しか)” の例文
しかし、其は我々の想像の領分の事で、しかも、歴史に見えるより新しい時代にも、なほ村々・国々の主権者と認められた巫女が多かつた。
国文学の発生(第二稿) (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
しかし少年は大きな身体を不器用に丸めて、俯向いたまま、むつと口を噤んでゐた。暫くしてから、困つたやうに、筆を玩びはじめた。
傲慢な眼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかしこれは直接音楽と関係のある筋ではなく、その位の事なら、まだ他にも沢山たくさんあるだろうと思う、例えばヴァイオリンの胴の中に
探偵小説と音楽 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しかし草平氏は他人から気の毒だと同情される資格は充分にあります。これは平塚さんよりもずつとお人よしだと云ふことであります。
妾の会つた男の人人 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
それからまた、近頃の教科書には本文とは大した関係のないしかし見た眼に綺麗なような色々の図版を入れることが流行はやるようである。
しばらくすると、彼の手がおじおじと、今抛り出したばかりの写真の方へ伸びて行った。しかし広げて一寸ちょっと見ると、又ポイと抛り出すのだ。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
曝露するであろうが、しかし謎と問題とにみちた自身の領域に於ては神の如きエイ智であり聖紀の宝賜でありまた奇蹟を行うの力である
しか猟夫かりゅうどが此の様子を見て居りはせぬかと絹川の方を眺めますれど、只水音のみでございまして往来は絶えた真の夜中でございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼とても芸妓げいしやと飲む酒のうまい事は知つて居やう、しかし一度でもう云ふ場所へ足を向けた事の無いのは友人が皆不思議がつて居る。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
しかしそれから間もなく父は眼をわずらって、両眼とも見えなくなってしまいましたので、校長の役をも退かなくてはならなくなり
メンデレーエフ (新字新仮名) / 石原純(著)
しかしこちらは落第しても平気だが先方は婦人のことだからというので一日文枝さんがそれとなく誘い出し口実を設けてつれてきた。
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
しかしその頃は時間はあっても金がないから、あるものを費やして、ないものを包んでおいた。今日この頃のように月夜のこともあった。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
しかし、次の情景が私達を更におどろかした。不意の闖入者と花子とがひしと抱き締めて、ものも云わずに黒い地面にうずくまったからである。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
をかく人々、字をかく人々に告ぐ。お金を払つて買つて下さるは、まことに難有ありがたいお方なり。しかしながら大抵は、わからぬ奴なり。
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
しかし何かゞ居るのだと幼い心が感じた。さうだ。何かゞ息を潜めて、すべての暗い所に俺を見張つてゐるのだ。俺の隙、俺の死を!
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
しかし外には何の被害もなかったので二人相談の上、塔を箱の中に戻し、硝子は風で落ちた事にして知らぬ顔をして居たのであった。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「ただ懇意にとは?……勿論……いや、しかし、どう云ったらよいか……どっちみち、私は、これ迄に、一人の女しか知らないので」
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして花柳界としての神楽坂の繁昌振りをのぞいて見たい欲望をも感ずるのであるが、しかし惜しいことにはもう時間が遅くなった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
と吉三郎の声色を使ったので、皆はどっと吹出してしまった。しかしそれでも福太郎はまだ腑に落ちない顔で口真似をするかのように
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱かいほうしてるとか云う事は、どうしても遣りたくない。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし大阪に行けば中津の倉屋敷で賄の代を払う事にして、れも船宿ふなやど心能こころよく承知して呉れる。悪い事だが全く贋手紙の功徳でしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
信ぜぬて、しかし今日の詮索は先ず是だけで沢山だ、是から帰て僕の室へ来、何か一口べ給え、此後の詮索は明日又朝から掛るとしよう
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
立通たてとほ指替さしかへの大小并びに具足迄省愼置たしなみおかるゝ程の氣質きしつにては勿々なか/\此金子を受取ざるも道理もつともなりしかしながら某しも一人のむすめうつて昔しの恩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「勿論それはさうだらう。僕が弁護士になつてもさうだらうと思ふ。しかし磯貝なんぞは患者を選んで取るといふぢやあないか。」
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
武は、モウ成人おとなになつて、此湖水などへは舟で幾度も遊びに来たことが有り升。しかし其後鼻でつりをしたといふうはさは、一度もきこえません。
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
しかしさう思つてしまへば、子供を見るためにかうして時々この家へ来ると云ふことも同じ無駄なことであらうと苦笑するのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
然うしたら社會の人として、あるひ安楽あんらく生活せいくわつるかも知れない。しかし精神てきには、まつたんで了ツたのもおなじことなんだ!
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
汲ませ玉へやといふ先に家のおほいなるに合せ奮發したる茶代の高こゝに至ツて光を放ちぬしかしながら此家は夫是それこれの事に拘はらず山を祝ふて酒を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
しかし大きく乱立している熔岩の多くには木振きぶりのいいひねた松が生え熔岩そのものも皆紫褐色しかっしょくに十分さびており、それに蘚苔せんたいとざしていて
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
偶々たまたま感じ候故ついでに申上候。荒木令嬢の事、かく相迎あいむかえ候事と決心仕候。しかし随分苦労の種と存候。夜深く相成候故擱筆かくひつ仕候。草々不宣。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
しかし白い太陽は尚もじりじりとあらゆるものを照りつけ続けていた。そして路面からの反射光線は室内にまで火矢のように躍り込んでいた。
しかし斯うした商売の人間に特有——かのような、陰険な、他人の顔を正面まともに視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
動物学上から云へば、猫の立つて歩くのもあるいは当然の事かも知れぬ。しかし我々俗人はこれをも不思議の一つにかぞへるのが慣例ならいだ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし下から見上げて考えた程危険では無かった。岩は堅くて凹凸がある。五分の手懸り足懸りも安全に生命を保障して呉れる。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あいちやんは彼等かれら石盤せきばん見越みこせるほどちかくにたので、全然すつかりそれがわかりました、『しかしそれはうでもかまはないわ』とひそかにおもひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
しかし、女人によにん堂を過ぎて平地になつた時には、そこに平凡な田舎村が現出せられた。駕籠のおろされた宿坊は、避暑地の下宿屋のやうであつた。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
全く弱つて仕舞しまつた。しかしそこには僕のでないきたない下駄は一足あつたのである。それを欲しいと思つた。とりたいと思つた。
拊掌談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
銀座の話がどうも飛んだ面倒な議論になったが、しかし銀座の事を考えるからは、モダンなりモダンガールなりの事を考えない訳にはゆかない。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
左様さよう豪勢ごうせいな(しかし不思議な)人気を背負しょっている金青年の心は一体誰の上にあったかというと、それは君江の上にあった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、その佳味は、これら漁人の口に上ることは稀であつて、多く、隣の町へ運ばれて、多少の金と換へられるのである。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
しかし相手は婦人づれであるから、確に自分の方が先に相違ないと思って、彼は工合のいゝ物蔭に立って眼を輝かしていた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
珠運とか云う小二才はおのれだななま弱々しい顔をしてよくもお辰を拐帯かどわかした、若いには似ぬ感心なうでしかし若いの、闘鶏しゃもの前では地鶏じどりはひるむわ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし、とにもかくにも其等の文章を通じて、文学をする者にとっての現在の問題というものがおぼろげながら判っては来た。
章魚木の下で (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかし其後では必ず嫉妬心と憎悪とがいて来る。れが他人の夫人であるからだ。彼は平常いつもの通り勝手な想像を胸に描いて此心持を消そうとした。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
りやうさんお約束やくそくのものわすれてはいやよ。アヽ大丈夫だいじやうぶすれやアしなひしかしコーツとんだツけねへ。あれだものをかけにもあのくらゐねがつておいたのに。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかしお前の歌は今日は非常に悲しいが、一たいどうしたことか? もし心配でもあるなら、わたしに打ち開けて話してくれ、王の力で出来ることなら
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
全く驚き入りました。申訳もうしわけ御座いません。しかし、御前、こんなふしだらな事を致しましたのも、要するに青木が、肺病の前途を悲観して、奈世を
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
しかすべてに共通けうつうした手法しゆはふ方針はうしんは、由來ゆらい化物ばけもの形態けいたいには何等なんら不自然ふしぜん箇所かしよがある。それを藝術げいじゆつちから自然しぜんくわさうとするのが大體だい/\方針はうしんらしい。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
平凡へいぼん會話くわいわじやアないか。平常ふだんなら當然あたりまへ挨拶あいさつだ。しか自分じぶんともわかれて電車でんしやつたあとでも氣持きもちがすが/\して清涼劑せいりやうざいんだやうながした。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「そうだ、こんな速力の出る潜水艦は、春田式C・C・D号よりほかにはない。しかしどうしてあれを止めたら宜いだろう」
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)