かな)” の例文
その後はたゞ階下でかなでられるピアノかハァプの響きや、召使長や給仕が往來する足音や、茶菓さくわが渡される時のコップや茶碗の響や
琴台きんだいの上に乗せてあるのは、二げん焼桐やきぎり八雲琴やくもごと、心しずかにかなでている。そして、ふとことの手をやめ、蛾次郎がじろうのほうをふりかえった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女の眼はひとえに三味線の糸の上に落ちているようである。恐らく彼女は、自分のかなでている音楽を、一心に聞きれているのでもあろう。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さびしきまゝにこと取出とりいだひとこのみのきよくかなでるに、れと調てうあはれにりて、いかにするともくにえず、なみだふりこぼしておしやりぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
水車が休んでゐる時は松はひとりでさびしくかなでた。その声が屡々しば/\のこと私を、父と松林の中の道を通つて田舎ゐなかから出て来た日に連れ戻した。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その弾丸たまが部屋の隅のグランドピアノを貫いたらしく、器械の間を銛丸ブレットがゴロゴロと転がり落ちる音が、何ともいえない微妙な音階をかなでた。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
斯様かようなお喋りはやめにいたしまして、いかがでございましょう、お邪魔にならなければ、つたない琵琶の一曲をかなでてお聞きに入れましょうか」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
優にやさしき騎士ナイト達は、行列を作って夜もすがら、セレナーデを歌いかなで続けて、お艶の一顧を得ようとするのでしょう。
しかしてたとへば巧みに琵琶をかなづる者が、いと震動ゆるぎを、巧みに歌ふ者とあはせて、歌に興を添ふるごとく 一四二—一四四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
と云う意味は、父母の闘争時にけるはつらつさは、どうして、ヴァイオリンのかなだす恐怖音の如きなまやさしいものではなかったからである。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
琴の糸のかなで出すあやは、彼女の空想を一ぱいにふくらませ、どの芽から摘んでいいかわからない想いが湧上わきあがるのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
月光のため白銀の炎のようにみえるその頂上のあたりには銀河がゆるやかに流れていた。天女のかなでる楽の音が聞えたという伝説を残してもよかろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
蓄音機は再び美しいメロディーをかなではじめた。——私は、そのそばへ音叉を持っていって、ぴーんと弾いてみた。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その境に臨むと、山から谷、穴の中のありまでが耳を澄ます、微妙な天楽であるごとく、喨々りょうりょうとして調べかなでる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バンドは、ラストの「グッドナイト・スイートハート」をかなでていた。女は、小さな赤い唇をしていた。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
どこからか兵士のかなでる胡弓こきゅうの音が漂ってくる。姫は寝台に身を起して、じっと不思議そうに成吉思汗ジンギスカンを見詰めている。長い沈黙がつづく。咽ぶような胡弓の調べ。
楽堂の片隅に身をせばめながら自分相応の小さな楽器を執って有名無名の多数の楽手が人生をかなでる大管絃楽の複音律シンフォニイかすかな一音を添えようとするのが私のこころざしである。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
折々は黄金丸が枕辺にて、有漏覚うろおぼえの舞の手振てぶり、または綱渡り籠抜かごぬけなんど。むかとったる杵柄きねづかの、覚束おぼつかなくもかなでけるに、黄金丸も興に入りて、病苦もために忘れけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
今日は常よりも快かりしとて、浪子は良人おっとを待ちがてに絶えて久しき琴取りでてかなでしなりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
人の良い兄弟子の嬉しそうな笑顔えがおを見て、若い子貢も微笑を禁じ得ない。聡明そうめいな子貢はちゃんと知っている。子路のかなでる音が依然いぜんとして殺伐な北声に満ちていることを。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私の魂よ、私とともに苦しみ年老いてきたお前を、私はどんなにかいっそう愛してることだろう! お前の皺の一つ一つは、私にとっては過去がかなでる一つの音楽である。
反逆者の魂にこもる執著のいてさせる業としか思われない。しかもその成し遂げたあとを見るに、そこには人文の中心に向ってかなでられる微妙な諧和が絶えず鳴り響いている。
ここにその大前小前の宿禰が、手を擧げ膝を打つて舞いかなで、歌つて參ります。その歌は
彼は叔父がよくたえ子のかなでるのを喜んできいたことを思い出した。それでこう云った。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
往來を隔てた千駄木の崖の方で、蝉の聲が逸早いちはやくも今年の夏の新しい歌をかなで出した。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
忽ちにして歌ふこと一句、忽にして又かなづること一節。農夫どもはたなそこ打ち鳴しつ。母上は立ちとまり給ひぬ。この時童の歌ひたる歌こそは、いたく我心を動かしつれ。あはれ此歌よ。
一間と離れた後の草叢くさむらには、鈴虫やら、松虫やらが、この良夜に、言ひ知らず楽しげなる好音をかなでてゐる。人の世にはこんな悲惨な事があるとは、夢にも知らぬらしい山の黒い影!
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして、かなでるひとが、名手めいしゅになればなるほど、えがたいおもいがされるのでした。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
すぐ近所の市立公園ではオーケストラが音楽をかなで、合唱団が歌をうたっていた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
演歌師のかなでるバイオリンの響きは、夜店の果てまで来たもの哀しさでした。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そしてしいられるままに、ケーベル博士からののしられたヴァイオリンの一手もかなでたりした。木部の全霊はただ一目ひとめでこの美しい才気のみなぎりあふれた葉子の容姿に吸い込まれてしまった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
夜々綢繆ちうびうの思ひ絶えざる彷彿はうふつ一味の調は、やがて絶海の孤島に謫死てきししたる大英雄を歌ふの壮調となり五丈原頭ごぢやうげんとう凄惨せいさんの秋をかなでゝは人をして啾々しうしう鬼哭きこくに泣かしめ、時に鏗爾かうじたる暮天の鐘に和して
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
下の庭の老いた胡桃樹くるみの枝かげにゆらゆらと立ち昇っている、その噴水のささやきのなかへ、かなで得る限り柔らかく奏でた調べを響き込ませる時と、ほぼ似たような満悦を彼に与えるのであった……
四邊あたり空氣くうき融解とろくるばかりに、なつかしうかなでゝくだされ。
ある時、熱田明神に参詣し、熱心に琵琶をかなでた。
マンドリンかなでわづらふ風のむれ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
慈雨いたる絶えて久しき戸樋とひかな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
アポロンのかなでる琴を聞かず
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かなでいでつる一曲の
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
だから宴楽の時などでも、楽人のかなでる調節ふしや譜に間違いがあると、どんなに酔っているときでも、きっと奏手の楽人をふりかえって
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
優にやさしき騎士ナイト達は、行列を作つて夜もすがら、セレナーデを歌ひかなで續けて、お艶の一を得ようとするのでせう。
三人とも、離れ離れにいて、それぞれ勝手の形を取り、勝手の曲をかなではじめた時が、合奏のはじまる時であります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我及び我にまさりて愛のうるはしきけだかき調しらべかなでしことある人々の父かく己が名をいふを聞きしとき 九四—
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
薬師寺金堂の白鳳の如来と脇侍は、互に渾然たる調和を示し、美しい調べをかなでていることは前に述べたが、三月堂の三像は、はるかに内面的だと思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼女は、令孃たちの描き上げた花や風景の美しい繪を誇つた。その歌ふ唄や、そのかなでる曲や、その編み上げられた紙入れや、飜譯出來る佛蘭西語の本を誇つた。
九代目市川団十郎が『忠臣蔵』の大石内蔵之助くらのすけで、山科やましなの別れに「冬のめぐみ」をかなで、また四国旅行の旅土産たびづとに、「三津の眺め」の唱歌をつくったので、一層評判になった。
たゞ山深やまふかしづが、もすれば、伐木ばつぼくこだまにあらぬ、あやしく、ゆかしくかすかに、ころりん、から/\、とたへなる楽器がくきかなづるがごときをく——其時そのときは、もりえだ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
満池まんちの敗荷はちょうど自分の別れを送る音楽の如く、荒涼落寞らくばくの曲をかなではじめる。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一つの景色には、そうした様々の美しいトピアリーが涯しもなく並んでいる。そこには雄大なもの、繊細なもの、あらゆる直線と曲線との交錯が、不思議なオーケストラをかなでているのだ。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うみのぞみながら、はるか、異国いこくそらしたで、この愉快ゆかい楽器がっきが、何人なんぴとかによってかなでられたり、また、この楽器がっきりひびくが、ちょうどいい月夜つきよで、まちなかあるいているひとたちが
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)