かまど)” の例文
毎晩のようにかまどの前に藁把わらたばを敷いて自分を暖まらしてくれた、お松が居ないので、自分は始めてお松はどうしたのだろうかと思った。
守の家 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ほとんど腐朽に瀕した肉体を抱えてあれだけの戦闘と事業を遂行した巨人のヴァイタルフォースのかまどからほとばしる火花の一片二片として
子規の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
誰も居ないお勝手、かまどで書いたものを燒いて居ると、いきなり、後ろへ錢形平次が立つて居たのです。二人の顏は近々と逢ひました。
主人の貪欲不人情、かまどの下の灰までも乃公だいこうの物なりと絶叫して傍若無人ならんには、如何に従順なる婦人も思案に余ることある可し。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
同じかまどの御飯をたべて、時にはたつた二人ぎりで三日も四日も留守番をさせられた仲であるのに、あんまり無愛想過ぎるではないか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてあたり一帯を焼野原としてしまって、その上、人間や動物を丸呑みにしておいて、それから腹の中のかまどで料理をするのでした。
石のかまどに備えつけのなべで持って来たほしいいをもどし、干味噌をまぜた雑炊を作ってべた。そしてひと休みするとすぐにまた出発した。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うすもころがしてました。おもちにするおこめ裏口うらぐちかまどしましたから、そこへも手傳てつだひのおばあさんがたのしいきました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
帽子に着いている血のしみと、急拵えの石のかまどと、そのわきに落ちていたセリ・インデヤ人の毒矢とを見れば、ジョン少年の運命は知れる。
「茶を火にかける」建物は百尺に百五十尺、長く低いかまどの列(竈というよりも大きな釜が煉瓦に取りかこまれ下に火を入れる口がある)
右馬うまかみ菟原うばら薄男すすきおはとある町うらの人の住まない廃家の、はや虫のすだいている冷たいかまどのうしろにこごまって、かくれて坐っていた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
次の日は早朝から家を出て、また引っ返してかきの外から窺っていると、一人の少女が甕の中から出て、かまどの下に火を焚きはじめた。
淡路街道と丁字ていじ形になる追分から北へ走って、林崎はやしざきのひろい塩田の闇に、潮焼しおやき小屋のかまどのけむりが並木越しに白く眺められた頃である。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あはれ聞きも及ばぬ奇怪の讓位かなとおもはぬ人ぞなかりける。一秋毎ひとあきごとに細りゆく民のかまどに立つ烟、それさへ恨みと共に高くはのぼらず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
わしはかまどに火をたきてゐたりしゆゑすぐにゆかの下へにげ入り、ばゞさまと母さまとおとがなくこゑをきゝて念仏ねんぶつ申てゐたりといふ。
おつぎは浴衣ゆかたをとつて襦袢じゆばんひとつにつて、ざるみづつていた糯米もちごめかまどはじめた。勘次かんじはだかうすきねあらうて檐端のきばゑた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その他かまどの神を祭る荒神棚こうじんだなに、木製の陽物を供える習慣の地方の多かったのも、これを道祖神の信仰と混同した結果であろうと思われる。
其中に這入るとむしろが敷いてあって、其奥に一人の人が居て手桶に汲んだ水が置いてある他に、かまどや、鍋や釜などが置いてあった。
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
餘程よほど大火おほびかなければ、馬籠まごめにてたるごとあとのこすものでない。かまどとか、とか、それくらゐため出來できたのではおそらくあるまい。
その大なるかまどのまわりに席を有しない人々も——野心家、利己主義者、空疎な遊蕩ゆうとう児なども——その色せた反映に身を暖めようとする。
あぜも畑もあったものじゃありません、廂下ひさししたから土間のかまどまわりまで、鰯を詰込んで、どうかすると、この石柵の上まで敷詰める。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この家の古い建築の仕方から見れば、いま食卓の据えてある土間の奥にかまどきずかれていて、朝夕に赤い火が燃えていたものと推測される。
かまどには火燃えて、鍋の裡なる食は煮え上りたり。長き卓あり。市人も田舍人も、それに倚りて、酒飮み、醃藏しほづけにせる豚を食へり。
東側のたき口は西洋かまど風に煉瓦を積んで造ってあったし、北側の隅には現在の尼僧が常用するコンクリート造りの長州風呂が設けてあった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
通りの酒屋は貧乏徳利を下げて来る。小僧はかまどの下と据風呂すえぶろの釜とに火を燃しつける。活気はめずらしくがらんとした台所に満ちわたった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そのうちに、臭いを気にする連中が、あとからあとへと起きてきて、てんでにひさしを見上げたり、炊きつけたばかりのかまどの下を気にしたりした。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
古風なかまどに茶釜を懸けて湯を沸かしていたお婆さんは、一時に押寄せた大勢の客に、転手古舞てんてこまいを演じていたのも無理はない。
隣の者が驚いてその家へ往って見ると、かまどの中で種種いろいろ書類かきつけや道具でも焼いたのか、その中に箱の燃えさしや紙の燃えさしが散らばっていた。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして、かの執事は伯爵家とはまったく無関係の魔法使いで、あの廃宅のうちに何か魔法のかまどを作っているのではないかとも思われてきた。
心の水はえ立ッた。それ朝餉あさがれいかまどを跡に見て跡を追いに出る庖廚くりや炊婢みずしめ。サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑のしもべ。家の中は大騒動。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
だから羊皮紙に湯をかけて丁寧に洗い、それからすずなべのなかへ頭蓋骨の絵を下に向けて入れ、その鍋を炭火のかまどにかけた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
野営地の跡が、二カ所あった、石を畳み上げて、かまどが拵えてあるので、それと知れたのだ、偃松のたきぎが、半分焦げて、二、三本転がっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
これに供養くようをしてよろこばせて返す必要があったとともに、家々の常の火・常のかまどを用いて、その食物をこしらえたくなかった。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
他方には、同じかまどの中のすべての魂の清浄なる焔。彼方には暗黒、此方には影。しかも明るみに満ちた影であり、光輝に満ちた明るみである。
猫はその音の高まる度に、琥珀こはく色の眼をまんまるにした。かまどさへわからない台所にも、この時だけは無気味な燐光が見えた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これもからからと音を立てるほど凍り果てた仕事着を一枚一枚脱いで、かまどのあたりに掛けつらねて、ふだん着に着かえる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「わたしが自分でります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこはがんのように出張でばっていて、その中にかまど鍋釜なべかまが置いてあった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
内部は半分は土間で、つくりつけのかまどが二つ並んでおり、その隅にやはり竈の上にのっけて固めた工合の風呂釜がある。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
お仙は外に背中を向けて豆をいている。野袴をつけた若者が二人、畠の道具を門口へ転がしたまま、黒燻くろくすぶりのかまどの前にしゃがんで煙草をんでいる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
茶は川水をんで来て石のかまど薬鑵やかん掛けて沸かすので、食ひ尽した重箱などはやはりその川水できれいに洗ふてしまふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
太い古い土台木をまたいで這入ると、広い薄暗い台所の正面に、ぴかぴか、塗りの光る腰の高いかまどが三つ程も火附口を並べていかめしく据えられてある。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
(四八)せいぐんをしてり十まんかまどつくらしめ、明日みやうにちは五まんかまどつくらしめ、また明日みやうにちは三まんかまどつくらしむ。
白い腰障子、灰いろのかまど、うず高くつまれた土細工のとりどりに、すぐその裏をながれる隅田川のしずかな水の光が、あかるくさむざむと匍上った。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
土焼どやきかまど七厘しちりん炮烙ほうろく、または厨子ずしなどにもしっかりした形のものを作ります。仙台の人たちはこの窯の雑器をもっと重く見るべきでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
女児の心得をよくするマジナイに、いぬの肝を取って土にまぜ、かまどを塗るときは必ず孝順のものになるというのもある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
おほくにぬしが、白兎をいたはつた様に、此ミカドにも、民のかまどの「仁徳」がある。此帝の事蹟では、儒者の理想に合する部分だけが、強調して現されてゐる。
万葉びとの生活 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
忠太郎 (垣の内へ入り、かまどたてに往来から見えぬように位置し)ゆうべここの門口まで一緒に来た忠太郎という男の事を、にいさんは話さなかったか。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
だが、もし知り得ることの出来るものがあったとすれば、それは饅頭屋のかまどの中で、漸くふくれ始めた饅頭であった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
その隣りでは真っ裸になったパン焼きの奴隷が、頭から足の先まで白い粉を被って、火気の為めに瞼を赤く火照らしながら、パンをかまどの中へ入れている。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「わしの鉱山には坑道もなにもないが、それでもかまどくらいの熔鉱炉もある……それで結構二人や三人が食べるのに不自由はない……月に何度か、ほら」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)