こころ)” の例文
と答へたが、其顔に言ふ許りなき感謝のこころたたへて、『一寸。』と智恵子に会釈して立つ。いそがしく涙を拭つて、隔ての障子を開けた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「ひとたび落城を見てからでは万事休すです。御最期か、生捕いけどりの憂き目を見るかの二つを出ません。おこころあるなればいまのうちで」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或はことに利をくらわせて其下をして其上にそむかせて我にこころを寄せしめ置いて、そして表面は他の口実を以て襲って之を取るのであるし
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これ必ずしも意外ならず、いやしくも吾が宮の如く美きを、目あり心あるもののたれかは恋ひざらん。ひとり怪しとも怪きは隆三のこころなるかな
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ふところ手のまま立って、じっとお蓮さまを見おろしながら、退けっ! というこころ……懐中でひじを振れば、片袖がユサユサとゆれる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「このこころつい蕭条しょうじょう」というくだりを繰り返し半蔵に読み聞かせるうちに、熱い涙がその男らしいほおを伝って止め度もなく流れ落ちた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鶴さんに揶揄からかわれながら自分の様子をほめられたときに、半分は真剣らしく、半分は笑談じょうだんらしく、妹のそこにあることをこころにかけぬらしく
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ルージンは立ち上がって、仕ぐさでソーニャにすわっていろというこころを見せ、レベジャートニコフを戸口のところで引止めた。
雲、童をのせて限りなき蒼空あおぞらをかなたこなたに漂うこころののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この橋はやや高いから、船に乗った心地ここちして、まずこころを安んじたが、振り返ると、もうこれもたもとまでしおが来て、海月はひたひたと詰め寄せた。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
トいいさして文三は顔に手をてて黙ッてしまう。こころとどめてく見れば、壁に写ッた影法師が、慄然ぶるぶるとばかり震えている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
周はひどくふしぎに思いながらも若い細君のことをはじめ世の中のことが心に浮んで来て、いつまでもそこにいようというようなこころはなかった。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
斉彬公に、建白書などと、釈迦しゃかに説法だとは思わんか。筆がちぢんで書けぬことはないか? 俺は、ただ、斉彬公のおこころに、これ従うという方だ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
アーンは、元というこころでござる。テレッケンとは、引くというこころでござる。アーンテレッケンとは、向うのものを手元へ引きたいと思う意でござる。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それらの談笑挨拶等、そのこころで口が動くだけでいっさい発音しない。汽車を待つ間のあわただしい一刻。群集の跫音、煙草のけむり、声のないざわめき。
重兵衛も自ら庭に降り立って、芥子のうすを踏むことがあった。そこで豊住町の芥子屋というこころで、自ら豊芥子ほうかいしと署した。そしてこれを以て世に行われた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「三業に悪を造らず」とは、身と口とこころに悪いことをしないということです。「諸々の有情を傷めず」とは、みだりに生き物を害しないということです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「斎藤の縁談を断わったのはお前のこころを通したのだから、今度は相当の縁があったら父の意に従えと言うのだ」
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
即ち定評されている如く、こころあまって言葉足らずで、表現の才能が、主観の六分しか尽していないのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
後に、虎、その柱をりて、針を取りて走去げぬ。高麗国こまのくに、得志が帰らんとおもこころを知りて、あしきものを与えて殺す
九月十八日、官、三人の罪を裁して曰く、「こころは国のためにすとうといえども、実に重禁を犯す、罪ゆるすべからず」と。ってみな国にりて禁錮せしむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
横面を取られるおこころなので。が、それとても駄目でござる。拙者看破いたしてござる……どうもな貴殿はまだまだ未熟だ。『観見かんけん』の業が定まっていませぬ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汝ここを去らずして一三二しづかに此の句のこころをもとむべし。意解けぬるときは、おのづから一三三本来の仏心に会ふなるはと、一三四念頃ねんごろに教へて山を下り給ふ。
余りによすぎる話に先方のこころを計りかねて、しばらく躊躇したが、結局厚かましく招待に応ずる事にした。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「二人を殺したのは、六十三番凶の神籤みくじを持って、明神前の卜者うらないへそのこころを解いてもらいに行った奴——」
むなしき家を、空しく抜ける春風はるかぜの、抜けて行くは迎える人への義理でもない。こばむものへの面当つらあてでもない。おのずからきたりて、自から去る、公平なる宇宙のこころである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
比日このころ天地てんちわざわひ、常に異なる事有り。思ふに朕が撫育むいくなんぢ百姓に於きて闕失けつしつせる所有らむか。今ことさらに使者を発遣ほつけんしての疾苦を問はしむ。宜しく朕がこころを知るべし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
その実妾はかえって武士を愛していたので、やがて自分もその武士の後を慕うて、一夜やみにまぎれて城を逃げ出た。してようやく追い付いて自分のこころの中のありたけを語った。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
主人はひどく驚いたが、しかし胡のこころをはかってみるに悪いことをするようでもないから、鄭重に取りあつかって妖怪というようなことで礼儀を廃すようなことはなかった。
胡氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一切万事わがこころを押通さんとするは傲慢頑愚のちょうにして我らのよろしく注意すべきことなり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
... これより両犬心を通じ、力を合せて彼奴きゃつねらはば、いづれの時か討たざらん」ト。いふに黄金丸も勇み立ちて、「頼もしし頼もしし、御身すでにそのこころならば、某また何をか恐れん。 ...
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
どれおぐしをお上げ申しませうか、お鈴さん憚りながらおくせ直しのお湯をとの詞をきつかけに、お鈴もまたそのこころを得て、常には軽さうにもあらぬ尻振り立てて行く後姿にくらしく。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
昔母や乳母めのとなどがこれと同じことを言ってたびたびお詣りをさせたが、自分には、何のかいもなかった、命さえもこころのままにならず、言いようもない悲しい身になっているではないか
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
然るにそうしたせっかくの千載一遇の歓会なのに、とかく、圓朝はふさぎ込んでばかりいる、何話し掛けても生返事ばかり、男のこころが読めなくて思わず小糸がれて涙ぐみかけたとき
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
私は若子さんのこころうちを思遣って、見て居られなくなって横を向きました。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
しかればわれもひといきかぎり、天皇命の大御政に服従まつろい、天皇命の大御意おおみこころを己がこころとし、万事を皇朝廷すべらみかどまかせ奉り、さて寿尽きて身死みまからば、大物主の神慮に服従まつろい、その神の御意を己が意とし
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
生死即涅槃しょうじそくねはんと云い、煩悩即菩提ぼんのうそくぼだいと云うは、悉くおのが身の仏性ぶっしょうを観ずると云うこころじゃ。己が肉身は、三身即一の本覚如来ほんがくにょらい、煩悩業苦ごうくの三道は、法身般若外脱ほっしんはんにゃげだつの三徳、娑婆しゃば世界は常寂光土じょうじゃつこうどにひとしい。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先方むこうの人もそのこころざしに感心して観音の彫刻を依頼されました。
あらゆる物を造り成すものがこころであろうか。
それは実に神のこころであったからである。
一々に祕密のこころ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
お先にというこころである。日向は口をつぐんで、妙見に譲っている。然らば御免、というように、妙見勝三郎がちょっと目礼してはじめた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どうして急に大夜襲の決行を見あわせたのか、城へ帰った一益の口から親しく説明されるまでは、誰にも、そのこころが分らなかった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はこころに満たぬ事ある毎に、必ずこの問題を研究せざるなけれども、未だかつて解釈し得ざるなりけり。今日はや如何いかに解釈せんとすらん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
余にはこの翁ただ何者をか秘めいてたれ一人開くことかなわぬ箱のごとき思いす。こはがいつもの怪しきこころ作用はたらきなるべきか。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私たちがたずねたいこころは、お三輪もよく知っている。くらがり坂以来、気になるそれが、じじともばばとも判別みわけが着かんじゃないか。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孝孺のちに至りて此詩を録して人にしめすの時、書して曰く、前輩せんぱい後学こうがくつとめしむ、惓惓けんけんこころひとり文辞のみにらず、望むらくはあいともに之を勉めんと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『直毘の霊』の中にはまた、中世以来の政治、あめしたの御制度が漢意からごころの移ったもので、この国の青人草あおひとぐさの心までもそのこころに移ったと嘆き悲しんである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その言葉のこころは、一向悟り申さなんだところ、年五十に及んで、こんどの道中にてやっと会得いたしてござる。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お政は昇のこころを見抜いてい、昇もまたお政の意を見抜いている※しかも互に見抜れているとぼ心附いている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)