立退たちの)” の例文
その立退たちのき先をたずねて、それから三田の魚籃ぎょらんの知り人の立退き先をも見舞って、帰り路に半七はゆうべの勘蔵のことを云い出した。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これならば立退たちのくであろう、と思うと、ああ、らちあかぬ。客僧、御身が仮に落入るのを見る、と涙を流して、共に死のうと決心した。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孫立もあとから馬で十里はいへ追っ着いた。店の前には貨財を積んだ馬、車、旅支度をした若い者。すでに立退たちのく準備が待ちかねている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると御免とも云はずに表の格子戸をそうつと開けて、例の立退たちのき請求の三百が、玄關の開いてた障子の間から、ぬうつと顏を突出した。
子をつれて (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
自分はこの手紙を出しっきりにして大阪を立退たちのきたかった。岡田も母の返事の来るまで自分にいて貰う必要もなかろうと云った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枕山の妻は七月盂蘭盆うらぼんのころからまくらに伏していた。枕山は老母と病妻とをたすけて五十日ほど某所に立退たちのき、やがて三枚橋の旧居に還った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まだ/\残り居ります訳で、御安心下すって何卒どうかあなた様の御盃おさかずきを頂戴致して、けがれたる臓腑を洗い清めましてすみやかに立退たちのきまする心底で
この女の、暮らし向きの秘密などを知っているものがなかった。或る夜、ふとこの女は何処どこへかこの家から立退たちのいてしまった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
十数日事なく過ごしたのち、明日はいよいよここを立退たちのいて、指定された進路を東南へ向かって取ろうと決したその晩である。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一同を寝室の外に立退たちのかしめ、破れたドアを締めて、現場げんじょうを乱さぬ注意をした上、深夜ながら、警視庁に電話をかけて、事の次第を急報した。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
金魚屋きんぎょやは、その住宅じゅうたく土地とちとを抵当ていとうにして老人ろうじんられて、さいさい立退たちのきをせまられている。怨恨えんこんがあるはずだと、当局とうきょくにらんだのであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
私はこの船を立退たちのくところだ。で、お前に船長について来いと命令する。お前が心底しんそこは善人だということは私は知っている。
多くの市民は乗るものもなく、皆徒歩で立退たちのいたという話をした。それらの人達が夜の街路まちに続いて、明方まで絶えなかったという話をした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは彼が神田の出版屋の一室を立退たちのくことになっていて、行先がまだ決まらず、一切が宙に迷っている頃のことだった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
もし支払い能力がなければ立退たちのきを要求する、但し立退き費として一人宛一万円程度を支払う、以上のようなことです。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
アデェルと私は、その時書齋を立退たちのかなければならなかつた。そこは訪問者の爲めの應接間に毎日使はれてゐたから。
しかし鳥の故郷というものは、相応な広い区域であるらしい上に、少し物騒なら中途からでも立退たちのいてしまうのだ。
「よろしい、暇をくれと申すなら暇をやる。戦場のほかには遊んでいるのが当然だという武道は、当方にも無用だ、ただちにいずこへなり立退たちのくがよい」
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ロダン翁だけは多年此処ここで製作し慣れて気に合つた家であり、又何かと老芸術家の心に思ひ出も深い家であるから立退たちのく事をがへんぜずに今日けふまで住んで居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
江戸の大城たいじょう炎上のとき幼君を守護して紅葉山もみじやま立退たちのき、周囲に枯草の繁りたるを見て非常の最中不用心ぶようじんなりとて、みずから腰の一刀をぬいてその草を切払きりはら
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
立退たちのき江戸へ來り本郷に少しの知己しるべある故是に落附候所天命てんめいにて召捕られし段申立しかば則ち石帶刀たてわきより爪印を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
不自由なく育った錦子には、住居すまいを売って立退たちのくということは、没落ということを、眼で見ることだと思った。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「若君様には、とにもかくにも、裏門外の川岸にお立退たちのきを願います。此処ここにはこの朝倉忠左衛門最後まで踏みとどまって、火の手と闘いますでございましょう」
この歌を私はかつて、女と言い争うか何かして、あらあらしく騒いで女の家を立退たちのおもむきに解したことがある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
私は、自分の最初の幼時を過ごした、一本の無花果いちじくの木のあった、昔の家を、洪水のために立退たちのいてしまってから、その後、ついぞ一ぺんも行って見たことがなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
因果いんぐわふくめしなさけことばさても六三ろくさ露顯ろけんあかつきは、くびさしべて合掌がつしやう覺悟かくごなりしを、ものやはらかにかも御主君ごしゆくんが、げるぞ六三ろくさやしき立退たちのいてれ、れもあくまで可愛かあゆ其方そち
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「それはどうも、なにしろ、一町内全部立退たちのいてしまったんですからな……そうですね……盛り場の裏街へでも行ったら、ここに居た者の一人や二人にはえたかも知れませんな」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
新築後は以前から長くいたおだいという乳母うばもいなくなった。二人までいた同居の人たちも立退たちのいた。別れた母の代りには姉と叔母とが立働いている。これも家庭の改革であった。
巡査達の顔を素早くツラリと見渡したまま固くなっていたが、やがて覚悟をきめたらしく、軽いため息を一つ鼻から洩らすと、縄をく邪魔にならないように、すこし横に立退たちのいた。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『どうも始末にいかねエんですよ、毎日々々追立を喰はしてるんですけど、どうしても動かねエんでね、……然し今度は立退たちのくでせうよ、斯うして旦那がたをお連れ申したんだから。』
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
そのとき子供達はもう井戸の柵のところまで立退たちの凱歌がいかを挙げてゐる。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
地震ぢしん當初とうしよから屋外おくがいにゐたものも、周圍しゆうい状況じようきようによつてはかならずしも安全あんぜんであるとはいはれない。また容易ようい屋内おくないからすことが出來できても、立退たちのさきほうかへつて屋内おくないよりも危險きけんであるかもれない。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ようやくに人々が立退たちのいたとのことである。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
つけて、の城を立退たちのくんだ
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
例の黒船一件で、今にも江戸でいくさが始まるように騒いだ時にも、江戸の町家で年寄りや女子供を川越へ立退たちのかせたのが随分ありました。
夢かとばかり、旅僧の手から、坊やを抱取った清葉は、一度、継母とともに立退たちのいて出直したので、凜々りりしく腰帯で端折はしょっていた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と仕方なく/\祖五郎はわが小屋へ立帰って、急に諸道具を売払い、奉公人にいとまを出して、弥々いよ/\此処こゝ立退たちのかんければなりません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かくて味方とも散々ちりぢりにわかれて後、義経の足跡そくせきは、四天王寺までは見た者もあるが、そこを立退たちのいた先は、まったく踪跡そうせきくらましてしまった。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔子のねばり強さもついに諦めねばならなくなった時、子路はほっとした。そうして、師に従ってよろこんで魯の国を立退たちのいた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
東京へいた翌日あくるひ、三年振りで邂逅した二人ふたりは、其時そのときすでに、二人ふたりともに何時いつたがひそば立退たちのいてゐたことを発見した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「さっき大川がやって来て、そう云ったのですよ、三日以内に立退たちのかねばすぐにこの家とりこわされてしまいます」
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
『あんたがたは何人で立退たちのくんですかい?』と己が言ったんだ。すると、『四人だ。』ってあの人は言うのさ。
巴里を立退たちのこうとしてその停車場に群がり集る独逸人もしくは墺地利オーストリア人はいずれも旅装束で、構内の敷石の上へ直接じかに足を投出し汽車の出るのを待っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中万字なかまんじという妓楼が吹き倒され、遊女が八人も怪我けがをしたので、遊廓の未完成のまま立退たちのきを命じられた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
追拂ふが如くに悦び片時も早く立退たちのかせんと内々ない/\さゝやきけるとなり斯て天一坊の方にてはまづ京都きやうとの御旅館の見立役みたてやくとして赤川大膳は五六日先へ立て上京し京中きやうちう明家あきや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
このオテル・ド・※ロンの古い歴史的建築物を保存する為に、政府はこの春議会の協賛を経てこれを買取つて仕舞しまひ、同時にこの層楼に借宅しやくたくして居た人人をすべ立退たちのかせたが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ことによると其処そこ立退たちのいているかも知れないと思って、父方の親類のある郊外のY村をして、避難者の群れにまじりながら、私はいつか裸足はだしになって、歩いて行った。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
げて還ろうにも少しもすきがない。そういううちにもここへくるかも知れぬ。どんなことをするか分らぬというのでろくに話も聞かずに早々に立退たちのいてしまったということである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
朋輩万田某を斬って立退たちのいたこの山浦丈太郎を斬るには斬るだけの理由があったが、左様なことは孝子の志を妨げる口実にはなるまい、万田某の子龍之助、当年十八歳に相成るのが
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
勘当になってここを立退たちのくとき、博奕場であばれて三人にけがをさせ、中の一人は片輪になったということです、勘当したあとのことですから、べつにお咎めの沙汰さたはありませんでしたけれど
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)