こわ)” の例文
一週間の間、ルイザは風邪かぜをひいて室にこもった。クリストフとザビーネとは二人きりだった。最初の晩は、二人ともこわがっていた。
こわい、と思いだしたら居たたまれぬようなものがある。ここは名からして羅刹谷であり、多くの死者が眠っている鳥部野とりべのもほど近い。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怨死うらみじにじゃの。こう髪をくわえての、すごいような美しい遊女おいらんじゃとの、こわいほど品のいのが、それが、お前こう。」と口をゆがめる。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
叱られるのがこわかったり、今更云い出しにくかったりして、誰も気が付かないのをいゝ事に、何処迄も知らん顔で済ましてしまう。
一向いっこう人も来ないようでしたからだんだん私たちはこわくなくなってはんのきの下のかやをがさがさわけて初茸はつたけをさがしはじめました。
二人の役人 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「もうすぐ空襲が始るそうですが、こわいですわね。」と梶の妻が云うと、「一機も入れない」と栖方は云ってまたぱッと笑った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「あいつらの言うことを全部信用しちゃいけませんぜ。なにせ笞がこわくて少し頭が変になっているんだから。たとえば、ここのこの男が」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
行きは、よいよい帰りはこわい、と子供のころうたう童謡どうようがあります。あの歌のように人生、行きと帰りとではずいぶん気持がちがうものです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「そのとおり。——おかみさん。太夫たゆう人気にんきたいしたもんでげすぜ。これからァ、んにもこわいこたァねえ、いきおいでげさァ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
宇治橋のお三の間で眺めた月は——といいたかったが、それは誰と見たときかれるのがこわくって、お雪は、ふっと、口をつぐんでしまった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
もうかれとても自家おのれの運命の末がそろそろこわくなって来たに違いない。およそ自分の運命の末を恐がるその恐れほど惨痛さんつうのものがあろうか。
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
外見はちょっとこわらしいが、これも案外親切ものでね。お前さんさえうんといったらそれこそ二人で可愛がって、堪能させるのは受け合いだ。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
世間の猫はコソコソ忍び足で近づいては、油断を見済まして引攫ひっさらうものだが、二葉亭の猫は叱られた事がないからこわいという事を知らない。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
人に、君は幽霊と妖怪とどっちがこわいといって聞くと大ていは幽霊の方がこわい、妖怪はむしろ可愛い気分があると答える。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
やぶや松林のうちつづく暗い峠道でも、巳之助はもうこわくはなかった。花のように明かるいランプをさげていたからである。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
しかしながらこわいもの見たさというたとえのとおり、私はこわごわそッと目をいてみました。すると、ああ、なんという不思議なことでしょう。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたしは犬の娘じゃない、おおかみの娘だよ。お前さんたちは六人だが、それが何だね。お前さんたちは男だ。そしてあたしは女さ。だがこわかないよ。
坊主の娘だという一番年嵩としかさの、顔はこわいが新内は名取で、歌沢と常磐津も自慢の福太郎が、そういう時きっと呼ばれて、三味線しゃみせんくのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
指端ゆびさきの痛くなるほど力を入れてそれをはずし、雨戸へ手をかけたが、得体えたいの知れない怪物が戸の外に立っているような気がするので、こわごわ開けた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
するとお宮は、「おうこわい人‼」と、呆れたようにいって蒲団の端の方に身を退いて、背後うしろじ向いて私の方を見た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お京から、おれは、オンテレ・メンピン、女房がこわいのじゃろう、といわれたことがあるが、このとき、おれは考えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
富の分配の不平等に社会の欠陥を見て、生産機関の公有を主張した、社会主義が何がこわい? 世界のどこにでもある。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
細木夫人はその瞬間、自分の方をにらんでいる、一人の見知らぬ少女の、そんなにもこわい眼つきに驚いたようだった。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
べつに、彼の自殺がこわかったのではない。くどくどと思いつづけながら、突然、それとは無関係な、全身のひきしまるようなある理解がきた。そうだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
すーっと落ちていく。とてもこわいんだ。あんな時、石ころでも棒ぎれでもいいから、手にしっかり握りしめていたら、そんなに恐くないかも知れないよ。
といいましたが、にいさんはなんともわないので、おんな横面よこッつらると、あたまがころりとちました。それをると、おんなこわくなって、しました。
後に俳句の研究者になってどんな新しい方面に足を踏み込むか、その事を考えてみるとこわいような心持がする。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かたなの手品だけに見物人は男がおも、女子供は数えるほどしかいない中に、こわらしい浪人頭がチラホラ見える。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
夕飯がすんで寝る頃になると、ヒョウヒョウと細い鳴き声が次第に屋敷のまわりへ近づいてくる。幼い私は、その声をきくとこわさに祖母の膝へしがみついた。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
手を振り声を潜め眼を円くして、古城で変な足音の聴えた事や、深林に怪火あやしびの現われた事など、それかられへとたくみに語るので、娘達はこわければ恐い程面白く
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
わたしもいつかたのまれてそんなのをかえしたことがあるけど、子達こたちはみんな、どんなにんでなおそうとしても、どうしてもみずこわがって仕方しかたがなかった。
森君は大人のような智慧ちえがあって、何だかこわいけれども、一方ではとても優しい所があるから僕は大好だいすきだ。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「それはそうかも知れませんが、しかし幾程いくら免職になるのがこわいと言ッて、私にはそんな鄙劣ひれつな事は……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こんな不気味な島の、暗闇の中で、ひょっとして、あなたが、実はお前を愛していないのだなんて、おっしゃりはしないかと思うと、私はもうこわくてこわくて……
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そんなに、実家おさとを恋しがらなくてもいゝよ。親一人子一人のお父様に別れるのはさびしいだろう。が、何も心配することはないよ。わしこわがらなくってもいゝよ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、林太郎はおっかさんに会いたい一心いっしんから、もうあぶないこともこわいことも忘れてしまったのでした。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
こわいものを持っているぞ、これ見ろ、この長い刀をよく見ろ、伊達に差しているのではないぞ、抜けるのだぞ、抜けば斬るのだぞ、貴様のようなでぶといえども
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、二人でこわがっておりますと、誰か来て戸をたたく音が聞えました。「はてな、今時分」と、ついと私は立って参りまして、表の戸を明けて見れば——一面のやみ
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
樹に近く来るとその人全身しびれるほど怖ろしくなり銃を放ち能わず一生にかつてこんなこわい目に遭った事なしと(一八九四年十二月『フォークロール』二九六頁)
何しろ相手はあの調子のこわもてでくるしよ。ことわるにことわれず、村の者と一応相談してからというて戻って来ただよ。これ、どうしたらええかねえ。仙太郎さ?
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
少し誇張して言えば、私は外へ出ても無駄むだだという以上に出るのが何かこわかった。といって、部屋にとどまっていても、そのうち精神が統一されようとも思われない。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
四季しき押通おしとほあぶらびかりするくらじま筒袖つゝそでつてたまのやうなだと町内ちやうないこわがられる亂暴らんばうなぐさむるひとなき胸苦むなぐるしさのあまり、かりにもやさしうふてれるひとのあれば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わたしは自分の読者に会ったことはなかったけれど、なぜかわたしの想像では、不愛想な疑ぐりぶかい人種のように思えましたね。わたしは世間というものがこわかった。
初めは餘りに何もかにもが澄んでしんとしてゐて、生きて息をしてゐるのは自分ばかりで、自分の存在だけが際立つてゐて、こわいやうだが、次第にその世界にも慣れて來る。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
人手に渡すなどということはできるものでない。こんなにこわい気がするほど荒れていても、お父様の魂が残っていると思う点で、私はあちこちをながめても心が慰むのだからね
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今太郎いまたらう君は我知らず、かう叫びました。それは、かね/″\潜水夫たちに聞いてゐた、海の底に住むいろ/\の怪物のうちで、一番こわがられてゐる大蛸おほだこの仕業と分つたからです。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
はてこわいな。お前に恨まれたらば眠くなって来た。と善平はそのまま目をふさぐ。あれお休みなさってはいやですよ。私は淋しくっていけませんよ。と光代は進み寄って揺り動かす。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
爺さんは少しく不本意の気味で「いや、御泣きか、なに? 爺さんがこわい? いや、これはこれは」と感嘆した。仕方がないものだからたちまち機鋒きほうを転じて、小供の親に向った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その犬をなだめるのに大変な騒ぎで、エリスはこわがって、まっ蒼になっていました。
私はもう初め首の落っこって来た時から、こわくて恐くてぶるぶるふるえていました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)