ことさ)” の例文
従て私は和名も科名も共にこれをカナで書く事を決行実践したのであったが、その時ただ科の字のみはしばらくことさらにこれを存置した。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
信仰の行者を除くの外、昼も人跡まれなれば、夜に入りてはほとんちかづくものもあらざるなり。その物凄き夜をえらびて予はことさらに黒壁に赴けり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此処で、敢て言ひますが、同氏はかねて、その劇評乃至戯曲評に於て、私の作品をことさら非難攻撃された跡が歴然としてゐます。
偉大なる近代劇場人 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ことさらに死語や古語を復活させて来る必要はないであらうが、さうでない限りは、更に死語や古語も蘇らさないではゐられない。
古語復活論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
そしてちいさいおりから母親にびることを学ばされて、そんな事にのみさとい心から、自然ひとりでことさら二人に甘えてみせたり、はしゃいでみせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
灰を市に棄つるを禁ぜずして国中争乱絶えざるを致すと同じく、合祀励行の官公吏は、ことさらに衢に灰を撒きて、人民を争闘せしむるに同じ。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
これ本校が独語に取らず仏語に取らず、ことさらにこれを英語に取り、以てこれを子弟に授くるもの(謹聴)。その用意、又密なりといいつべし。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
しかし己はこんな事を書く積りで、日記をけたのではなかった。目的の不慥ふたしかな訪問をする人は、ことさらに迂路うろを取る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
極めて正当な思想をもっているこの著者が、この思想を実行に移せば与えられるであろう所の愉快と名誉とを、かくもことさらに捨てたのは、奇異である。
ことさらに皇國の歌はなど言はるゝは例の歌より外に何物も知らぬ歌よみの言かと被怪候。「何れの世に何れの人が理窟を讀みては歌にあらずと定め候哉」
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
私はどきつとして、ことさらに息を殺した。それからはもう何とも云はぬ。空耳だつたかなと思つてゐると、今度は確かに身を動かして居る容子が聽ゆる。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
然れどもこれを作詩の中心とし本義としてことさらに標榜ひようぼうする処あるは、けだし二十年来の仏蘭西新詩を以て嚆矢こうしとす。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
ことさらに怒りの色を為し『扨こそ米俵は持ち上げしぞ、斯く不正の策を構へて、人々に天秤棒を食はらせし其の罪は免しがたし、イザ汝の首を引き抜かん』
初代谷風梶之助 (新字旧仮名) / 三木貞一(著)
離れ、畢竟ひっきょう、平等にして変異あることなく、破壊はえすべからず、ただこれ一心なるのみなれば、ことさらに真如と名づく
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一説に依れば仏人の脚肉きやくにくを食ふは、ことさらに英人の風習に従ふをいさぎよしとせざる意気を粧ふに過ぎず。故に仏人の熱灰ねつくわい上に鱷の脚をあぶるを見て、英人は冷笑すと。
ベンサムが「フラグメント・オン・ガヴァーンメント」の第一版を出した時、ことさらに匿名を用いて出版した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それは自分の好きなものをわざそしり、内心嫌ひなものをことさらに褒める遊び女らしい一つの技巧に過ぎなかつたであらうか。或は唯単に嘲弄であつたのであらうか。
始皇が果斷の人であることは、ことさらに茲に申し添へる必要がない。天下統一の後ち、群臣の多數は封建再興を主張したに拘らず、彼は敢然として郡縣の治を行うた。
秦始皇帝 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
「大和恋ひいの寝らえぬにこころなくこのの埼にたづ鳴くべしや」(巻一・七一)、「出でて行かむ時しはあらむをことさらに妻恋しつつ立ちて行くべしや」(巻四・五八五)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
荻生徂徠論を著すに至つても猶ことさらに『文章は事業なり。文士筆を揮ふ猶英雄剣を揮ふが如し』
透谷全集を読む (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
彼方かなた此方こなたにて、一本を挙ぐる毎に「万歳」の叫びを聴きしが、此時、誰の口よりか「来た/\」といふ声響く。一同は、竿を挙げてことさらに他方を向き、相知らざる様を粧ひたり。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
また作者さくしやが愛を熱心ねつしん宣傳せんでんして居るやうな場合ばあひにでも、寧ろその理智りちを以てことさらにそれを力説りきせつしようとする爲めに、どうかするとその愛は、作者さくしやの心からにじみ出たものではなくて
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
即ち知らず識らずしておちいれる偏頗へんぱに対するものにして、多少これを恕せむとするもまたむを得ざるに出づといへども、もし為にする所ありて、ことさらに偏私の言をなすものあらば
仏教史家に一言す (新字旧仮名) / 津田左右吉小竹主(著)
彼はそれを聞くと依然として傲慢な態度を持しながら、ことさらに肩をそびやかせて見せた。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
少しくその期日を忍べば、何ぞことさらに亡邸するに至らん、何ぞ故らに浪人とるに及ばん、何ぞ故らにこの亡邸のために帰国を命ぜらるるに及ばん。しかれども彼はこれを辞せざりしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
仏の模倣者となったものは、すなわち僧は、仏家のふうとして戒律を守らなくてはならぬ。しかし俗人にとっては、それは必ずしも必要でない。仏は「一切有命の者ことさらに殺すことを得ざれ」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
貫一はをののくちびる咬緊くひしめつつ、ことさ緩舒ゆるやかいだせる声音こわねは、あやしくも常に変れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
舞台の上をことさらに歩き廻り、かわり番に各俳優の後に来て(私のテーブルはたった今地震で揺れた。一八七七年六月二十五日、——また震動があった。またあった)隠れているかのようにうずくま
そののちはお勢はことさらに何喰わぬ顔を作ッてみても、どうもうまくいかぬようすで、ややもすれば沈んで、眼を細くして何処か遠方を凝視みつめ、恍惚うっとりとして、夢現ゆめうつつの境に迷うように見えたことも有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ことさらに父母の死をうながすがごときは、情においてしのびざるところなり。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
まへさまお一人ひとりのおわづらひはお兩人ふたりのおなやみと婢女共をんなどもわらはれてうれしときしが今更いまさらおもへばことさらにはせしかれたものならず此頃このごろしは錦野にしきの玄關げんくわんさきうつくしくよそほふたくらべてれよりことばけられねど無言むごん行過ゆきすぎるとは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかしことさらに主人が立会たちあふほどの事ではない。そのやしき三太夫さんだゆうが、やがてくわを提げたじいやを従へて出て、一同えんじゅの根を立囲たちかこんだ。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
鬼頭令門は、ふと机の上の「日誌」に眼をおとし、それと、千種の顔とを見比べて、なにか自分を責めたいやうな気持になつたが、ことさら快活に
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
重宗ははやくより最もその意を注いで、調査に調査を加え、既に判決を下すばかりになっていたものであるが、辞職の際の事務整理に、ことさらにこれのみを取残し
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
ことさらにあとさんと、きりこみし人々、皆其刀をがせし中に、一瀬が刀の二個処いちじるしくこぼれたるが、臼井が短刀のはのこぼれに吻合ふんごうしたるよりあらわれにき。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ことさらに大きな聲で、斯うしてお客樣を案内して來たから、氣の毒だけれど早速この家をあけて貰ひたい、もう斯うなると今度こそは待つてあげるわけにゆかぬから、と宣告した。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
されども、想ひ返しては又心弱く、誰と誰とは必ず二日に来るかたじんにて、衣服に綺羅を飾らざれども、心の誠は赤し。殊に、ことさら改らずして、平日の積る話を語り合ふも亦一興なり。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
しかしまたあるいはその職人が相手の女の商売を考え、ことさらに外国人の名前などは入れずに置いたかも知れなかった。僕はそんなことを気にしない彼に同情よりもむしろ寂しさを感じた。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
巫女の家や旧家には、おもな座敷に、片隅のことさらに炉の形に拵へた漆喰塗りの場処に置く。普通の家では、竈の後の壁に、三本石を列べて、其頭に塩・米などの盛つてあるのを見かける。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
彼が驚いたのは当然であつた。彼が何心なくぽかんと視入みいつてゐた大空の一角には、実にことさらに星を其形に並べてちりばめたとしか思はれぬ巨大な十字形の一星座が判然と見えるのであつた。
何ぞことさらに新しき形を要せんと、殊に知らず、昔しの淳朴なるや、「八雲立」「難波津」の歌猶之を誦して、人をして感ぜしむるに足れり、今に至つては猶此緩慢なるものをもちゆべけれんや。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
ことさらに無心な顔を作り、思慮の無いことを云い、互に瞞着まんちゃくしようとつとめあうものの、しかし、双方共力は牛角ごかくのしたたかものゆえ、まさりもせず、おとりもせず、いどみ疲れて今はすこし睨合にらみあいの姿となった。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
誤解せられ易いおそれがあるから、ことさらにそれを避けたのである。
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
荒尾はことさらに哈々こうこうとして笑へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
作者は、恐らく、人物の幾人かをしてことさらに空虚な、大げさな言葉を語らせて、その言葉の裏から、間から「あるもの」を感じさせようとしたのだらう。
ややモスレバ疑似ニ渉ルヲ以テ、※※等ノ片爿ヲ加ヘ、ことさラニ字形ヲ乱シ、以テ真字ト分別アルヲ示ス、且此字ニ音無ク義無シ、即原語ノ音ヲ縮メテ、此字ノ音卜為ス者ナリ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
人間の気を奪ふため、ことさらに引込ひきこまれ/\、やがてたちまその最後の片翼かたつばさも、城の石垣につツと消えると、いままで呼吸いきを詰めた、群集ぐんじゅが、おう一斉いっときに、わツと鳴つて声を揚げた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これは實は舊道であるのださうだが、ことさらに私はこれを選んだのであつた。さうして樂しんで來た片品川峽谷の眺めは矢張り私を落膽せしめなかつた。ことに岩室といふあたりから佳くなつた。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ペエテルブルクに在りし間に余を圍繞ゐねうせしは、巴里絶頂の驕奢を、氷雪の裡に移したる王城の粧飾、ことさらに黄蝋の燭を幾つ共なく點したるに、幾星の勳章、幾枝の「エポレツト」が映射する光
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
なほ参考として小野氏著「切支丹の殉教者」及び「日本に於ける公教会の復活」「幕府時代の長崎」「長崎年表」を見た事を記しておく。又此作にはことさらに多少の時代錯誤を敢て許しておいた。