人中ひとなか)” の例文
地図は持っているが、田鶴子たずこさんにしても僕にしてもそれを人中ひとなかで拡げて見て態〻わざわざお上りさんの広告をする気になれないから不便だ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
始めて親に離れ故郷に別れて、人中ひとなかの生活をする者の胸のうちには、或いはもう一度「子ども」の感じがよみがえって来るのではあるまいか。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そういった人中ひとなかの商売は黒人くろとのことですから、万事に抜け目がなく、たとえば売りめの銭などは、バラでなげうって置いてある。
「何せい、七歳ななつぐらいからあの居酒屋へ奉公しておりますので、馬方やら、この辺の紙漉かみすきやら、旅の衆に、人中ひとなかまれておりますでな」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「着物がないですか。羽織とはかまくらいどうでもしますたい。ちと人中ひとなかへも出るがよかたい先生。有名な人に紹介して上げます」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
言訳はのちにしまするとて手を取りて引けば弥次馬がうるさいと気をつける、どうなり勝手に言はせませう、此方こちらは此方と人中ひとなかを分けて伴ひぬ。
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
日頃君江はカッフェーの人中ひとなかで、もしその時分のお客と顔を見合せた場合、自分の取るべき態度については予め考えていないことはなかった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いかに御時勢とは言え、のこのこ人中ひとなかに出て、しかも教育会! この世に於いて最も崇高にしてつ厳粛なるべき会合に顔を出して講演するなど
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
第一、人中ひとなかで牛が殺せる! と言うんで、貧乏人の子供でちょいと腕っぷしの強いやつは、争って闘牛士を志願する。
「全く、お雪ちゃん、このごろ、めっきり暗くなったようだね、ちっとも人中ひとなかかおを見せないじゃないか」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人中ひとなかへも会話へも他人を肩で押し分けて(精神的にも肉体的にも)割込んでゆく押の強いたちであった。
人中ひとなかていますと、使つかって、がまんをしますし、まだとしのいかないのに、かわいそうです。」
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
身体からだはといったら僕よりも大きいほどの大女、赤ら顔で縮れっ毛で団子鼻だんごッぱなのどんぐりまなこと来ていますから何ぼ何でも東京へ連れて来て僕のワイフですと人中ひとなかへ出せません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
僕は、人中ひとなかへ出る時は、大抵、洋服を着てゆく。はかまだと、拘泥こうでいしなければならない。繁雑な日本の étiquette も、ズボンだと、しばしば、大目に見られやすい。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
名告なのりながらぴったり振冠ふりかぶった時は、水司又市も驚いたの驚かないの、びっくり致して少しあと退さがる。往来の者も驚きました。人中ひとなかで始まったから、はあと皆あとさがりました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だが、またある折はばけたつもりでだまかしておいて貰ひます。それではづかしげもなく人中ひとなかへも出ます。化粧といふのは他目ひとめごまかすのではなく自分の心を化しなだめるのです。
鏡二題 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
人中ひとなかと来ては、女学校にさえ行く事が出来ない——と云っても、それが掛値なしの真実なのであるから、当然そこには家庭教師が必要となって、工阪杉江が招かれるに至った。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうでなくても人中ひとなかへ出ると一層物が云えなくなる雪子は、こう云う席では「でございます」の東京弁で話すのがギゴチなくて、自然言葉の終りの方が曖昧あいまいになるのであるが
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人中ひとなかでそんな書物を読んでいるのが気恥かしさに、図書館行きを止めようかと思った位で御座いましたが、そのうちに遺伝の事を書いた書物を何気なく読んでおりますと、私は又
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
やおら人中ひとなかから立ち上がると、ずかずか葉子に突きあたらんばかりにすれ違って、すれ違いざまに葉子の顔をあなのあくほどにらみつけて、聞くにたえない雑言ぞうごんを高々とののしって
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人中ひとなかへ這入るなり、幾らかの力と元氣とを得たいと云ふ願望が、私に歸つて來たのだ。かうした村の鋪石道しきいしみちの上で、飢ゑに迫られて、氣を失ふなんて、恥しいことだと私は思つた。
着物が違い言葉が違うと云う外には何も原因はないが、子供の事だから何だか人中ひとなかに出るのを気恥かしいようにおもって、自然、内に引込んで兄弟同士遊んで居ると云うような風でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これにはんして玉依姫系統たまよりひめけいとうかたいたって陽気ようきで、すすんで人中ひとなかにもかけてまいります。
人中ひとなかであんなに恥をかゝされちや黙つてられない。さ、果し合ひをしよう。」
ラエーフスキイがどこか人中ひとなかにいるところを観察して見給え、すぐ眼につくことだ。なにか一般的な問題、たとえば細胞とか本能とかの話が出ているうちは、彼は隅に引っ込んで黙っている。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
とら此乞食このこじきめと人中ひとなかにて散々さん/″\のゝしはづかしめければ今は四郎右衞門もはらすゑかね大いにいきどほりけれどもとてもうでづくにてはかながたしと思ひ其日もこらへて歸りしが不※ふと心付こゝろづき日來ひごろ信心しんじんなす金毘羅こんぴら祈誓きせい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お光は今迄にもまして人中ひとなかに出るを厭がり、男などが戯言ざれごと云いかけても、ふいとわきを向いてしまう。其のかわり両親ふたおやには今迄にもまして孝行をする。口数はきかないが、それはそれはこまかに心をつける。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「ワルソウへ行きや人中ひとなかだ。消えて無くなりもすまい。」
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
我れも行く春の銀座の灯のもとを巴里の宵の人中ひとなかとして
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「分っているなら、なぜ、ツベコベとよけいな、おしゃべりをするのさ。人中ひとなかで、お米のかたなんてふざけるともう阿波へ帰ってやらないからいい」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人中ひとなかでしょう。私は真赤になってしまいました。安達さんが憤慨して、『君、失敬じゃないか?』って。オホヽヽヽ」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その折から偶然銀座の人中ひとなかでお千代にたもとを引かれ、これが噂に聞く街娼がいしょうだと思った処から、日頃の渇望を一時にいやし得たような心持になったのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ぢや君は人中ひとなかぢや口は利けないんだね、困るだらう、と聞くから、何そんなに困りやしないと答へて置いた。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
なんなりとおつしやれ、言譯いひわけのちにしまするとてりてけば彌次馬やぢうまがうるさいとをつける、うなり勝手かつてはせませう、此方こちら此方こちら人中ひとなかけてともなひぬ。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人中ひとなかへ出て森あにいと云われるのも旦那のお蔭でござえやすからうか人間になりてえと思って、旦那の側に居りやすが、御恩送りは出来ねえから身体のきくだけはかせいで御恩返ごおんげえしをしようと思って
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
性質から云えばむしろ人中ひとなかえらぶべきはずの彼には都合があった。彼はぜんの向うにすわっている下女にいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うです。未だ/\先があります。私は上等です。しかし人中ひとなか大切だいじにされるようになっちゃお仕舞いです。何ならもう一遍下等へ後戻りをしたいものですな」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
幕が動く。立見の人中ひとなかから例の「変るよーウ」と叫ぶ声。人崩ひとなだれが狭い出口の方へと押合ううちに幕がすっかり引かれて、シャギリの太鼓が何処どこか分らぬ舞台の奥から鳴り出す。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしちゝといふは三つのとしゑんからおち片足かたあしあやしきふうになりたれば人中ひとなかたちまじるもやとて居職いしよくかざり金物かなものをこしらへましたれど、氣位きぐらいたかくて人愛じんあいのなければ贔負ひいきにしてくれるひともなく
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「あなたは、人中ひとなかにおいて、私を法螺ほらふきと申されたが、それでは私も面目が立たないから、最前、やって見ろとおおせられた芸を、やむなくここで演じてみようと存じます。立ち会ってください」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
代助は神経質なわりに、子供の時からの習慣で、人中ひとなかるのを余りにしなかつた。宴会とか、招待とか、送別とかいふ機会があると、大抵は都合して出席した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まくが動く。立見たちみ人中ひとなかから例の「かはるよーウ」とさけぶ声。人崩ひとなだれがせまい出口のはうへと押合おしあうちまくがすつかり引かれて、シヤギリの太鼓たいこ何処どこわからぬ舞台の奥から鳴り出す。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
文字もんじけて人中ひとなかけつくゞりつ、筆屋ふでやみせへをどりめば、三五らう何時いつみせをば賣仕舞うりしまふて、腹掛はらがけのかくしへ若干金なにがしかをぢやらつかせ、弟妹おとうといもとひきつれつゝきなものをばなんでもへの大兄樣おあにいさん
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)