すそ)” の例文
笠もなく、手荷物もなく、草鞋わらじすらも穿いていない。彼女は浴衣のすそさえも引き揚げないで、麻裏の草履を穿いているらしかった。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白まっしろな胸に当るんですね、すそは裾野をかけて、うつくしく雪にさばけましょう。——
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
凄絶なえみを片頬に見せたお延は、同時に、音もせず身を退いたが、どうしたのか、次の部屋までくると、着物のすそがピンと張ってしまった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一個ひとりの壮年入り来たり炉の傍の敷居に腰かけぬ、彼は洗濯衣を着装きかざり、すそを端折り行縢むかばきを着け草鞋わらじをはきたり、彼は今両手に取れる菅笠すげがさひざの上にあげつつ、いと決然たる調子にて
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
其後そののち光輪ごこううるわしく白雲にのっ所々しょしょに見ゆる者あり。ある紳士の拝まれたるは天鵞絨ビロウドの洋服すそ長く着玉いて駄鳥だちょうの羽宝冠にあざやかなりしに、なにがし貴族の見られしは白えりめして錦の御帯おんおび金色こんじき赫奕かくえくたりしとかや。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茜木綿あかねもめんのたッつけを穿き、蝦蟇がまの形をいたしてるものを頭に冠り、すその処に萌黄木綿もえぎもめんのきれが附いて居ますから、角兵衛獅子形かくべえじしがたちで、此の者を、町内の寄合場所へ村の世話人が附いて招待しょうだい致し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と言って、かいがいしくすそをからげて、米友の後ろへ廻りました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白衣を長くすそまで垂れ足の先を隠しているが、その足には何んにも穿いていない。ひいでた額、高い鼻。形のよい口には微笑がたたえられ一見赤児あかごさえなつきそうである。彼の眼は全く不思議なものである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
看護婦はすそをひるがへして走つた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
トなだらかな、薄紫うすむらさきがけなりに、さくらかげかすみ被衣かつぎ、ふうわり背中せなかからすそおとして、鼓草たんぽゝすみれ敷満しきみちたいはまへに、美女たをやめたのである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そこに坐って、濡れたたもとすそを乾かしていると、小雨の音はしなかったが、酒匂川のすさまじい河鳴が遠く聞えてくる。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浮かれながらも寒そうに固まって歩いている人たちのすそに這いまつわって、砂のけぶりが小さい渦のようにころげてゆくのが夜目にもほの白く見えた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女はすそさばいてすっと起った。次の間へ出て、出入りの障子を明けようとすると、出合いがしらに人がはいって来た。それは次郎左衛門であった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「目のりんとした、一の字眉の、瓜実顔うりざねがおの、すそを引いたなり薄い片膝立てで黒縮緬の羽織を着ていた、芸妓島田げいこしまだの。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
露をもった草の上に、ふさふさとした黒髪と、いつぎぬすそを流した、まだうら若い姫の顔がそっと横に寝かされた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吉野太夫はその間に、音もなく席を起って、松の位のすそ楚々そそと曳き、雪の廊下を奥ふかく姿を消してしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われは悚然りつぜんとして四辺あたりを見たり。小親は急に座をちしが、きぬすそかかとにからみたるに、よろめきてハタと膝折りたる、そのまま手を伸べて小窓の戸とざしたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれもすそをかかげて岸を降りて、あやうい岩の上を覚束ない足どりで踏み越えてゆくと、岩と岩との間にはかれた落葉が一面に重なり合ってただよっていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
薄紅うすあかい影、青い隈取くまどり、水晶のような可愛い目、珊瑚さんごの玉は唇よ。揃って、すっ、はらりと、すっ、袖をば、すそをば、あいなびかし、紫に颯とさばく、薄紅うすべにひるがえす。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女かれすそを高くかかげて、足袋跣足たびはだしで歩いた。何を云うにも暗黒くらがり足下あしもとも判らぬ。つるぎなす岩に踏み懸けては滑りち、攀上よじのぼってはまろび落ちて、手をきずつけ、はぎを痛めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
続いて後の二ちょうからも、老女の水瀬と侍女こしもとが走りだして、更に、そのろうたけたあでやかさを引ッ立てる根締ねじめのように、御方のすそに添って油断なく懐剣の柄を握りしめる。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水打った格子さきへ、あの紫がすそをぼかして、すり硝子がらすあかりに、えりあしをくっきりと浮かして、ごらんなさい、それだけで、私のうちの估券こけんがグッと上りまさね。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母のうしろには、帯もすそもしどけなく、はぎ露出あらわに立ったるお葉のえんなる姿が見えたので、重太郎は山猿のような笑い声を出して、猶予なくその前にひらりと飛んで行った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「えっ、お悪いとな」宗業むねなりは、走りこんだ。吉光の前も、すそをすべらせて、良人の病間へかくれたが、やがてすぐ、宗業が沈痛な眉をして、そこから出てきた。そして早口に
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅入ゆうぜんのすそも蹴開くばかり、包ましい腰の色気も投棄てに……風はその背後うしろからあおっている……吹靡ふきなびく袖で抱込むように、前途ゆくてから飛着いたさまなる女性にょしょうがあった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は白いはぎにからみつく長いすそを引き揚げながら、同じ庭口から二人のあとを追って行った。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぎょッとして振り顧ったが、蚊帳の中の侍は依然たる様子。だのに、引いても、もがいても、すそは何物かに食い止められて、お延の体は、それより一寸も退き出来なかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着物は縞目も判らないように汚れている筒袖のようなものを着て、腰にはやはり藤蔓のようなものを巻いていましたが、すそが短いので腰から下はむき出しになっていました。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小児こども同士が喧嘩して及ばぬ敵の迫る時も、腕白な悪戯いたずら薪雑木まきざっぽで追わるる時も、石垣が逃げ場所で、ぴたりとひそんですがるとそのまま、衣服きものすそのそよそよと、潮に近き唐撫子からなでしこ
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すそを高くからげあげて、草鞋わらじをはき、竹の子笠を被り、短い小脇差を差しているのである。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初冬の長霖ながじけがようやく晴れたので、どこの井戸端でもおかみさん達が洗濯物に忙がしかった。どこの物干にも白い袖や紅いすそのかげが、青い冬空の下にひらひらと揺れていた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お恥かしい、人間の小さな心には、ここに、見ますれば私がすそきます床も、琅玕ろうかんの一枚石。こうした御殿のある事は、夢にも知らないのでございますもの、なさけのう存じます。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その顔へ、ざっと、水の入っている水柄杓みずびしゃくを投げつけた者がある、お通だった、風の中の鳥のように、途端に、袂もすそひるがえして、茶屋前の坂道を、真っ逆さまに、逃げ走って行く——
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例えば大入道のような怪物が黒い衣服きものすそを長くいて、太い片腕を長く突き出したような形で、しずかに北の空から歩んで来た。重太郎は眼も放さずに怪物のちかづくのを仰ぎた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
直ぐ眼の下は裏庭にてこの時深きくさむらたたずめる人ありければ、(これ泰助なり)浴衣のすそを引裂きて、小指の血にて文字したため、かかる用にもたたむかとて道にて拾いしこいしに包み
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつぎぬすそをたかくひもでくくり上げて、白い素足をあらわにしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着物の方でもこれに驚かされたらしく、紅いすそをひいて飛ぶように走り出したと思ううちに、質屋の高い土蔵のかげに消えてしまった。印判屋のおかみさんは蒼くなってふるえた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帯も扱帯しごきもずり落ちて、まつわったすそも糸のようにからんだばかり。腹部を長くふっくりと、襟のすべった、柔かい両の肩、その白さ滑かさというものは、古ぼけた紙に、ふわりと浮く。……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、烈しく叱って、そして曹丕のすそを持った手は離さずに
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庄内しょうない小芥子こけし人形は遠い土地だけに余り世間に知られていないようですが、木製の至極粗末な人形で、赤ん坊のおしゃぶりのようなものですが、そのすその方を持って肩をたたくと
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一肩上に立った、その肩もすそも、しなやかな三十ばかりの女房が、白い手を差向けた。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すぐ配膳となって、新柳の美妓びぎが扇なりに楚々そそすそを曳く。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山の頂上は俗に見晴らし富士と呼んで、富士を望むのによろしいと聞いたので、細い山路をたどってゆくと、すそにまつわる萩やすすきがおどろに乱れて、露の多いのに堪えられなかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ついて上ったのは、お冬さんなんですが、どうでしょう。庭下駄でさばつまなまめかしさが、一段、一段、肩にも、腰にも、すそにも添って、上り切ると、一本松が見えたから不思議なんです。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又八は、そのすそへ、腕をのばした。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王のそばには紅の錦のすそを長く曳いて、竜宮の乙姫おとひめさまかと思われる美しい女が女王のような驕慢な態度でおなじく珠の榻に倚りかかっていた。千枝松は伸び上がってまたおどろいた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
面喰めんくらったあわただしい中にも、忽然として、いつぞのむかし吉原の横町の、ずるずる引摺ひきずった青いすそと、あか扱帯しごきと、脂臭やにくさい吸いつけ煙草を憶起おもいおこすと、憶起す要はないのに、独りで恥しくなって
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
以前の娘三人は手拭をかぶり、すそを端折りて、料理茶屋の軒下に立つ。小坊主安念は法衣ころも、朴齒の下駄。眼鬘賣めかづらうり六助はかづらを掛けたる棒を持ち、いづれも欅の木の下に雨宿りをしてゐる。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
いきなり手をいて連れ込んだ、そのひき方がそそっかし屋で荒いので、私と顔を会わせた時は、よろけ加減で、お絹の顔が、ほんのりとなって、その長襦袢のしなやかなすそをこぼれた姿は
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父爺おやじの総六が吩咐いいつけのまま、手織縞の筒袖に、その雪のような西洋前垂、せなへ十字に綾取あやどって、小さく結んだ菊模様の友染唐縮緬ゆうぜんとうちりめんの帯お太鼓に、腰へさばいた緑の下げ髪、すそ短こうふッくりと
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)