主人あるじ)” の例文
そのあたらしい主人あるじというのが、眉毛に火がついたように、古い貸しの取り立てをはじめている。この高音のほうも、その一つだろう
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
主人あるじと妻と逗留とうりゅうに来て居る都の娘と、ランプを隅へしやって、螢と螢を眺むる子供を眺める。田圃たんぼの方から涼しい風が吹いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「エアさんはそこにゐますか。」と主人あるじは、半分席から立上つて、入口の方を見まはしながらたづねた。私はドアの傍にまだ立つてゐた。
かくて海辺かいへんにとどまること一月ひとつき、一月の間に言葉かわすほどの人りしは片手にて数うるにも足らず。そのおもなる一人は宿の主人あるじなり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
御數奇屋橋の御呉服所主人あるじ三島屋祐玄いうげん樣が殺されましたよ。公儀御用の家柄だ、下手人がわからないぢや濟むまいから、直ぐ平次を
ではあるが、半田屋の主人あるじ、後日に至って、アアあの時にお断り申さなんだら好かッたと後悔する事が出来ると思うが。それでも好いか
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
仮の叔父なる赤城の主人あるじは大酒のために身を損いて、その後病死したりしかば、一族同姓の得三といえるが、家事万端の後見せり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
などと言って、さすがに真正面から促すのでなく、主人あるじの注意を引こうとするようなことを言う声が聞こえた。中将の君や木工もくなどは
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
床屋の主人あるじ政治談せいぢばなしの好きな、金が溜つたら郷土くにへ帰つて、県会議員になるのを、唯一の希望に生きてゐる男だ。私は訊いてみた。
客は愕然がくぜんとして急に左の膝を一膝引いて主人あるじを一ト眼見たが、直に身を伏せて、少時しばしかしらを上げ得無かった。然し流石さすがは老骨だ。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かれこれとかたっているうちにも、おたがいこころ次第しだい次第しだいって、さながらあの思出おもいでおお三浦みうらやかたで、主人あるじび、つまばれて
だが彼とても単に勤倹きんけん主人あるじであった時代もあるのだ! 妻もあれば子供もあって、隣村の地主たちが訊ねて来ては食事を共にしたり
所謂伊沢分家は今の主人あるじめぐむさんの世となつたのである。以下今にいたるまでの家族の婚嫁生歿を列記して以て此稿ををはらうとおもふ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
主人あるじや客をはじめ、奉公人の膳が各自めいめいの順でそこへ並べられた。心の好いお仙は自分より年少とししたの下婢の機嫌きげんをもそこねまいとする風である。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると鶴屋の主人あるじもついついその話につり込まれて六、七年前に大酒たいしゅで身をそこねた先代の親爺おやじから度々聞かされた話だといって
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ボンボン時計を修繕なほす禿頭は硝子戸の中に俯向いたぎりチツクタツクと音をつまみ、本屋の主人あるじは蒼白い顔をして空をただ凝視みつめてゐる。
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
階下したの家族は幸福だった。そこの主人あるじは昨日、ムッシュウ・カシュウの勤めている役所に大変いい口を見つけて採用されたということだ。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
所は茅場町植木店、真の江戸子が住んでいる所……で、表向きは魚屋渡世、裏へ廻ると博徒の親分、それが主人あるじ次郎吉の身分だ。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日記をつけるのにも、岩野氏とか、泡鳴氏とか書いたのが、「君」となったが、三月ばかりするうちに、主人あるじという字になった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
忠通もその後無妻であったので、美しいが上にさかしい藻は主人あるじの卿の寵愛を一身にあつめて、ことし十八の花の春をむかえた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、武蔵も誰かに教えられた通り、城太郎もまた、お通をさらわれたわけを告げて、此処へ泣きこんで来たところ、主人あるじの大蔵がいうには
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
永「おゝ手前あのなに何へ行って大仏前へ行ってな、常陸屋ひたちや主人あるじになったら一寸ちょっと和尚が出て相談が有るからと云うて、早く行って」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
亡き主人あるじの大切にする気持から出たものであった、……どの株も今が咲きざかりで、あたりの空気はせるほども高雅な香りに満ちていた。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よびとゞめ、熊に助られしとは珍説ちんせつ也語りて聞せ給へといひしに、主人あるじが前に在し茶盌ちやわんをとりてまづ一盃のめとて酒を満盌なみ/\とつぎければ
その席亭の主人あるじというのは、町内の鳶頭とびがしらで、時々目暗縞めくらじまの腹掛に赤いすじの入った印袢纏しるしばんてんを着て、突っかけ草履ぞうりか何かでよく表を歩いていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だれがなんと言ったって、いまのところあなたはこの牧場の主人あるじなのだから、あなたがあの野郎を追い出す分にゃあだれも文句はねえはずだ
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その当時、大江戸に、粋で鳴った鶯春亭の、奥まった離れには、もう、主人あるじ役の長崎屋、古代杉の手焙てあぶりを控えて坐っている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「ちょうど好い処へ来た、私はちょっと下の村まで往って来ねばならんから、留守居をしておくれ」と、主人あるじが云いました。
死人の手 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
徳蔵おじは大層な主人あるじおもいで格別奥さまを敬愛している様子でしたが、度々たびたび林の中でお目通りをしてる処を木の影から見た事があるんです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
主人あるじに代って、店頭みせさきに坐ってお客にお世辞を振撒ふりまいたり、気の合った内儀かみさんの背後うしろへまわって髪をとりあげてやったりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかしその部屋に入った私が、まっ先に気づいたものは、部屋の片隅の小机の前に延べられた、クリスマス・ツリーの小さな主人あるじ寝床ベッドだった。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「では、きまり次第に、その者をこの家まで向けてもらいたい、この家の主人あるじは、もと拙者の家来筋の者じゃ、不在でもわかるようにしておく」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
渡邊の耳元へ低声こごえささやいておいて、自分独りで二階へあがっていった、軈て低い春日の声に混って、主人あるじの太い声が断片的きれぎれに洩れて聞えてくる。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
そのうちに解かる折もあろうけに……とにも角にもその見付の宿の主人あるじサゴヤ佐五郎とかいう老人は中々の心掛の者じゃ。年の功ばかりではない。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ヒラメならぬマグロの刺身に、ごちそうの主人あるじみずから感服し、賞讃しょうさんし、ぼんやりしている居候にも少しくお酒をすすめ
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
愈々翌朝は出立といふ日の晩、三田が主人あるじの別れの會は、おりかの奉公して居る御靈さんの裏の午肉屋の二階で催された。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
主人あるじの留守にことはりなしの外出、これをとがめられるとも申訳の詞は有るまじ、少し時刻は遅れたれど車ならばつひ一トとび、話しは重ねて聞きに行かう
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ところがそのテントの主人あるじはどう思ったものかいかに願ってみても泊めてくれない。もちろんその時には私の姿が恐ろしくあったろうと思います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
此家ここの隣屋敷の、時は五月の初め、朝な/\學堂へ通ふ自分に、目も覺むる淺緑の此上こよなく嬉しかつた枳殼垣からたちがきも、いづれ主人あるじは風流をせぬ醜男か
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
世間の氏上家うじのかみけ主人あるじは、大方もう、石城など築きまわして、大門小門をつなぐとった要害と、装飾とに、興味を失いかけて居るのに、何とした自分だ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
一所ひとところの本屋の主人あるじである、こえ太つた体へこてこてと着込んだ婆さんが僕をつかまへて「新しいロスタンの脚本なんかよりユウゴオ物をお読みなさい」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かへつとく吉兵衞は宿やどりし山家やまがの樣子何かに付てうたがはしき事のみなればまくらには就けどもやらず越方こしかた行末ゆくすゑのことを案じながらも先刻せんこく主人あるじの言葉に奧の一間を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その癖下坐舗したざしきでのお勢の笑声わらいごえは意地悪くも善く聞えて、一回ひとたび聞けばすなわち耳のほら主人あるじと成ッて、しばらくは立去らぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
文章の様子から見て若い書生の筆らしいが、女名前の主人あるじといひ、その家はてつきり素人下宿と思はれるのだ。
西東 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
案内の助役さん初め、宿の主人あるじそのさん、人夫などもこの熔岩流に添うた山道は何度も通っているがたれも熔岩流の中へ分けのぼって見たものはないのだった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
障子の無い主人あるじの居間は本箱の本までも見える。午後、主人が帰つて来て、暫くの間寝転んで其日の新聞を読んでしまふと、やがて机に対つて読書を始める。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
待つ間稍々やゝ久しくして主人あるじは扉を排して出で来りぬ、でつぷりふとりたる五十前後の頑丈造ぐわんぢやうづくり、牧師が椅子いすを離れての慇懃いんぎんなる挨拶あいさつを、かろくもあごに受け流しつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
翌晩われはポツジヨとヱネチア屈指の富人それの家に會せり。こはわが出納すゐたふの事を托したる銀行の主人あるじなり。
二本榎にほんえのきに朝夕の烟も細き一かまどあり、主人あるじは八百屋にして、かつぎうりをいとなみとす、そが妻との間に三五ばかりなる娘ひとりと、六歳むつになりたる小児とあり
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
こゝの主人あるじ重三郎じゅうざぶろう喜右衛門きえもんの丹念は、必ずや開板かいはん目録をこしらえてあることを、考えたからであった。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)