たのしみ)” の例文
旧字:
樵夫きこりは樵夫と相交って相語る。漁夫は漁夫と相交って相語る。予は読書癖があるので、文を好む友を獲て共に語るのをたのしみにして居た。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つまをおさいといひ、俳名を翠仙すゐせんといふ、夫婦ともに俳諧をよく文雅ぶんがこのめり。此柏筵はくえんが日記のやうに書残かきのこしたるおいたのしみといふ随筆ずゐひつあり。
お前の外には何のたのしみも無いほどにお前の事を思つてゐた。それ程までに思つてゐる貫一を、宮さん、お前はどうしても棄てる気かい。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その後幾年月かは至極楽しそうだ、真に楽しそうだ、恐らくたのしみという字の全意義はかかる女子にょしの境遇において尽されているだろう。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
婦人の婚姻に因りてる処のものはおほむね斯の如し。しかうして男子もまた、先人いはく、「妻なければたのしみ少く、妻ある身にはかなしみ多し」
愛と婚姻 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
昨日まではとかく家をそとなる楽しみのみ追ひ究めんとしける放蕩のここに漸く家居かきょたのしみを知り父なきのちの家を守る身となりしこそうれしけれ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
且つ病者のきたるを喜んで診療するを勤め、尚好む処のうたいと鼓とを以てたのしみとせり。二月、亡妻の白骨を納むるの装飾ある外囲の箱を片山氏は作る。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
たけのこの出さかりで、孟宗藪もうそうやぶを有つ家は、朝々早起きがたのしみだ。肥料もかゝるが、一反八十円から百円にもなるので、雑木山は追々おいおい孟宗藪に化けて行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「驚くうちはたのしみがあるもんだ。女は楽が多くて仕合せだね」と甲野さんは長い体躯からだ真直ますぐに立てたまま藤尾を見下みおろした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と評したというほどだから、随分退屈な旅だったろうが、それでもまだしも仕合せな事には少しばかり漢詩を作るので、それを唯一の旅中のたのしみにして
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
家にも二人まで下男がゐたし、隣近所の助勢すけても多いのだから、父は普通あたりまへなら囲炉裏の横座に坐つてゐて可いのだけれど、「俺は稼ぐのが何よりのたのしみだ。」
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「何の、わしは寝たよりもめてる方がたのしみだ——此の綿をつむい仕舞しまはんぢや寝ないのが、私の規定きめだ、是れもお前のあはせを織るつもりなので——さア、早くおやすみ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
目読もくどくの興を以て耳聞のたのしみに換ゆ、然り而して親しく談話を聞くと坐ら筆記を読むと、おのずから写真を見ると実物に対するの違い有ればやゝ隔靴掻痒かっかそうようかん無きにあらず
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
己は何日いつもはっきり意識してもいず、また丸で無意識でもいず、浅いたのしみ小さいなげきに日を送って、己の生涯は丁度半分はまだ分らず、半分はもう分らなくなって
彼はうづくまつて、小さい隊商を凝視した。さうして暫くの間、彼は彼等から子供らしいたのしみを得させられた。
... そうなってたのしみに研究をしなければなかなか食物改良の事が行われんよ。とにかく第一の発会を広海子爵の邸内で開いて食道楽会の模範を天下に示したいと思う」小山
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
如意かへつて不如意。不如意却つて如意。悲しむも何かせむ。歓ぶも何かせむ。「無心」をやとひ来つて、悲みをも、歓びをも、同じ意界に放ちやりてこそ、まことのたのしみきたるなれ。
山庵雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
なにもああしてお国で一人暮しの不自由な思いをしてお出でなさりたくもあるまいけれども、それもこれもみんなお前さんの立身するばッかりをたのしみにして辛抱してお出でなさるんだヨ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
二人ともたのしみを味ふやうな心持でわざとそんなことを云ひ合つたりしたのでした。
(新字旧仮名) / 牧野信一(著)
(莨を捨て、両手を差伸べ、あたたかに。)本当にわたくしは、このお部屋を拝見いたすのを、昨晩からたのしみに致して参りましたのでございますよ。あなたのお身のまわりにあるこんなものを残らず。
散歩のたのしみ、旅行の楽、能楽演劇を見る楽、寄席に行く楽、見せ物興行物を見る楽、展覧会を見る楽、花見月見雪見等に行く楽、細君を携へて湯治とうじに行く楽、紅燈こうとう緑酒りょくしゅ美人の膝を枕にする楽
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
すなはち自然の秘をさぐる刻下のたのしみは、わがつかれとうゑとを忘れしめたるなり。ややあれば、瑠璃の艶あざやかなる朝顔の籬の下を走りくる童あり、呼びとどめ、所の名を問へば久保と答ふ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
隣のかみさんに水を汲んでやるはまだしも「音羽屋に似て居る」と云はれて「頭のはげた所とあごの長い所だけ似て居ませう」と云ひ、これから寝るとききて「それぢやあ今晩はおたのしみだね」と云ひ
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
わたくしはきんのお盥の耳を持っていて、おたのしみなかばに10895
われたのしみを吹くときは
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
つまをおさいといひ、俳名を翠仙すゐせんといふ、夫婦ともに俳諧をよく文雅ぶんがこのめり。此柏筵はくえんが日記のやうに書残かきのこしたるおいたのしみといふ随筆ずゐひつあり。
既にその顔を見了みをはれば、何ばかりのたのしみのあらぬ家庭は、彼をして火無き煖炉ストオブかたはらをらしむるなり。彼の凍えてでざること無し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
義兄にいさんのうたほんをおみなさるのと、うつくしい友染いうぜん掛物かけもののやうに取換とりかへて、衣桁いかうけて、ながら御覧ごらんなさるのがなによりたのしみなんですつて。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
殊に傭人等やといにんらは日々馬鈴薯と豆類のみを多く喰するをたのしみとするのみなるを以て、折には異る喰物しょくもつを大に楽とするのみなり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
「驚ろくうちはたのしみがある。女は仕合せなものだ」と再び人込ひとごみへ出た時、何を思ったか甲野さんはまた前言を繰り返した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの二階でも此の二階でも三絃しやみ、太鼓の花々しい響か、それとも爪弾とやら、乙に気取つたたのしみの音が洩れるのです。
夜の赤坂 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
それ外より入る者は、うちしゅたる無し、門より入る者は家珍かちんにあらず。さかずきを挙げてたのしみとなす、何ぞれ至楽ならん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
湯でも水でもぶっかけてざぶ/\流し込むのである。若い者のたのしみの一は、食う事である。主人は麦を食って、自分に稗を食わした、と忿いかって飛び出した作代さくだいもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
若き時酒のみてとろとろ眠りし心地とれたるおんなのもとに通いしたのしみは世をへだてたるごとくなりきと書いた文章の事をしみじみと語り出して、その終に添えた狂歌一首
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私共わたしどもに取つてたのしみは御座んせんのね、之を思ふと私などはくまア腰がまがつて仕舞はないと感心致しますの——いゝエ、此頃は、もう、ネ、老い込んで仕様しやうがありませんの
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『小日本』と関係深くなりて後君は淡路町あわじちょうに下宿せしかば余は社よりの帰りがけに君の下宿を訪ひ画談を聞くをたのしみとせり。君いふ、今は食ふ事に困らぬ身となりしかば十分に勉強すべしと。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
未来のたのしみを思い浮べながら、あの娘の肌の香の2670
そもそも友とはたのしみを共にせんが為の友にして、し憂を同うせんとには、別に金銭マネイありて、人の助を用ゐず、又決して用ゐるに足らずと信じたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
寝てるとね、盗んで来たここに在る奴等が、自分がられた時の様子を、その道筋から、機会きっかけから、各々めいめいに話をするようで、たのしみッたらないんだぜ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷をたのしみとする事暖国だんこくにはさらにあるべからず。此川にさかべつたうといふ奇談きだんあり、つぎまきにいふべし。
是より最後のたのしみは奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠うすいとうげの冬最中もなか、雪たけありてすそ寒き浅間あさま下ろしのはげしきにめげずおくせず、名に高き和田わだ塩尻しおじり藁沓わらぐつの底に踏みにじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それで僕も色々と想像を描いていたので、それを恋人と語るのが何よりのたのしみでした、矢張上村君の亜米利加アメリカ風の家は僕も大判の洋紙へ鉛筆で図取ずどりまでしました。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
百年のよわいは目出度めでたく難有ありがたい。然しちと退屈じゃ。たのしみも多かろうが憂も長かろう。水臭い麦酒ビールを日毎に浴びるより、舌を焼く酒精アルコールを半滴味わう方が手間がかからぬ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仏蘭西フランスの小説を読むと零落おちぶれた貴族のいえに生れたものが、僅少わずかの遺産に自分の身だけはどうやらこうやら日常の衣食には事欠かぬ代り、浮世のたのしみ余所よそ人交ひとまじわりもできず
夏のいのちは水だが、川らしい川に遠く、海に尚遠いこの野の村では、水のたのしみが思う様にとれぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
然れども彼時かのときは只眼にて観るのたのしみなるのみなりしも、現今我牧塲としてかかる広漠の地にて、且つ多数の我所有たる馬匹の揃うて進みて予に向うて馬匹等は観せたしとの意あるが如きを感じて
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
如何いかにしても私の心を転ずることが成らなかつたのです——皆様能く男子の集会などへらつしやいましたわねエ——あら、銀子さん、貴女のこと言ふのぢやなくてよ——けれど私のたのしみは日曜に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
絵画彫刻の美を感ずる人は紅塵こうじん十丈の裏にありても山林閑栖のたのしみを得べく、山水花鳥の美を感ずる人は貧苦困頓の間にありても富貴栄華の楽を得べし。間接には美の心は慈悲性を起し残酷性をしりぞく。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
たんとおたのしみなさって、跡腹の病めないようになさい。
謂うと何だか、女々しいようだが、報のない罪をし遂げて、あとでたのしみをしようという、虫の可いことは決して無い。またそうさせるような吾でもない。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)