おのず)” の例文
また上士のはいは昔日の門閥を本位に定めて今日の同権を事変と視做みなし、おのずからまた下士にむかって貸すところあるごとく思うものなれば
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
髪も髯も真っ白なのに、面は桃花のごとく、飛雲鶴翔ひうんかくしょうの衣をまとい、手にはあかざの杖をもって、飄々ひょうひょうと歩むところおのずから微風が流れる。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
に、それやもんの、あだ果報な、牡めは、宿業として、それだけお冬に思われておった、おのずから夫の病人にその気が通ずる、に、に。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを廻わって異形いぎょうの者ども踊っておりましたれば、息を殺して眺めおりますると、楠の木の幹おのずと割れ立ち出でましたるが鬼王丸。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼らはおのずから協団の生活を結ぶ。それは共通の目的を支持する相互補助の生活である。正しき工藝は、かかる社会の産物であった。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
けれども学者オイッケンの頭の中でまとめ上げた精神生活が、現に事実となって世の中に存在し得るや否やに至ってはおのずから別問題である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
事物先後の経綸を定め、解剖学者が刀痕の触るる所、人体おのずから解剖せらるるが如きに至りては、これ佐久間の勝場といわざるべからず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それで自分の生涯を顧みてみますれば、まだ外国語学校に通学しておりまする時分じぶんにこの詩を読みまして、私もおのずから同感にえなかった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
されども彼の聴水は、金眸が股肱ここうの臣なれば、かれを責めなばおのずから、金眸がほらの様子も知れなんに、暫くわがさんやうを見よ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
日々にちにち平常の生活難に追はれて絶えず現実の感情より脱離する事なきも、しかもまたそのうちおのずから日本人生来の風流心を発露せしむる事なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なぜならば詩は文学であり、言語を用いる表現である故に、おのずから音楽と異なる独自のものが、別に特色さるべき筈である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
羽振のい渡邊織江の引力でございますから、おのずから人の用いも宜しゅうございますが、新参のことで、谷中のお下屋敷詰しもやしきづめを申付けられました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
光君の足はおのずと動く。耳をすまして体は少し前かがみ、足をつまさき立ててかるくはかどる。一足——一足、一足毎に近づく音はますますさえる。
錦木 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかし、あの少年しょうねん労働者ろうどうしゃわらわれるかとおもうと、おのずから自分じぶん意気地いくじなしをじて勇気ゆうきしておもいとどまりました。
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
よしや殺傷沙汰が頻発致そうと、町民共の懐中が豊ならばおのずと活気がみなぎる筈じゃ。屋台店はそれら町民共のうちでも一番下積の者共の集るところじゃ。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
他人を利するという目的を立て誠実な方法によってこれを実行して行けば、おのずから自分も利益を得られて、その国民が和合して国が円満に治まるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
其他細い点については、一々反証を上げたり、説明を下したりする煩を避けよう。それは、以上の陳述によっておのずから読者諸君が悟られるであろうから。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
地方の大豪族である処から京の公卿くげ衆が来往することが屡々しばしばであったらしく、義元の風体もおのずからみやびやかに、髪は総髪に、歯は鉄漿かねで染めると云う有様であった。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところが、事実は塗込められた男なぞないんですから、その考えは、おのずから間違ったものになって来ます。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
母から反対あべこべに怒鳴つけられたら、どうしようなど思うと、母の剣幕が目先に浮んで来て、足はおのず立縮たちすくむ。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
当時とうじ外国人にもおのずから種々の説をとなえたるものなきにあらずというその次第しだいは、たとえば幕府にて始めに使節しせつを米国につかわしたるとき、彼の軍艦咸臨丸かんりんまる便乗ぴんじょうしたるが
十七字・季題ということは、おのずから俳句を駆って花鳥諷詠ということに針路を取らしめている。花鳥諷詠をあきたらずとしながら、やむをえず花鳥諷詠の方向に進んでおる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
東岸一帯は小高いおかをなしておのずから海風かいふうをよけ、幾多の人家は水のはたから上段かけて其かげむらがり、幾多の舟船は其蔭に息うて居る。余等は弁天社から燈台の方に上った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その騒々しさは又おのずから牽手ひきての心を興奮させる。自分は二頭の牝牛めうしを引いて門を出た。腹部まで水にひたされて引出された乳牛は、どうされると思うのか、右往左往と狂い廻る。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
若し生田氏がさう云ふ態度ではじめから無視してかゝられたのならそれは又問題はおのずから別になるわけである。さうして私は最早生田氏のその態度について云ふべき何物も持たない。
貞操に就いての雑感 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
これぞ我大日本国の開闢かいびゃく以来いらい、自国人の手を以て自国の軍艦ぐんかん運転うんてんし遠く外国にわたりたる濫觴らんしょうにして、この一挙いっきょ以て我国の名声めいせいを海外諸国に鳴らし、おのずから九鼎きゅうてい大呂たいりょおもきを成したるは
で、牙は牙、木は木とその部によって部を作る時が来ることでありましょうが、その時にはおのずから部長というものが必要だろうと思います。会名は牙を表わし、また木を表わす必要はない。
これは海の中におのずから水の流れるすじがありますから、その筋をたよって舟をしおなりにちゃんとめまして、お客は将監しょうげん——つまり舟のかしらの方からの第一の——に向うを向いてしゃんと坐って
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三人を目前に説破せっぱした忠一は、おのずから得意の肩をそびやかすようになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見る場合があればおのずから気の進む人と進まない人が出来ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
足はおのずと駿河台に向う。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
吾々の生前果して能くこの責任を尽しおわりて、第二世の長老を見るべきやいなや。之を思えば今日進歩の快楽中、亦おのずから無限の苦痛あり。
縞柄しまがらのとり方にもおのずから道がありますが、共に平織ひらおり綾織あやおりも見られます。分厚い綾織でその名を成したのは「八反はったん」であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
椅子に倚る人の顔は、この言葉と共に、おのずからまた画像の方に向った。向ったなりしばらくは動かない。活きた眼は上から見下みおろしている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、うまさと切なさと恥かしさに、堅くなった胸は、おのずからどぶの上へのめって、折れて、煎餅は口よりもかえって胃の中でボリボリとれた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しこうしてさらに外患の眉端びたんに迫るを見たり。この内おのずから潰解せんとする社会をひきい、如何にして、猛然としてきたり迫る外患に応ずるを得んや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
味方は火薬を持っているだけに危険の程度が大きいのであった。火焔が天幕を焼くようになったらおのずと火薬は爆発しよう。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
初めは、峻厳しゅんげんだったが、語尾には、やさしい感謝をこめて諭すのだった。土民たちはおのずから首を垂れ、そして、棒切れや竹槍を捨ててしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一 つらつら四季を通じてわが国草木そうもくの花を見るに、西洋種せいようだねの花に引比ひきくらぶれば、ここにおのずから特殊の色調あるを知る。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
やっと手を突いて挨拶をする物の云いよう裾捌すそさばき、この娘を飯炊きにと云ってもおのずから頭がさがる。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もとより詩の原理するところは、東西古今を通じて一であり、時と場所による異別を考え得ないが、その特色について観察すれば、彼我ひがおのずから異ったものがなければならぬ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
姫は湯の中ながら、ゾッと鳥肌立つ思いで、おびえた目はおのずから庭に開いた窓に注がれる。その曇りガラスのドアの外に、ソッと忍びよる人の足音さえ聞える様な気がするのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はじっと空を見ているとおのずからまぶたが閉じて、心の曇りを感じた。ただ何の気なしに西の空を見る。山又山に山は迫って重っている。日はその又山と西の奈落ならくの底に沈むのであろう。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
霧の立ちこめた中に只一人立って、足元にのびて居る自分の影を見つめ耳敏く木の葉に霧のふれる響と落葉する声を聞いて居るとおのずと心が澄んで或る無限ママのさかえに引き入れられる。
秋霧 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しばらくして東の空金色こんじきに染まり、かの星の光おのずから消えて、地平線の上に現われし連山の影まゆずみのごとく峰々に戴く雪の色は夢よりも淡し、詩人が心は恍惚こうこつの境にけ、その目には涙あふれぬ。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けだし当時南北戦争ようやみ、その戦争せんそうに従事したる壮年そうねん血気けっきはい無聊ぶりょうに苦しみたる折柄おりからなれば、米人にはおのずからこのしゅはいおおかりしといえども、あるいはその他の外国人にも同様どうようの者ありしならん。
そういうさびしい山のあいを通って参りましたが、人は一日二日交わって居る間は誰も慎んで居りますからその性質等も分らんけれども、長く伴うに従っておのずからその人の性質も現われて来るもので
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
器物は日々共に暮す性質をもつ故、おのずから親しさの美が要求される。したがってそこは「潤い」とか「趣き」とかの世界である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
手のひらをぽんとたたけば、おのずから降る幾億の富の、ちりの塵の末をめさして、生かして置くのが学者である、文士である、さては教師である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その中に私が飛込とびこんで共に活溌に乱暴を働いた、けれども又おのずからほかの者と少々違って居ると云うこともお話しなければならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)