のこ)” の例文
これは主のおきての書、主が私共哀れな罪人にとのこされた聖約また遺言なのです。これによれば私共は永遠のよろこびへと導かれませう。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
今の日本の有様では君の思って居る様な美術的の建築をして後代にのこすなどと云うことはとても不可能な話だ、それよりも文学をやれ
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、甥の天鬼には、遺産といってもわずかでしょうが、金を与え、遠く離れている私には、中条流の印可目録をのこしてゆかれました。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この学士の記念の絵葉書が、沢山飯山の寺にのこっていたが、熱帯地方の旅の苦みを書きつけてあったのなぞはことに、私の心を引いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もう一つ、虚心坦懐きょしんたんかいなリストは、自分の先輩や友人達や、後輩の歌曲、管弦楽曲などを編曲して、幾多の珠玉的な傑作をのこしている。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その庭は、その寺にのこされた多くの仏画や山水画と共に国宝になつてゐる。他にも雪舟の作つた庭と伝へられるのが一二ヶ所ある。
故郷に帰りゆくこころ (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
亡くなられた主人ののこされた負債の方へ、毎月少しづゝ入れて行かなければならないので、少々のあれではとても追附かなかつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
万一先生、御他界の間に合わぬ時は、折角の秘伝は消滅して、残念ながら此世にはのこり申さぬ。それが如何いかにも惜しゅうて成らぬ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「よろこびと、幸福か」と彼は云った、「ふん、これを書きのこして死んだんだな、——どんな女か知らぬが、ばかなことをしたものだ」
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
仮に死んでしまふ自分は瑕瑾かきんを顧みぬとしても、父祖の名を汚し、恥を子孫にのこしてはならない。自分だけは同意が出来ないと云つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし昔はそれがあったものと見えて、「紫の一もとゆえに武蔵野の、草はみながらあわれとぞ見る」という有名な歌がのこっている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
此の大事でえじな人間の指い切るの、足い切るのと云って人を不具かたわにするような御遺言状おかきもののこしたという御先祖さまが、如何いかにも馬鹿気た訳だ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
貫一は着更きかへんとて書斎に還りぬ。宮ののこしたる筆のあとなどあらんかと思ひて、求めけれども見えず。彼の居間をも尋ねけれど在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こういう図柄は仮令たとえ簡単なものでも、祖先がのこしてくれたものでありますから、大切にされねばなりません。まして美しいのですから。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしこの骨角器こつかくきは、當時とうじにおいてはそのすうがたくさんあつたことでせうが、くさやすいために石器せつきのように今日こんにちおほのこつてをりません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それかあらぬか、同地どうち神明社内しんめいしゃないにはげん小桜神社こざくらじんじゃ通称つうしょう若宮様わかみやさま)という小社しょうしゃのこってり、今尚いまな里人りじん尊崇そんすう標的まとになってります。
それは松脂まつやにの蝋でり固めたもので、これに類似した田行燈というものを百姓家では用いた。これは今でもいちせき辺へ行くとのこっている。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
他なし、渠はおのがまなこの観察の一度達したるところには、たとい藕糸ぐうしの孔中といえども一点の懸念をだにのこしおかざるを信ずるによれり。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おまえたちのうち誰でも、この場に死んだとして、今まで描いたものを後世にのこして恥じないだけの自信があるか、どうだ。生蕃せいばんどうだ。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
からははひにあともとゞめずけぶりはそら棚引たなびゆるを、うれしやわが執着しふちやくのこらざりけるよと打眺うちながむれば、つきやもりくるのきばにかぜのおときよし。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やはり弘法大師が池の主を済度さいどしたという、かのせせらぎ長者のつま虎御前とらごぜんの話(同上四巻三三九頁)と相似たる話をのこしている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かれ教へしが如して、旦時あしたに見れば、針をつけたるは、戸の鉤穴かぎあなよりき通りて出で、ただのこれる一二は、三勾みわのみなりき。
夜具などは後でどうでもなると思ったが、少しばかりの軟かい着替えや手廻りの物を、芳太郎の目の前にのこしておくのは不安心であった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「これは、つまらないものですがおれいのしるしでございます……。」といって、おんなは、なにか袋物ふくろものにはいっているものをのこしてゆきました。
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
もうみんな、既に二本のパラソルさえ持っている人があるのに、菊枝はまだ、死んだ母がのこして行った古い蝙蝠傘こうもりがさを持っているだけであった。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それから、N氏は金沢にいる間に、色々の家にのこっている古い時代からの九谷の精密な摸写もしゃをつくって見たいといっていた。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
残燈もろくも消えて徳川氏の幕政空しく三百年の業をのこし、天皇親政の曙光漸くのぼりて、大勢にはかに一変し、事々物々其相を改めざるはなし。
是によつて国書生等は不治悔過ふぢくわいくわの一巻を作つて庁前にのこし、興世王等をそしり、国郡に其非違を分明にしたから、武蔵一国は大に不穏を呈した。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
日本人がいろんな物をのこしてつたり、わざわざ日本から送つてれたりするので日本品の小さな陳列場コレクシヨンが出来ると云つて夫婦は喜んで居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
父は始終、伯父が私たちに財産をのこして呉れることによつて失敗のつぐなひをしてくれるだらうといふ望を抱き通してゐました。
太田道灌どうかんはじめ東国の城主たちは熱心な風雅擁護者で、従って東海道の風物はかなり連歌師の文章で当時の状況がのこされていると主人は語った。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして現に日本の方言にも東北地方や沖縄の方でも出雲いずも地方でもハ行音を「ファフィフェ」など言うのは、昔の音が田舍いなかのこっているのです。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
なんら遺書と見らるべきものがのこされなかったため、諸新聞は大川の知己である文壇の諸名家の推測を、列挙して掲載したことは云うまでもない。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
洗面台に犯人ののこした腕時計が光っていて、それが折から金につまった小娘を誘惑する。ここはなかなかこの娘役者の骨の折れるところであろう。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
余は是等の事實は、モールス氏の説の如く、貝塚をのこせし人民が時としては人肉をくらひし事有りしを証するものと考ふ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
大師ののこされた業績やめぐり歩かれた旧跡は、日本全国に多いが、その中で、この高野山こそ第一番の仏道道場である。
この雄弁なる国会議員こそ、実に我が大岡越前守とひとしく、幾多裁判上の逸話をのこしたる著名の弁護士カラン(Curran)その人であった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
男女相合して一家族を成すの目的は、単に子孫をのこすというよりも、一層深遠なる精神的(道徳的)目的をもっている。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
聞くにもつらしいふもうし、まして筆もてしるさむは、いといたましきわざなれど、のちに忍ばんたよりとも、思ふ心に水茎みづぐきの、あとにくこそのこすなれ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
跡にのこるは母一人に子供五人、兄は十一歳、私はかぞえ年で三つ。くなれば大阪にも居られず、兄弟残らず母に連れられて藩地の中津に帰りました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これは先生が諸君に責任をのこした。慶應義塾という有機的団体に遺されたものであると信ずるのであります(拍手)。
それらの西洋風建築は大阪では何んといっても川口町本田あたりの昔の居留地に最も多く、現在もかなりのこっている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
恋しい人を此の世にのこして死んだ人間が、草葉の蔭からその人の将来を絶えず見守ってやるように、自分は生きながら死んだと同じ心持になるのだ。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
“ある女——斯の人は夫を持たず了ひで亡くなつたが、彼女の居ない後では焼捨てゝ呉れろと言ひ置いて、一生のことを書いた日記をのこして行つた。”
一葉の日記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
しかし、秀吉がその愛児秀頼に、この難攻不落の名城をのこしたことは、かえって亡滅の因を遺したようなものである。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今更いまさらおもつてみれば、つとむはもう十九である。九つと三つの子供こどものこされてからの十年間ねんかんは、いま自分じぶん自分じぶんなみだぐまれるほどな苦勞くらう歴史れきしかたつてゐる。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
昔のままの仕来りがそのうす暗いところにのこっていたのだ。おくれ毛もなく結いあげたその男のごま塩あたまを、手燭の光りに透かして見下していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして現今でもこの遺風は田舎にのこっていて祭礼の時にのろくもいが馬に乗るところが稀にあるようであります。
ユタの歴史的研究 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
帆村はねて園長ののこしていった上衣のボタンの特徴を手帳に書き留めて置いたことが役立って大変好運だと思った。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
長順 幼き時ゆこがれたる、ほの珍らかにいと甘き、いとあえかにもなつかしき『不可思議』の目見まみは我胸よりまつたく消えうせ、のこれるは氷の如きくうの影。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)