柘榴ざくろ)” の例文
私と東六は室の隅の丸い卓子テーブルを前にして、所の名物柘榴ざくろ酒を飲みながら、四辺の様子を見て居りましたが、不意に其時、私達の横で
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少女は侍女の一人から半塊の柘榴ざくろを貰って種子を盆の上に吐いていた。それを喰べ終ると壮漢に伴われ次の部屋へ廻りに出て行った。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それを除去してみて、検屍の医師はじめ警官一同は慄然りつぜんとしたのである。陰部から下腹部へかけて柘榴ざくろのように切り開かれている。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
門と庭との境には、いかにも郊外分譲地の家らしく垣根がなくて、樫だの柘榴ざくろの樹だのが、門から玄関へ来る道の仕切りとなっている。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ハンカチイフもて抑へければ、絹の白きに柘榴ざくろ花弁はなびらの如く附きたるに、貴婦人は懐鏡ふところかがみ取出とりいだして、むことの過ぎしゆゑぞと知りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「おら初めて見ただよ」と五郎さんは意味ありげな一種の眼くばせを三人にした、「——まるでいまんだ柘榴ざくろみてえだっただ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
があけました。宿屋の人が起きてみると、風も吹かなかったのに、どうしたものか庭には柘榴ざくろが一ばいに落ちておりました。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
ちょっとした木にも花にも、葉子は美しい懐かしさを感ずるらしく、梅の古木や柘榴ざくろの幹の側に立って、幼い時の思い出を語るのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
桜とか柘榴ざくろとか梨とか松とかくすのきとかもみとかいうものと比較したら、やはり草花としての相似点を持っているといわねばならぬ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
家の前に柿の木があって、光沢つやのない白い花が咲いた。裏に一本の柘榴ざくろの木があって、不安な紅い花をともした。その頃から母が病気であった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
けんあるかなしの庭に、植木といったら柘榴ざくろか何かの見すぼらしいのが一株塀の陰にあるばかりで、草花の鉢一つさえない。
イタリア人 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
内へはいって庭の方をふとみると、庭の隅には大きい柘榴ざくろの木があって、その花は火の燃えるように紅く咲きみだれている。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
柘榴ざくろのやうに割れて水にふやけてをりますが、これをやられてから、水に投り込まれたらしく、身體に水死人らしい特徴は一つもありません。
花物では二十年頃から山茶花さざんか、三十年頃には久留米躑躅つつじ、花を見る柘榴ざくろ、ことにさき分けの錦袍榴きんぽうりゅうは珍品とあって特別扱い
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
曲者の体は、そのために業病ごうびょうのように腫れあがって、やぶれた傷口は柘榴ざくろの如くみ、そこから白い骨が見えるほどだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭には梅、桜、桃、椿、山吹、夏蜜柑、紫陽花、柘榴ざくろ、金木犀、枇杷びわ、山茶花等、四季の花が咲く。私はいつもその季節の落花を拾って遊んだ。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
天に近い山の上には氷のやうに澄んだ日の光の中に岩むらのそびえてゐるだけである。しかし深い谷の底には柘榴ざくろ無花果いちじゆくも匂つてゐたであらう。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おそらく、綱は棒からはなれて、博士はまっさかさまに谷底へついらくし、柘榴ざくろのようにはじけていたかも知れないのだ。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
悪魔あくまいまにくほつする、もとむる……ほとけ鬼女きぢよ降伏がうぶくしてさへ、人肉じんにくのかはりにと、柘榴ざくろあたへたとふではいか。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
このスレイマンの封印といふのが、少年には何のことやら分らないが、それだけ一そう神秘的な感じがする。その両の乳房は、一対の柘榴ざくろのやう。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
紺サージの着物に、紅い柘榴ざくろ石の頸飾りをした彼女のスッキリした姿は、どうしても五十を越したとは見えなかった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
陽気な陽気な時節ではあるがちょっとの間はしーんと静になって、庭のすみ柘榴ざくろまわりに大きな熊蜂くまばちがぶーんと羽音はおとをさせているのが耳に立った。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
縁先えんさきの左横手に寄って柘榴ざくろふしている。この柘榴は槙にも劣らぬ老木である。駱駝らくだの背のこぶのような枝葉の集団が幾つかもくもくと盛りあがっている。
夏の誇りを見せたやうな柘榴ざくろや、ほのかな合歡ねむの木の花なぞがさいてゐて、旅するものの心をそゝるのもこゝだ。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小さい柴折戸しおりどのような門構えのなかは、すももと柘榴ざくろとが二、三本立っていて、小さい柘榴が実りはじめていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
落ちかけた夏の日が、熟して割れた柘榴ざくろ色の光線を、青々とした麥畑の上に流して、眞正面に二人の顏をいろどつた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
向うの方に青いが五、六本、教室の窓の竹格子にむかって柘榴ざくろの花がまっかだった。両側が土蔵と土蔵で、突当りが塀で他家よその庭木がこんもりしていた。
泉水のみぎわの花あやめもあでやかだが、向うの築山つきやまくまにたった一輪火のように燃えているのは、あまりの好晴ひよりに気の狂った早咲きの柘榴ざくろと見える——江碧島逾白えみどりにしまいよいよしろく
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
まだ菖蒲しょうぶには早いのですが、自慢の朝鮮柘榴ざくろが花盛りで、薔薇ばらもまだ残ってますからどうかおほめに来てくださいまして、ね、くれぐれ申しましたよ。ほほほほ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
学術上のことはさてき、日ごろ思っている考え、日ごろいだける感情を述ぶるに、何のおそれることもない。ありのままに口を開け、「はらわた見せる柘榴ざくろ」同然にやる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
柘榴ざくろはなは、薔薇ばらよりも派出はでに且つ重苦おもくるしく見えた。みどりあひだにちらり/\とひかつて見える位、強い色をしてゐた。従つてこれも代助の今の気分には相応うつらなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
投げ出した紙片かみと肉一片——毛髪の生えた皮肌はだの表に下にふっくらとした耳がついて、裏は柘榴ざくろのような血肉のかたまりだ。暑苦しい屋根の下にさっと一道の冷気が流れる。
入梅つゆになッてからは毎日まいにち雨降あめふりそれやつ昨日きのふあがツて、庭柘榴ざくろの花に今朝けさめづらしくあさひ紅々あか/\したとおもツたもつか午後ごゝになると、また灰色はいいろくもそら一面いちめんひろがり
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
殊に三名引山のあたりは峰頭が幾多の岩骨を剥き出して、尾根が柘榴ざくろの如く壊裂している。猿飛附近であろう、と所黒部川がふかい底から白い眼で此方を睨み上げていた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
柘榴ざくろの花は夏河豚なつふぐを料理してゐる井戸端の女の上に真赤な口をあけてじつと見とれて居た。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
柘榴ざくろもいまたくさんな蕾をつけて居る。一本はやゝ古木こぼく、一本はほんの若木である。古木の方は實柘榴みざくろだが、わか木の方は花柘榴らしい。たくさんついてゐる蕾が甚だ大きい。
たべものの木 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
幻たちは幻たちはかつて最もあざやかに僕をきつけた面影となって僕の祈願にいる。父よ、あなたはいる、縁側の安楽椅子に。母よ、あなたはいる、庭さきの柘榴ざくろのほとりに。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
一行は通りすがりに、花ざかりの柘榴ざくろの木の下で若い女が大ぜい踊つてゐるのに遇つた。
バルタザアル (新字旧仮名) / アナトール・フランス(著)
それはこの国最大の歴史家ナブ・シャリム・シュヌ誌す所のサルゴン王ハルディア征討行せいとうこうの一枚である。話しながら博士のてた柘榴ざくろの種子がその表面にきたならしくくっついている。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
喜恵子の手には炊事の水仕事の為めに垢切れが甚しくなつて、皮膚の中に深く切れ込んで柘榴ざくろのやうにはぜて居た。手の皮は厚く固くなり、軟かかつた掌には無数の黒い筋が這入つた。
そいつ、大理石の色に光って、静かにそこに立っていたが、そのまわりには銀碧ぎんぺきの色湿うるおう茂みに、柘榴ざくろの花は口を開いてゆすぶれてい、沢山の蜂のそこに飛んでいるのがありありと見えた。
松に並びて垣根にある桜桃、梅、柿、柘榴ざくろなどの苗木、殺風景いはん方なし。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
蜜柑の枝は、訶和郎の唇から柘榴ざくろ粒果つぶのような血がしたたる度ごとに、遠ざかる松明の光りの方へ揺らめいた。その時、兵士たちの群から放れて、ひとり山腹へ引き返して来た武将があった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
咽喉のどかわいておいでゞしょうと云って柘榴ざくろをすゝめたのを、丞相は取って口にふくんでひしひしとみ砕き、妻戸のふちに吐きかけたかと思うと、見る/\一条の火焔となって燃え上ったが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薔薇の這つた門や陶器せとものの大きい植木鉢に植ゑられた一丈位の柘榴ざくろや櫻の木の竝べられてあるのも見える。其家の前は裏の通なのであるが、夜更にでもならなければ車の音などは聞えて來ない。
巴里にて (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
薔薇ばらつた門や陶器せとものの大きい植木鉢に植ゑられた一丈ぐらゐ柘榴ざくろや桜の木の並べられてあるのも見える。その家の前は裏のとほりなのであるが、夜更よふけにでもならなければ車の音などは聞えて来ない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかもところどころに空地があってそこに夕日がさし込んで来ているのを、二階の小さな窓のところに柘榴ざくろか何かの盆栽が置いてあって、それにその余照が明るくさし添っているのを発見した。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しめつた自分の庭のしづくのたれるオレンジの木の下を、そして濡れた柘榴ざくろの木やパインアプルの間を歩く間に、熱帶の輝かしい夜明よあけが私のまはりにかゞやく間に、私は次のやうに考へを進めたのです
柘榴ざくろの朱はまた格別の趣きがあつて、路傍などでこの花を見かけて眼を驚かせるその心持の中には、何か直接な生命の喜びとでもいふやうなものが、ともすればふさぎ勝ちな前後の気持を押のけて
柘榴の花 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
方形の花壇を一つそなえてる、小さな石だたみの中庭、花壇の中にゼラニュームやペチュニアの茂みの間から伸び出てる、二株のリラ、運河を見おろす覧台テラースの上に花咲いてる、月桂樹げっけいじゅ柘榴ざくろとのはち