一隅いちぐう)” の例文
その人が玄関からはいったら、そのあとに行って見るとものは一つ残らずそろえてあって、かさは傘で一隅いちぐうにちゃんと集めてあった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その中でのきわめて辺鄙へんぴ片田舎かたいなか一隅いちぐうに押しやられて、ほとんど顧みる人もないような種類のものであるが、それだけにまた
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その邸内ていない一隅いちぐうに、実験室外には音響の洩れないという防音室を建て、多くの備付器械そなえつけきかいのうちに、あらかじめ、子宮の寸法から振動数をきめて
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
でっぷりと肥えし小主計は一隅いちぐうより莞爾かんじと笑いぬ。「どうせ幕が明くとすぐ済んでしまう演劇しばいじゃないか。幕合まくあいの長いのもまた一興だよ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
其の一隅いちぐうに油だらけの上下続きの作業衣を着た一人の露助が分解したエンヂンの附属物をこつ/\磨きながら手入をしてゐた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
すっかりいい気持ちに酔ってるグランテールは、一隅いちぐうに陣取ってしゃべり立てていた。彼は屁理屈へりくつをこね回して叫んでいた。
途方もなく大きな銅製の炉が、湯沸かし用の円筒形のかまや、そのほか銅管だの活栓カランだのの一切の装置をそなえて、窓と反対側の一隅いちぐうを占めていた。
そのかまど、その一隅いちぐうの土地、それらには一家のあらゆる喜びや悲しみがぴったり結び合わされていて、同じく家族の者であり、生活の一部であり
彼等、二郎青年と、巡査と、書生とは死骸から遠く離れた室の一隅いちぐうに立ちすくんだまま、真青に引痙ひきつったおたがいの顔を、まじまじと眺め合っていた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
赤土あかつちの乾きが眼にも止まらぬ無数の小さな球となって放心ほうしんしたような広い地盤じばん上の層をなしている。一隅いちぐうに夏草の葉が光ってたくましく生えている。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただし窓のカーテンも壁のもなく、残っているわずかの家具も一隅いちぐうに積みかさねられて、さしずめ売物とでもいった形。がらんとした感じがする。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
会所の新築ができ上がったことをも寿平次に告げて、本陣の焼け跡の一隅いちぐうに、以前と同じ街道に添うた位置に建てられた瓦葺かわらぶきの家をさして見せた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
又それと反対に、どんなに入りが少い時でも、貴女のお姿が平土間の一隅いちぐうに見えますと、私は生れ代ったような力と精神とで、私の芸を演じました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ようやく学校は卒業したが、理研りけんの方の建物が出来上っていなかったので、しばらく物理教室の狭い実験室の一隅いちぐうを借りて、仕事を続けていた時のことである。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今、私はこの年輩となって、なお阿呆あほらしくも、この囃子連中は芝居のチョボの如く、私の頭の一隅いちぐうに控えている。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
今では同じ構内かまえうちにはなって居るが、古井戸のある一隅いちぐうは、住宅の築かれた地所からは一段坂地さかちで低くなり、家人かじんからは全く忘れられた崖下の空地である。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
二階長屋の一隅いちぐうで、狭い古い、きたない、羅宇らお煙管きせるの住いそうなところであった。かのお袋が自慢の年中絹物を着ているものの住所とは思えなかった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
龍造寺主計は、これを聞くと、部屋の一隅いちぐうへさがって、壁によりかかって、すわった。不思議そうな顔をして、腕を組んで、ふたりを見くらべはじめた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
薄暗い広い土間には、こわれた自転車やら、炭俵のようなものがころがっていて、その一隅いちぐうに、粗末なテーブルがひとつ、椅子いすが二、三脚置かれている。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ことにこの一、二年はこの詩集すら、わずかに二、三十巻しかないわが蔵書中にあってもはなはだしく冷遇せられ、架上最もちり深き一隅いちぐう放擲ほうてきせられていた。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
坐舗の一隅いちぐうを顧みると古びた机が一脚え付けてあッて、筆、ペン、楊枝ようじなどを掴挿つかみざしにした筆立一個に、歯磨はみがきはこと肩をならべた赤間あかますずりが一面載せてある。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かえってさっぱりとした気もしないではありませんが、しかしそのままでおとなしく家の一隅いちぐうに暮らして行けるはずの善良さを私は妻に認めていたのですよ。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一隅いちぐうには一匹の黒白のまだらの牛が新しいわらをタップリと敷いて静かに口を動かしながら心地ここちよげにしていた。
すると良寛さんは、さつきから自分の心の一隅いちぐうで、何かほかのことを、苦にしていゐるのに気附きづいた。何だか知らないが、或事が気にかかつてゐるのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「いささ群竹」はいささかな竹林で、庭の一隅いちぐうにこもって竹林があった趣である。一首は、私の家の小竹林に、夕がたの風が吹いて、かすかな音をたてている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ずっと一隅いちぐうによって、白髪しらがの、羽織はかまかくばった感じの老人と、そのほかにも一、二の洋服のひとがいたので、その人たちへの遠慮で、あとのことなどの相談をした。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それと同時に房内の一隅いちぐう排泄物はいせつぶつ醗酵はっこうしきって、えたような汗のにおいにまじり合ってムッとした悪臭を放つ時など、太田は時折封筒を張る作業の手をとどめ
(新字新仮名) / 島木健作(著)
当時決死けっしの士を糾合きゅうごうして北海の一隅いちぐうに苦戦を戦い、北風きそわずしてついに降参こうさんしたるは是非ぜひなき次第しだいなれども、脱走だっそうの諸士は最初より氏を首領しゅりょうとしてこれをたの
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
桑を摘んでか茶を摘んでか、ざるかかえた男女三、四人、一隅いちぐうの森から現われて済福寺の前へ降りてくる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
広間の一隅いちぐうには人見張役の小島良二郎と、役所詰の同心が二人、そのあいだに岡安喜兵衛の顔も見えた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし太った紳士がそのとなりから慌てて立ち上ろうが、汽車が動き出そうが、太った紳士が再びそのかたわらへ大きなおしりをどっかと下して座席がへこもうが、二等室の一隅いちぐう
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
いっさいの建設は個々人が脚下きゃっか照顧しょうこしつつ、一隅いちぐうを照らす努力をはらうことによってのみ可能であることを力説し、最後にそれを青年団と政治の問題に結びつけた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あのとき、観覧席かんらんせき一隅いちぐうに、日本女子選手の娘達むすめたちが、純白のスカアトに、紫紺しこんのブレザァコオトを着て、日の丸をうち振り、声援していてくれた、と後でききました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
今朝庭を歩いて居ると、眼が一隅いちぐうに走る瞬間、はッとして彼は立とまった。枯萩かれはぎの枝にものが光る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それより洞中どうちゆう造船所ぞうせんじよないのこくまなく見物けんぶつしたが、ふとると、洞窟どうくつ一隅いちぐうに、いわ自然しぜんえぐられて、だいなる穴倉あなぐらとなしたるところ其處そこに、嚴重げんぢうなるてつとびらまうけられて
錫蘭セイロンルビイ、錫蘭セイロンダイヤ、エメラルド、見切りて安くあきなはんと云ひつつ客を追ひ歩きさふら商人あきびとは、客室サロンの中にまで満ち申し、ところもあらぬまゝ一隅いちぐうちさく腰掛けれるに
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
宮司みやつかさの女の房に入りびたしにいる持彦には、はじめは他の女たちも避けて見ぬふうをよそおうていたが、きょうも控えの一隅いちぐうに、用もなく花桐の下がりを待つ持彦の姿を見ては
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まっとうしないほど大なる罪はない。その兵の無駄は幾何いくばくか。幾万の霊に何と謝すべきか。——ましてこの蛮界に王風を布くに、一隅いちぐうの闇をも余して引揚げてはすべてを無意味にする
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下に揃えてあった草履ぞうり穿き、すたすたと庭へ下りて行って、庭の一隅いちぐうに四寸角、高さ一丈ほどの卒塔婆そとばが立って、その下に小石がうずたかく積んであるところへ来ると、腰をかがめて合掌し
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
叔母の見て来た世の中を正直にまとめるとこうなるよりほかに仕方なかった。この大きな事実の一隅いちぐうにお金さんの結婚を安全におこうとする彼女の態度は、弁護的というよりもむしろ説明的であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
種類まれなる鳥が、色彩はなやかに、その一隅いちぐうかすめているのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
舞台わきのうずら席の一隅いちぐうに、どっかと陣取りました。
三等室の一隅いちぐうに陣取りながら
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
一隅いちぐうにて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
これについて思い出すのは十余年前の夏大島おおしま三原火山みはらかざんを調べるために、あの火口原の一隅いちぐうに数日間のテント生活をした事がある。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
怪しい機械人間は、そういいながら、がっちゃん、がっちゃんと金属の太い足をひきずって、室の一隅いちぐうにあった階段を、上へと登っていった。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
酩酊めいていを通り越してるグランテールは、ミューザン珈琲コーヒー店の奥室の一隅いちぐうで、通りかかった皿洗いの女を捕えて、そんなふうにしゃべり散らした。
今日北海道の一隅いちぐうで、非常に恵まれた条件のもとに、好き勝手な研究を楽しんでいる自分の生活をふり返って見ると、その出発点は、全く寺田先生にある。
自分が根をおろしてる一隅いちぐうの土地を、愛することです! あたかも狭い所にある樹木が太陽のほうへ伸び上がってゆくように、遠い地平に得られないものを
ちょうど草の香でいっぱいな故園をおとなう心は、半蔵が教部省内の一隅いちぐうに身を置いた時の心であった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)