夜叉やしゃ)” の例文
そうだ! 『たけくらべ』と『金色夜叉やしゃ』とを比べて見ると、どちらが通俗小説で、どちらが芸術小説だか、ハッキリと分りますね。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはおそらく鬼とか夜叉やしゃとかいうのであろう。からだはあいのような色をして、その眼は円くひかっていた。その歯はのみのように見えた。
夜叉やしゃはすなわち鬼の事で、これはつまり山人を鬼というのと同じことでありましょう。鬼が島のお噺ももとはこれと同じ思想です。
たとえ悪魔ではあり、夜叉やしゃではあろうとも、いやしくも人間の形をしている以上は、人間の権威のために、これを見殺しにはできまい。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜叉やしゃけもののたましいを一つに持つような体熱からまだめきれないでいるにしても——余りに思いきった殺戮さつりくに眼がくらむ心地がする。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわてて枕許まくらもとからがったおせんのに、夜叉やしゃごとくにうつったのは、本多信濃守ほんだしなののかみいもうとれんげるばかりに厚化粧あつげしょうをした姿すがただった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
舞台へ立っては、早い話が、出来ないまでも、神と現じ仏とあらわれ、夜叉やしゃ、鬼神ともなれば、名将、勇士、天人の舞も姿も見しょうとする。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
突然、酔っ払った桂子が夜叉やしゃのような形相で帰ってきた。私の顔をみるのもイヤだと言い、髪の毛をひきむしり、顔を打つ。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そうかと思うと、生きながら鬼になる者もおります。楚王そおうに仕えた女官はおろちとなり、王含おうがんの母は夜叉やしゃとなり、呉生ごせいの妻は蛾となったのであります。
いみどりいろの顔面、相貌そうぼう夜叉やしゃのごとき櫛まきお藤が、左膳のしもとあとをむらさきの斑点ぶちに見せて、変化へんげのようににっこり笑って立っているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
地獄ぢごく夜叉やしゃ肉體からだには何者なにものませうとや? あんな内容なかみにあのやうな表紙へうしけたほんがあらうか? あんな華麗りっぱ宮殿きゅうでん虚僞うそ譎詐いつはりすまはうとは!
その代りに、今度は珠子を非難し、君の脚を売ることを望むような女性は外面がいめんにょ菩薩ぼさつ内心ないしんにょ夜叉やしゃだといって罵倒ばとうした。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
顔の皮が剥けて渋紙色をした眼の悪い髪の毛の縮れた醜い女の形相は夜叉やしゃのようになった。茂助は驚いて逃げだした。
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
久太夫かずらを用ゐてこれを縛り、村里へ引出し、燈をとぼして之を見るに髪長く膝にれ、面相全く女に似て、その荒れたること絵にかける夜叉やしゃの如し。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みんな夜叉やしゃのようにいきり立ち、そこらの垣根の棒杭ぼうくいを引き倒して抜いてもってきたらしく、くぎのついた四角な木切れや、太いステッキをもっていて
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「白が見えたら……」とウィリアムは幻影の盾をにらむ。夜叉やしゃの髪の毛は動きもせぬ、鳴りもせぬ。クララかと思う顔が一寸見えて又もとの夜叉に返る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その霊地に堕ちて夜叉やしゃとなり、それから転生してランカ島の十頭鬼王となった(大正九年のこと別項「猴の話」)。
「見るがいい。——持前の愛嬌などはどこにもない、夜叉やしゃのような女じゃないか——あッ舌を噛み切りゃがった」
元来年々大きなあられの降るというのは八部衆の悪神すなわち天、龍、夜叉やしゃ乾達婆けんだつば阿修羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と見ると、夜叉やしゃの様に荒れ狂っている、一人の女性があった。妙子だ。彼女は邪悪なる正体をむき出しにして、彼女を捉えた波越警部に食ってかかっているのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これより南三万里に国あり。夜叉やしゃ国という。その主を巨旦こたんという。悪鬼神なり。これを金神こんじんという。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
女はまるで夜叉やしゃのように怒って、いきなり男に組みつき、両手に力をこめて首を締めつけました。
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
内にいると、そのおかみさんとめしたき女にいじめられるし、たまたま休みの日など外へ遊びに出ても、外にはまた、別種の手剛てごわい意地悪の夜叉やしゃがいるのでございました。
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こうも人相が変るものか! と竦然ぞっとせんばかり、髪ふり乱して夜叉やしゃのような形相であった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
天竜てんりゅう夜叉やしゃ乾闥婆けんだつばより、阿脩羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら摩睺羅伽まごらか・人・非人に至るまで等しくあわれみを垂れさせたもうわが師父には、このたび、なんじ、悟浄が苦悩くるしみをみそなわして
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ほっとした彼らが文覚を引き立てようとすると、文覚は焔を吐くような眼で御所の方をかっとにらむと、大音声をあげた。怒鳴りながら憤怒の形相で躍り上る、夜叉やしゃのような姿である。
しかもそれ等の霊魂は、死の瞬間におい忿怒ふんぬに充ち、残忍性に充ち、まるで悪鬼あっき夜叉やしゃの状態に置かれて居る。そんなのが、死後の世界から人間世界に働きかけて、いつまでも禍乱からんの種子を蒔く。
斧をもつ夜叉やしゃ矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉にれ出しぬ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲はねど、昔おもへば身も世もあらぬ。あゝ罪業ざいごふのこのからだ、夜毎よごと夜毎の夢とては、同じく夜叉やしゃの業をなす。宿業しゅくごふの恐ろしさ、たゞたゞあきるゝばかりなのぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
敵たる門徒の人々が憎みののしるとおり、まさしく彼の行為は、夜叉やしゃ魔王まおうそのものであり、その姿は悪鬼羅刹あっきらせつというもおろかなほどだった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……はたで見ます唯今の、美女でもって夜叉やしゃ羅刹らせつのような奥方様のお姿は、老耄おいぼれの目には天人、女神をそのままに、尊く美しく拝まれました。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は存外、優しい声でありますけれども、米友の耳には、頭巾のはずれから、チラと見た夜叉やしゃのようなおもてが眼について、その優しい声が優しく響きません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
盾の真中まんなかが五寸ばかりの円を描いて浮き上る。これには怖ろしき夜叉やしゃの顔が隙間すきまもなくいだされている。その顔はとこしえに天と地と中間にある人とをのろう。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是を以て九天邪を斬るの使を設け、十地悪を罰するの司を列ね、魑魅魍魎ちみもうりょうをして以てその奸を容るる無く、夜叉やしゃ羅刹らせつをして、その暴をほしいままにするを得ざらしむ。
牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「疑心暗鬼と云うことがございますね。貴君のは、それですよ。わたしを疑ってかかるから、妾の笑顔までが、夜叉やしゃの面か何かのように見えるのでございますよ。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また特殊部落とまでは区別しなくても、他から結婚するのを嫌がるところも往々ありました。出雲の北海岸地方にいる者は、近傍の人がこれを夜叉やしゃと云います。
裁縫のできるやさしい女は、わずか二か月で夜叉やしゃのような女になり、白痴のような女になっている。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼女の口は夜叉やしゃの様に耳までさけて、かみ鳴らす歯の間から、ドクドクとあふれ出る真赤な血のり。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つづいて又一人の女が何か刃物をふり上げて追って来るらしかった。常吉は飛んで行って、あとの女の前に立ちふさがると、女は夜叉やしゃのようになって彼に斬ってかかった。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
仏教の八部衆天竜夜叉やしゃの次に、乾闥婆カンダールヴァあり最末位に緊那羅きんならあり、緊那羅(歌楽神また音楽天)は美声で、その男は馬首人身善く歌い、女端正好く舞い多く乾闥婆の妻たり。
ヂュリ 罰當ばちあたりの夜叉やしゃめ! おゝ、惡魔あくまめ! わし誓約ちかひやぶらせうとしをるばかりか、まへには幾千度いくせんたびくらものいやうにめちぎったわし殿御とのごそのおなした惡口あくこうしをる。
そういう点になると実に我儘わがままきわまったもので、魔女か夜叉やしゃとしか思われないほど恐ろしい有様が見えるです。だからチベット婦人はあるいは猫といってよいかも知れない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
例えば上州の榛名湖はるなこにおいては、美しい奥方はいて供の者を帰して、しずしずと水の底に入ってったと伝え、美濃の夜叉やしゃヶ池の夜叉御前ごぜんは、父母の泣いて留めるのも聴かず
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まさか、そのような夜叉やしゃでもあるまい。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
水術のいんくとひとしく、あきらかに姿をみせた和田呂宋兵衛わだるそんべえ、九りん銅柱どうちゅうをしっかといて、夜叉やしゃのごとく突ッ立っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なれど、場所がらゆえの僻耳ひがみみで、今の時節にうし刻参ときまいりなどはうつつにもない事と、聞き流しておったじゃが、何とず……この雌鬼めすおにを、夜叉やしゃを、眼前に見る事わい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「第一『金色夜叉やしゃ』なんか、あんなに世間で読まれていると云うことが、通俗小説である第一の証拠だよ。万人向きの小説なんかに、ろくなものがある訳はないからね。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こゝろ夜叉やしゃ! うつくしい虐君ぎゃくゝんぢゃ! はとはねからすぢゃ! 狼根性おほかみこんじゃう仔羊こひつじぢゃ! 神々かう/″\しうてこゝろさもしい! 外面うはべとは裏表うらうへ! いやしい聖僧ひじり氣高けたか惡黨あくたう! おゝ、造化主ざうくわしゅ
たとい身腹みはらは分けずとも、仮りにも親と名のつく者の男を寝取るとは何事であると、お福は明け暮れにおらちを責めた。まして鉄作にむかっては、ほとんど夜叉やしゃ形相ぎょうそうで激しく責め立てた。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
美人夜叉やしゃと変ず で何か家内うちで非常な喧嘩が始まったような声がして居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)