食物を精選するは先ず食物に関する智識を養うにあり。世間の親たちよ、うぐいす摺餌すりえを作る事が非常にむずかしきものと知らば小児の食物は一層大切なる事をおもえ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
例えば万葉時代には実地より出でたる恋歌の著しく多きに引きかえ『曙覧集』には恋歌は全くなくして、親をおもい子を悼み時をなげくの歌などがかえって多きがごとし。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
大阪美術倶楽部くらぶで催された故清元きよもと順三の追悼会ついたうゑに、家元延寿太夫えんじゆだいふが順三との幼馴染おさななじみおもひ出して、病後のやつれにもかゝはらず、遙々はる/″\下阪げはんして来たのは美しい情誼であつた。
勤も、奉公も、苦労も、骨折も、過去ったことをおもいやれば、残るものは後悔の冷汗ばかりです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
玄機が女子の形骸けいがいを以て、男子の心情を有していたことは、この詩を見ても推知することが出来る。しかしその形骸が女子であるから、吉士きっしおもうの情がないことはない。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もとよりこの二つの節日せちにちの大切であったのは争えないが、一つには外へ出て故郷をおもい、もしくは年取って少年の日を回顧する人たちに、特に印象の濃く鮮かなるものが
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)