手持無沙汰てもちぶさた)” の例文
この時分は手持無沙汰てもちぶさたでさえあればにやにやして済ましたもんだ。そこへ行くと安さんは自分よりはる世馴よなれている。このていを見て
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それも神様かみさまのお使者つかいや、大人おとなならばかくも、うした小供こどもさんの場合ばあいには、いかにも手持無沙汰てもちぶさたはなは当惑とうわくするのでございます。
折角せっかく楽みに来ても、楽めないでいるような客の前には、中年の女が手持無沙汰てもちぶさたに銚子を振って見て、恐れたり震えたりした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
着車時間は迫りけれども停車場内せきとして急に汽車の着すべき様子も見えず。大原は待合室に入りて人を待つ間の手持無沙汰てもちぶさたに独り未来の事を想像する
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なんとなく面白くなって、ニヤニヤしていたが、間もなく手持無沙汰てもちぶさたになって、となりの部屋のほうへむかって
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
再三辞するもきかず一室にしょうぜられた兵馬は、そこに坐って手持無沙汰てもちぶさたに待っていながら、つらつらこの家の有様を見ると、別に男の気配けはいも見えないし
客は手持無沙汰てもちぶさた、お杉もすべを心得ず。とばかりありて、次の襖越ふすまごしに、勿体らしいすましたものいい。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時々妻と交替に附き添いにやって来た長女は、何も用事がないので、初めは少し手持無沙汰てもちぶさたのようであった。それで或る日、『ロスト・ワールド』を持ってやって来た。
「何をあんなに吠えるのだろう。」と、手持無沙汰てもちぶさたの市郎は、これしお起上たちあがってかどへ出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一時を快くする暴言もつひひかもの小唄こうたに過ぎざるをさとりて、手持無沙汰てもちぶさたなりを鎮めつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
牛のような青年は、女がたくさんいるテーブルに、同性とダブって並ばされたので、無意識にも手持無沙汰てもちぶさたらしく、ときどきかの女とロザリと並んでいるのを少し乗り出して横眼で見た。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
矢張潜戸を背中にして、手持無沙汰てもちぶさたに立つてゐる太吉に、荒川はかう云つた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
車室のゆかの上に目を落したまま、手持無沙汰てもちぶさたに彼の麦稈帽子むぎわらぼうしもてあそんでいた。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
ヂョオジアァナは一時間毎に彼女のカナリアに他愛たあいもないことをしやべつてゐて、私を振り向きもしなかつた。しかし私はすることやたのしみがなくて手持無沙汰てもちぶさたに見えないやうにしようと決心してゐた。
例の曹長は側に立ちて手持無沙汰てもちぶさたにこれを見つつあり。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
夫人も小間使も、手持無沙汰てもちぶさたの数秒間。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
立て奧へ入しがしばらありて出來り兩人にむかひ御口上のおもむき上へうかゞひしに御意ぎよいには町奉行の役宅は非人ひにん科人とがにんの出入致しけがらはしき場所のよし左樣の不淨ふじやうなる屋敷へは予は參る身ならず用事ようじあらば日向守殿に此方へ來られよとの御意ぎよいなれば此段このだん日向守殿へ御達おんたつし下されと言捨いひすてて奧へぞ入たり兩人は手持無沙汰てもちぶさたよんどころなく立歸たちかへり右の次第を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
どうもやかましくて騒々しくってたまらない。そのうちで手持無沙汰てもちぶさたに下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その旅の男は、兵馬を尋ねる人でないと知って、手持無沙汰てもちぶさたにあちらへり抜けてしまいます。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こういう話をして居る間、お仙は手持無沙汰てもちぶさたったり坐ったりして、時には親達の話の中で解ったと思うことが有る度に、ひと微笑ほほえんだりしていたが、つと母の傍へ寄った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中川打笑うちわらい「イヤ、こういう御馳走に薬味壺は出さんよ。ウシターソースをかけなければ食べられんようなお料理はないから安心し給え」と説明されて若紳士おおい手持無沙汰てもちぶさたなり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
また泣き出したをゆすりながら、女房は手持無沙汰てもちぶさたすずしい目をみはったが
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしちかづいて、そう言葉ことばをかけましたが、敦子あつこさまは、ただ会釈えしゃくをしたのみで、だまって下方したいたり、かおいろなども何所どこやらくらいようにえました。わたくしはちょっと手持無沙汰てもちぶさたかんじました。
芸妓は手持無沙汰てもちぶさたになって
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人は黙然もくねんとして相対した。僕は手持無沙汰てもちぶさた煙草盆たばこぼん灰吹はいふきを叩いた。市蔵はうつむいてはかまひざを見つめていた。やがて彼はさみしい顔を上げた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やぶから棒に、誰に向って、こんなことを言いかけたのか、米友としても、ちょっと途方に暮れて、忙がわしく前後左右を見渡したけれども、自分のほかに手持無沙汰てもちぶさたでいる人っ子はないから、多分
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
軽い挨拶あいさつが二人の間に起った。しかしそれが済むと話はいつものように続かなかった。二人とも手持無沙汰てもちぶさたに圧迫され始めなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
竜之助はその不審に答えなかったから、老爺は手持無沙汰てもちぶさた
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし普通の場合に起る手持無沙汰てもちぶさたの感じの代りに、かえって一種の気楽さを味わった彼には何の苦痛もずにすんだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人混みの中へ鉄砲は打ち込めないから手持無沙汰てもちぶさた
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
敬太郎はただ手持無沙汰てもちぶさた徒事いたずらとばかり思って、別段意にもとどめなかったが、婆さんは丹念にそれを五六寸の長さにり上げて、文銭の上にせた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手持無沙汰てもちぶさたなのは鉛筆えんぴつしりに着いている、護謨ゴムの頭でテーブルの上へしきりに何か書いている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向応じない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田は挨拶あいさつに窮した。向うの口の重宝ちょうほうなのに比べて、自分の口の不重宝ぶちょうほうさが荷になった。彼は手持無沙汰てもちぶさたの気味で、ゆるく消えて行く葉巻の煙りを見つめた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
Hさんは黙って煙草たばこを吹かし出した。自分は弱輩じゃくはいの癖に多少云い過ぎた事に気がついた。手持無沙汰てもちぶさたの感じが強く頭に上った。Hさんは庭の方を見ていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いかな坊っちゃんも、あまり手持無沙汰てもちぶさた過ぎて困っちまったから、思い切って、のこのこ下りて行った。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その上いくら相槌あいづちを打とうにも打たれないような変な見当へ向いて進んで行くばかりであった。手持無沙汰てもちぶさたな彼は、やむをえず二人の顔を見比べながら、時々庭の方を眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手持無沙汰てもちぶさたなので、向うで御這入おはいりというまで、黙って門口かどぐちに立っていた滑稽こっけいもあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小六ころくうつまでは、こんな結果けつくわやうとは、まるかなかつたのだから猶更なほさら當惑たうわくした。仕方しかたがないからるべく食事中しよくじちゆうはなしをして、めて手持無沙汰てもちぶさた隙間すきまだけでもおぎなはうとつとめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
酒を飲まないで、さかなを突っついて手持無沙汰てもちぶさたであった。スキ焼があらわれても、胃の加減でうまくも何ともなかった。天下に何が旨いってスキ焼ほど旨いものは無いと思うがねと田中君が云った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唇にえみを帯びたのは、半ば無意識にあらわれたる、心の波を、手持無沙汰てもちぶさたに草書にくずしたまでであって、崩したものの尽きんとする間際まぎわに、崩すべき第二の波の来ぬのをわずらっていた折であるから
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
広い寄席よせの真中にたった一人取り残されて、楽屋の出方でかた一同から、冷かされてるようなものだ、手持無沙汰てもちぶさたは無論である。ことさら今の自分に取っては心細い。のみならずあわせ一枚ではなはだ寒い。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葬式が出る間際まぎわになって、僕は着物を着換えさせられたまま、手持無沙汰てもちぶさただから、一人縁側えんがわへ出て、あおい空をのぞき込むようにながめていると、白無垢しろむくを着た母が何を思ったか不意にそこへ出て来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
活躍のは一句にして挨拶あいさつと紹介をかねる。宗近君は忙しい。甲野さんは依然として額を支えて立ったままである。小野さんも手持無沙汰てもちぶさたに席に着かぬ。小夜子と糸子はいたずらに丁寧なつむりを下げた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小六が引き移るまでは、こんな結果が出ようとは、まるで気がつかなかったのだからなおさら当惑した。仕方がないからなるべく食事中に話をして、せめて手持無沙汰てもちぶさた隙間すきまだけでも補おうとつとめた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世をりのだらりとした姿の上に、義理に着る羽織のひもを丸打に結んで、細い杖に本来空ほんらいくう手持無沙汰てもちぶさたまぎらす甲野さんと、近づいてくる小野さんはへいそばでぱたりと逢った。自然は対照を好む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手持無沙汰てもちぶさたに写生帖を、火にあててかわかしながら
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我輩も少々手持無沙汰てもちぶさたである。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)