其方そち)” の例文
しかる処母が私の眉間の疵を見まして、日頃其方そちの身体は母の身体同様に思えと、二の腕に母という字を入墨いれずみして、あれ程戒めたのに
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其方そちもある夏の夕まぐれ、黄金色こがねいろに輝く空気のうちに、の一ひらひらめき落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事があるであろう。
「ただし一つ合点のゆかぬは、山屋を滅ぼした赤格子一家は其方そちの仇じゃ。しかるを何故その赤格子の一味徒党とはなったるぞ?」
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
世にも人にも知られたるしかるべき人の娘を嫁子よめごにもなし、其方そちが出世をも心安うせんと、日頃より心を用ゆる父を其方は何と見つるぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
老いたる侍 只今其方そちの母御はな……え、思ふだに涙がこぼれるわ……其方の不孝をう、怨み、怨み死にに死んでおぢやつたのぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
「ウム、其方そちの方が余程物が解わちよる、——アヽ、わづかの間でも旅と思へば、浜子、誰はばからず、気が晴々としをるわイハヽヽヽヽ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「さればじゃ、あまりに其方そちの手裏剣が見事ゆえに、ってここまで足労をわずらわした次第だが、頼みというのはほかでもない——」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
玄竹げんちく其方そちつたのは、いつが初對面しよたいめんだツたかなう。』と、但馬守たじまのかみからさかづき玄竹げんちくまへして、銚子てうしくちけながらつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
すべてをお上に懺悔ざんげしてご寛大を願おうものと存じていたに、最前からの様子は何じゃ、それでも其方そちは人らしい皮をかぶっていると思うか
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
モンタギュー、其方そちは、この午後ひるごに、まうかすこともあれば、裁判所さいばんしょフリータウンへ參向さんかうせい。あらためてまうすぞ、いのちしくば、みな立退たちされ。
夫人はいぶかり、「これこれ、其方そちは血迷うていやるようじゃ、落着いて申すが可い、死んだといやる、何がどうしたのじゃ。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あゝ、ほんとうに、他人の其方そちが聞いてさえ好い心持はしないのですもの、その時のわたしの口惜くちおしさはどれほどでしたか。
盗んだ金を身に着けるなら、成瀬九十郎こんな貧乏はせぬ、盗賊を芸事と思う思わぬは其方そちの勝手だが、構えて師弟の道を踏み違えまいぞ、穴賢あなかしこ
「ほんに其方そちも初めての遠い船出じゃ程に、よう気をつけてたもれのう。わしゃこうして此頃は金刀比羅ことひらさまを神棚へかざり毎日信心しています」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
させても役に立ける此感應院は兼てよりお三婆さんばゝとは懇意こんいにしけるが或時寶澤をよびて申けるは其方そち行衣ぎやうえ其外ともあかつきし物をもちお三婆の方へ參り洗濯せんたく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此方こち向けば子鴉あはれ、其方そち向けば犬の子あはれ。二方ふたかたの鳥よけものよ。ひとしけくかはゆきものを、同じけくかなしきものを、いづれきいづれ隔てむ。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
両親あればやうにも成らじ物と、云ひたきは人の口ぞかし、思ふも涙は其方そちが母、臨終いまはの枕に我れを拝がみて。
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「うい奴ぢやのう、それ毬は返してくれるぞ。其方そちが居るうちは、シレージヤも先づ安心だといふものぢや。」
其方そちに少し頼みがある。了海どのに御意得たいため、遥々と尋ねて参った者じゃと、伝えてくれ」
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何も千歳村の活気ある耕地をつぶさず共、電車で五分間乃至十分も西に走れば、適当の山林地などが沢山あって、そのへんの者は墓地を歓迎して居る。其方そちけばよいじゃないか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
見透みすかしても旦那の前は庇護かぼうてくるるであろう、おお朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳ごぜん其方そちへこしらえよ、湯豆腐に蛤鍋はまなべとは行かぬが新漬に煮豆でも構わぬわのう
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「死んだと思ったら、それでは其方そちが育てていたのか」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「なぜ其方そちは逃げ出したのだ。それほど痛むか。」
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
やい盗人ぬすびと峯松、其方そちは何うもふてええ奴だなア、七年以前に此の伊香保へ湯治に来た時、渋川の達磨茶屋で、わっちア江戸ッ子でござえます
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「千金の子は盗賊に死せず。こういう格言があるではないか。茶碗一つを惜んだ為、わし其方そちに怪我があってはそれこそ天下の物笑いだ」
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天下てんか役人やくにんが、みな其方そちのやうに潔白けつぱくだと、なにふことがないのだが。‥‥』と、但馬守たじまのかみは、感慨かんがいへぬといふ樣子やうすをした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「これ、そのほうは根ッからの長屋住まいではないナ。ただいまの其方そちの言動、曰くある者と見た。何者の変身か、その方こそ名を名乗れ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
阿房たわけものめが。いわ。今この世のいとまを取らせる事じゃから、たった一本当の生活というものをとうとばねばならぬ事を、其方そちに教えて遣わそう。
よしなき者に心を懸けて、家の譽をも顧みぬほど、無分別の其方そちにてはなかりしに、扨はかねてより人の噂に違はず、横笛とやらの色に迷ひしよな
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
尾張新川は、わしの故郷ふるさと中村の隣村。それだに懐かしいものを、わけてわしと其方そちとは、七つ八つの腕白時代からよく遊んだ幼友達ではないか。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
領主 その書面しょめんようわ。これへ。……して、夜番よばん呼起よびおこしたはく侍童こわらはとやらは何處どこる?……こりや、其方そち主人しゅじん此處このところへはなにしにわせたぞ?
煩悩六根の為めに妨げられたる其方そちの心では、わがことはえ分るまいが、古き法類ぢや、少時しばしわがいふことを聞かれよ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
平次、ことごと其方そちの言う通りだ。主君をここへお誘いしたのは、拙者一代の過ち、——これは吉住氏の落度ではない。
此方こち向けば子鴉あはれ、其方そち向けば犬の子あはれ。二方ふたかたの鳥よけものよ。ひとしけくかはゆきものを、同じけくかなしきものを、いづれきいづれ隔てむ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とゞまりて嗚呼あゝあやまてり/\更に心を入替いれかへて義理有親の御安心あそばす樣に是からは屹度きつと辛抱しんばうする程に其方そち安心あんしんして呉と天窓あたまを下げてわびるにぞ久八は其手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夫人は御褥おしとねすべらしたまいつつ、「金次に早速いとまを出しゃ、其方そちもきっと謹むがかろう。」との御立腹。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
侯爵は打ち驚き「オ、廃業しをつた——新聞に在つたと、浜子、其方そちう新聞を見ちよるな、感心ぢや——松島、其の根引きぬしは貴公ぢや無いか、白状せい」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「与四郎! さすがに其方そちは武士じゃのう」と、いいながら、忠直卿は取っていた与四郎の手を放した。与四郎は、匕首を持ったまま、おもても揚げず、そこに平伏した。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ほんに此れは人の口端くちはばかりではなさそうな……したがわしの思うには、いまの其方そちに何を言うても解るまいが、身分違いの色恋は、大てい幸福しあわせに終らぬものじゃ」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「おやしきに出入の床屋が風邪を引いたについて、其方そちに仰せつけられるから、明日ひる過ぎおやしきあがるがいゝぞ」と使者つかひは自分が元老の筆頭ででもあるやうに横柄な口を利いた。
そちは武勇抜群の者と聞いていましたが、まだ若いのにそんなやさしい思いやりがあろうとは、———よくまあそこに気が付いてくれました。そしたら其方そちは、わたしの胸の中を
因果いんぐわふくめしなさけことばさても六三ろくさ露顯ろけんあかつきは、くびさしべて合掌がつしやう覺悟かくごなりしを、ものやはらかにかも御主君ごしゆくんが、げるぞ六三ろくさやしき立退たちのいてれ、れもあくまで可愛かあゆ其方そち
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
十兵衛は不束ふつつかに一礼して重げに口を開き、明日の朝参上あがろうとおもうておりました、といえばじろりとその顔下眼ににらみ、わざと泰然おちつきたる源太、おお、そういう其方そちのつもりであったか
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
唇の厚い久さんは、やおら其方そちを向いて「炬火かね、炬火は幾箇いくつ拵えるだね?」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「これが其方そちの名とは」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「なるほど、其方そちはまだ年端としはもゆかぬ。御後室と丹波と、予とのあいだに、いかなるもつれが深まりつつあるか、よくは知らぬのであろう」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
十八年前海賊が突然お前の実家を襲い一家惨殺した上に家財をあげて奪ったという、その海賊の頭領の名を、其方そちはどうやら知らぬらしいの
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右「おゝ其方そちか、それは何方どちらでもい、文治という奴は余程義侠の心に富んだ奴と見えるな、定めし剣術の心得もあろうな」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
みんな慈愛を持っているのに、其方そち一人がうつろな心でたわけながらに世を渡ったのじゃという事をしかと胸に覚えるがい。
幼少からわしの側に侍していた其方そちのことゆえ、わしの前では、甘えていうものとしてゆるすが、人なかではいうな。めったに、そのような雑言ぞうごん
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)