たわむ)” の例文
旧字:
後醍醐にたいしてはずいぶん俗にいう“姉さん女房”であった廉子も、親房へは、かりそめにも異議はおろかたわむれ一ついえなかった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思うておるのに、呑気のんきらしゅう不義のたわむれに遊びほうけておるとは何のことか! 見苦しい姿見とうもない! 早々に両名共追放せい!
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
身体中にしまを作った湯の河が、桃色の曲面をツルツルと、たわむれる様に滑り落ち、それを柔かい電燈の光が、楽しげに愛撫していた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
地蔵の姿を悪魔の姿と見た神尾の眼には、これは正銘の悪魔だ、悪魔のたわむれだ。悪魔の戯れにしても、これはあまり度が強過ぎる。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし、それは決して概念のたわむれではなかった。彼は少くとも真に彼自身の弱さを知り、心からへり下りたい気持になっていたのである。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
餘念よねんもなくたわむれてるので、わたくし一人ひとり室内しつない閉籠とぢこもつて、今朝けさ大佐たいさから依頼いらいされた、ある航海學かうかいがくほん飜譯ほんやくにかゝつて一日いちにちくらしてしまつた。
あかりがつくと連れの男にひそひそたわむれて居る様子は、傍に居る私を普通の女とさげすんで、別段心にかけて居ないようでもあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この程度の不思議ならば、まだこれを受け入れる力があり、驚きはするが疑う者はなく、ましてたわむれのこしらえ事と思う者はなお無かった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
祭の日などには舞台据えらるべき広辻ひろつじあり、貧しき家の児ら血色ちいろなき顔をさらしてたわむれす、懐手ふところでして立てるもあり。ここに来かかりし乞食こじきあり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と云うのは、二人とも二十まえのことであったが、ふとした魔のたわむれから、一夜山下久米八を犯してしまったのであるから。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼は眼前に犬とたわむれている、十六人の女たちを見るが早いか、頭椎かぶつちの太刀を引き抜きながら、この女たちのむらがった中へ、我を忘れて突進した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
宮部たわむれて曰く、「君何ぞそれ商骨にむ、一にここに到る」と。彼れ艴然ふつぜん刀柄とうへいして曰く、「何ぞ我を侮辱するや」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しかしそれはいずれも三十前後の時のたわむれで、当時の記憶も今は覚束おぼつかなく、ここに識す地名にも誤謬がなければ幸である。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もしかくの如き題をものしてしかも多少の文学的風韻あらしめんとするは老熟の上のたわむれなり。初学の企て及ぶ所にあらず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
見る。擾乱じょうらんを呼ぶ。刃元にうかぶ一線の乱れ焼刃。女髪剣、必ずともに、その女髪に心惹かれて、たわむれにも鯉口を押し拡げるでないぞ。よいか。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
清三は廊下の柱によりかかって、無心にたわむれ遊ぶ生徒らにみとれていた。そこにやって来たのは、関という教員であった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
危ねえ、間抜けッと、いつもの調子でやらかすと、無礼者ッ、通行の女にたわむれるとは不都合千万、それへ直れ、ピカリと来た、——親分の前だが
私はその男の寂しい笑顔を見ると、自分と珪次があんなに突き詰めて情熱を籠めて行動して来た生活が、まるで浮いたたわむれのように顧られました。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ええ、つべこべとさえずる女め、おのれら売女の分際で、武士に向って仮りにも兄嫁呼ばわり、たわむれとて容赦せぬぞ」
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「奥さん! 何うか記憶して置いて下さい! 僕には妻がありますから、家庭がありますから、貴女の危険なおたわむれのお相手は出来ませんから。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはどこからうつしたものか、彼と妻君とのたわむれが長尺物ちょうじゃくものになって、スクリーンの上にうつし出されたではないか!
(新字新仮名) / 海野十三(著)
其内外の趣意を濫用して、男子の戸外に奔走するは実業経営社会交際の為めのみに非ず、其経営交際を名にして酒を飲み花柳にたわむるゝ者こそ多けれ。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
序幕山崎街道立場たてばの場は明智の雑兵の乱暴を羽柴はしばの侍が制する処なるが合戦中の事としては、百姓が長閑気のどかに酒を呑み女にたわむるるなど無理なる筋多し。
「オイ、オイ」と三吉は自分の子供にでもたわむれるように言った。「そうお前達のように馬鹿にしちゃ困るぜ……これでも叔父さんは金鵄きんし勲章の積りだ」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神籤みくじに何の執着もなかったお延は、突然こうして継子とたわむれたくなった。それは結婚以前の処女らしい自分を、彼女におもい起させる媒介なかだちであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
メリーは前の飼主のことを思い出しているのではなかろうかとひがんだことを考えたりしていると、メリーは私の気持を察したかのように私にたわむれかかり
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
さまざまとおたわむれのようすなので、ご本意もはかりかねて、当惑いたしました……さきほど鶴鍋などとおっしゃいましたが、伺っておりますところでは
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
流れの落ち込みに、自然のままに山女魚や岩魚がたわむれている。人ずれしない魚は、誰の鈎にもたやすく掛かる。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
うみは、人間にんげんはなしなどは、みみにはいらないように、ほがらかなかおをして、わらっていました。そしてしろなみは、ちからいっぱいではしっているふねのまわりでたわむれていました。
船の破片に残る話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これほどの事件が起こっても、建物の中で酔い乱れ、たわむれている人々にはわからなかったと見え、無数の建物から無数の人声が、陽気に華やかに聞こえて来た。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四、五間向うに、数羽のひなとともにたわむれている雷鳥、横合よこあいから不意に案内者が石を投じて、追躡ついじょうしたが、命冥加いのちみょうがの彼らは、遂にあちこちの岩蔭にまぎれてしまう。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
白布しろぬのにておおうたる一個の小桶こおけを小脇に、柱をめぐりて、内をのぞき、女童のたわむるるをつつ破顔して笑う
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は、このたわむれにこたえる方法を知らなかつた。彼は、いつまでも、無感覚をよそおうよりほかなかつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
五時より六時の間なりしが例の如く珈琲館にてたわむたるに、衣類もむさくるしくあやしげなる男一人いちにん
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
自己の経験をかえりみて百年があいだ胡蝶こちょうとなって花の上にたわむれてのち驚きめたるごとく言った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
氏は国民の団結を造りて、これが総代となり、時の政府に国会開設の請願をなし、諸県に先だちて民衆の迷夢を破らんとはなしぬ。当時母上のたわむれに物せし大津絵おおつえぶしあり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
故作家と生前、特に親交あり、いま、その作家を追慕するのあまり、彼のたわむれにものした絵集一巻、上梓して内輪うちわの友人親戚間にわけてやるなど、これはまた自ら別である。
一夜の遊女にたわむれるなぞというのではなく、軽率な感傷に豪毅ごうきな精神を忘れたあげく、いっそあの女とこの土地に土着してしまったら痴呆ちほうのように安楽であろうと考えるのだ。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
年来としごろ大内住うちずみに、辺鄙いなかの人ははたうるさくまさん、かのおんわたりにては、何の中将、宰相などいうに添いぶし給うらん、今更にくくこそおぼゆれ」などと云ってたわむれかかると
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人の仲の好い成人おとなが、子供の片言のようなことをしゃべり合って、何時間もの長い間、笑ったりたわむれたりしている風景こそ、おそらく真にフェアリイランド的であったろう。
そうして最早もはや、スッカリ原始生活に慣れ切っている久美子と、四人の子供達が、澄み切った真夏の太陽の下で、丸裸体まるはだかのまま遊びたわむれている姿を、そこいらのトド松の蔭から
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は彼が純粋な生活に入ろうとすればするほど、利己的な工夫や感傷的なたわむれやこざかしい技巧がいよいよ多くの誘惑と強要をもって彼を妨げるのを痛感しなければならない。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
心にかなう男もないまま、ただひたすらに芸道にのみおもいを浸し、語りものの中の男女の情けのたわむれは、おのが想いをのみ込ませて、舞台の恋を真の恋と思いならして居りましたゆえ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
曇った秋の午後のアプスは寒く淋しく暗みわたっていた。ステインド・グラスから漏れる光線は、いくつかの細長い窓を暗くいろどって、それがクララの髪の毛に来てしめやかにたわむれた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
事の起りは電車の中で無頼漢が婦人にたわむれかゝったのであります。堀尾君は言葉穏かに注意したのです。ところが相手は浮浪無頼の徒ですから、好い幸いに喧嘩を売りかけました。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
にん少女おとめたちはややしばらくみずの中で、のびのびとさも気持きもちよさそうに、おさかなのようにおよかたちをしたり、小鳥ことりのようにかたちをしたりして、余念よねんなくあそたわむれていましたが
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園丁えんていのように花の中を歩き廻った。湿った芝生に抱かれた池の中で、一本の噴水が月光を散らしながら周囲の石と花とにたわむれていた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それはホンのたわむれに過ぎなかった。まさか石が人語を発しようとは思わなかった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
その間に裸の人(童子?)のさおさしている宝船が、精巧な台と小さな仏をのせて静かに浮かんでいる。水のなかにはまた蓮花に乗ったり下りたりして手をあげてたわむれている童子がある。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
快いさわやかな風が、地上をさまよって、あらゆるものをそよがせながら、しかもざわつかせるほどではなく、適度にさやさやとたわむれていた。わたしは長いこと、山や森を歩き回った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)