つま)” の例文
「そこでおつま召食めしあがる、む、これはうめえ。」と舌鼓、「餓鬼えめえよ。」と小児こどもにも与えて散々に喰散らす、しからぬことなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
原口さんは無論ゐる。一番さきて、世話をいたり、愛嬌を振りいたり、仏蘭西式のひげつまんで見たり、万事いそがしさうである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
車座となって番茶の出がらしを啜りながら、石子の御馳走の餠菓子をつまんで雑談に耽っているうちに彼等はだん/\打解けて来た。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
左手わが髪をつまみ、刀を我が頸に擬し、我は長生王の太子、亡父のために復仇するぞというを聞き、夢中ながら悔いて自ら責めたと語る。
長「真暗だから見えねえや、鼻アつままれるのも知れねえくれとこにぶっつわッてねえで、燈火でも点けねえ、縁起がわりいや、お燈明でも上げろ」
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは一つ一つ箸でつまみ上げる代りに皿を掌面てのひらに載つけて、猫のやうに舌の先でぺろぺろめ込むでしまふといふ芸当である。
勘次かんじこゝろよくおつぎにめいじた。おつぎはふる醤油樽しやうゆだるから白漬しろづけらつきやう片口かたくちしておつたのそばすゝめた。勘次かんじは一つつまんでかり/\とかじつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その人は老栓の方に大きな手をひろげ、片ッぽの手に赤い饅頭まんじゅうつまんでいたが、赤い汁は饅頭の上からぼたぼた落ちていた。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
之を喩えば人を密室に幽囚し、火をつまませ熱湯をフクませて、苦し熱しと一声すれば、則ち之を叱して忍耐に乏しき敗徳なりと言うに異ならず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
宿のおかみさんが持出した安ビスケットや山独活の漬ものをつまんだり、コヽアを飲んだり、一人で自分の身をねぎらっています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
細君は別に厭がる様子もなく、接吻させてゐたが、しまひに和睦の印とでも云ふわけか、己の耳を指でつまんで引つ張つた。
その時蘭引はいよいよ、ちらついてきて、たぎうそぶく其聲は、聖エロイ樣の火箸で鼻をつままれた鬼の泣聲によく似てゐる。
錬金道士 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
「潰さずにつまんで外へ捨てよう」と、九兵衛は両の掌を持って往って、紙の上にじっとしている蠅を中へすくい込んだ。
蠅供養 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
源叔父はたもとをさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つつまみて紀州の前に突きだせば、乞食はふところよりわんをだしてこれを受けぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼奴やつつまみ塩か何かで、グイグイ引っかけてかア。うちは新店だから、帳面のほか貸しは一切しねえというめなんだ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「仙さん、お前寝る前にとろの古いんでもつまみなすったか、あいつあよくねえ夢を見させやすからね。はっはっ。」
八はそれを見ると、もうこれさへ取れば好いといふやうな気がした。そして金入の中のものを、例の不器用な指で一つ一つつまみ出して、腹懸はらがけに入れた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
丁度木立にしがみついた蝉の恰好になるのだが——右手でギュッと僕の鼻先をつまみあげると渾身の力を奮ひ集めてグリグリぐりぐりと捩ぢ廻したのであつた。
霓博士の廃頽 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
併し成可なるべく沈着に、火鉢で焼けて居る花の莟を、火箸ひばしさきつまみ上げるや、傍の炭籠のなかに投げ込んだ。
今に見ろ、大臣に言ってるから。(間。)此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞けなんと云って返したな。こん度逢ったら往来へつまみ出して遣る。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
時としてはぼうほんを以て毛拔き樣の道具だうぐを作り、之を用ゐて石片の周縁をつまきし事も有りしならん
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
我々は二三人の芸者と一しょに、西瓜の種をつまんだり、御先煙草おさきたばこをふかしたりしながら、少時しばらくの間無駄話をした。もっとも無駄話をしたと云っても、私は唖に変りはない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
銀色に光る水が一筋うねっている例の黒ずんだ土の上に、鷺は綿を一つまみ投げたように見えている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
指の間に煙草を挟んだ婦人の手は、魚のように敏捷に角砂糖をつまんだ。そして婦人は銀のスプンで茶碗をき廻した。婦人の手の上に、ゆらゆらと銀光の陰影がからんだ。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
註文ちゅうもんでもあるのか、さかんに揚げて、金網の上に順よく並べているのを遠くから見ていますと、そこへ一人の男が来て、いきなりそれを一つつまんで、隣の酒屋へ入りました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
其意味そのいみつながらぬ、辻妻つじつまはぬはなしは、所詮しよせんふでにすること出來できぬのであるが、かれところつまんでへば、人間にんげん卑劣ひれつなること、壓制あつせいりて正義せいぎ蹂躙じうりんされてゐること
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何かしら必らず事件を持ちあげて、或は憲兵に腕をやくして大広間からしょびき出されるか、さもなければ、自分の友達に否応なしにつまみ出されるのがお定まりなのである。
獣医はあちこちと廻つて歩き乍ら、種牛の皮をつまんで見たり、咽喉のどを押へて見たり、または角をたゝいて見たりして、最後に尻尾を持上たかと思ふと、検査は最早もう其で済んだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お俊は両親の紳士を伴へるを見るより、慌忙あわただしく起ちてきたれるが、顔好くはあらねど愛嬌あいきよう深く、いと善く父にたり。高島田にひて、肉色縮緬にくいろちりめんの羽織につまみたるほどの肩揚したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
終には路易ルイきん一つ(「ルイドオル」と云ふ、約九圓七十八錢)取出し、指もてつまみて女の前にきらめかし、只だ一たびの接吻を許さば、これをおん身におくるべし、この金あらば
頬のこけおちて、瞼のたるんだ、見るからに生気のない若い男が、無意識というよりも故意に、彼の足元をふさいでいるその小さな人の子をつまみあげて、傍の溝のなかへ捨てようとした。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
(ジイベルの鼻をつまむ。外の人々も互に鼻を撮み合ひて、手に/\小刀を閃す。)
何時も馬の子の様に、母の跡に附き、親父の穿き古した、ぼろ/\のずぼんの、垂れて地を払ふのを、片手でつまんで歩くのは、丸で天気の悪い時に、善いきものを着た女が、すそかゝげるやうです。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
そこで手を右のポッケットに入れて手品に使う白い球を三つつまみ出した。
丁度美しい小娘がジュポンのすそつまんで、ぬかるみをまたごうとしているのを見附けた竜騎兵中尉は、左の手に𣠽つかを握っていた軍刀を高く持ち上げて、極めて熱心にその娘の足附きを見ていたが
出迎えようと思って、次のへ飛び出した。そこは真っ暗である。どこに戸のつまみがあるか見えない。まごまごしている内に、外からかぎさしじょうを開けた。戸がいた。マリイが這入はいって来た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
原田医師がその一つをつまんで、メスを入れる。私のような素人には、どれがそれとはっきりとは判らない。が、そのいずれにも、銀色の棘のような筋が入っている。私は或はそれが癌か、と見る。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
しばらく藻掻もがいて居るうちに、ふと足掻あがきが自由になる。と、領元えりもとつままれて、高い高い処からドサリと落された。うろうろとして其処らを視廻すけれど、何だか変な淋しい真暗な処で、誰も居ない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その大体の趣意を一言につまめば、ある医学生が墓場へ行って、骨や肉を拾い集め、また解剖室から血液を取り来り、これらを組合せて一個の人間を造った。しかしそれではただ死骸同然で動かない。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
全く鼻をつままれても解らないほどであった、ふいと私は氏の門を出て、四五けん行くと、その細い横町の先方さきから、低く草履ぞうりの音がして、道の片隅かたすみを来るものがある、私は手に巻煙草まきたばこを持っていたので
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
よし飯焚をないにしても、朝飯とお弁当は、お冷でも善い、菜が無いなら、漬物だけでも苦しうない、といふ工合で、食ぱんのぽそ/\も、むせツたいと思はず、餌をつまんだ手で、おむすびを持ツても
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
そこらここらと撰んで分けてつまむ眼玉は何々ぞ。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「おい君も一つつて見ろ」と与次郎がはしつまんでした。てのひらへ載せて見ると、馬鹿貝の剥身むきみしたのをつけやきにしたのである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
こう、貴女がお持ちなさりました指のさきへ、ほんのりとあおく映って、白いお手の透いた処は、おおきな蛍をおつまみなさりましたようじゃげな。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてたゞれたやうな舌のさきで、口のなかの蠅を一匹一匹押し出してはそれを指さきでつまみ出して、机の上に並べたものだ。
李生は腰の皮袋をはずしてその中から石綿に浸した薬液を取りだし、その小部分をつまみとって大王の一方の手へ乗せた。
申陽洞記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しなやかな指さきで芍薬の蕾の群れを分け、なかで咲き切つた花の茎を漁り、それをつままうとしながら少女は言つた。
小町の芍薬 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
可笑おかしいのは、池の端へ越した爺いさんの身の上で、これも渡世に追われていたのが、急に楽になり過ぎて、自分でもきつねつままれたようだと思っている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
菓子をつまんでお茶をみながら、松島は商人らしく算盤そろばんはじいて金の出を計算していたが、ここは何といっても土地が狭いので、思ったより安くあがった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
年弱としよわの者はわたしと一緒に豆を剥いた。まもなく豆は煮えた。みんなは船をやりっ放しにして真中に集まって、つまんで食った。食ってしまうとまた船を出した。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)