おそろ)” の例文
その陶器やきものが自分の所有になった気がしないといったあの猶太ユダヤ人の蒐集家サムエルと同じものを新吉は自分に発見しておそろしくなった。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
閉め切つた小さな黒いドアの列が兩側につゞくのが、ちやうどおそろしい『ブリュービアドの城』か何かの廊下のやうに見えるのだつた。
従来これまでに無い難産なんざんで、産のが附いてから三日目みつかめ正午まひる、陰暦六月の暑い日盛ひざかりにひど逆児さかごで生れたのがあきらと云ふおそろしい重瞳ぢゆうどうの児であつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
ロレ 手前てまへこそは、力量りきりゃういっ不足ふそくながら、ときところ手前てまへ不利ふりでござるゆゑ、このおそろしい殺人ひとごろしだいばん嫌疑者けんぎしゃでござりませう。
あざやかな眸に滴るものはぱっと散った。表情はとっさに変る。殺すと云う言葉はさほどにおそろしい。——その他の意味は無論分らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私はまた不思議な物でも通るかと思つて悚然ぞっとした、おばあさん、此様こんところに一人で居て、昼間だつておそろしくはないのですか。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
唇の色だけが赤くて、その初老の女をおそろしい形相にしていた。雪に反射して険しいほど強い色であった。朝の陽がまともに照りつけている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ところが、アンヌはその事実からおそろしい発明を企てゝゐる。それは人間の有つてる香気にほひから新しい香料を取らうとする事だ。
おそろしさの行止まりで、声を立てるだけの力もなかった。それが私の門までくると、くぐり戸のわきに私をおろして、すぐに見えなくなったのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
仕舞ひければ寶澤もともして歸りぬ彼盜取かのぬすみとりし毒藥はひそかに臺所のえんの下の土中どちうへ深くうづめ折をまつて用ひんとたくむ心ぞおそろしけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
時には三月みつき、酒屋、米屋、家賃に窮するからで、彼はシルシ半纏ばんてんがいちばんおそろしいのは、東京の四方八方に転々彼を走らせるいくらでもない借金が
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
己はまだこの世の土にかじり付いていたいのだ。お前に逢うてのおそろしさに、己のばくが解けてしまった。どうやらこれからは本当に生きて見られそうな。
わたしが行き合って止めでもしなかったらどんな事になったか知れやしない、思い出してもおそろしい事だとおっしゃったよ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
幾尋いくひろともなき深淵ふかきふちの上にこのたなをつりておき一条ひとすぢなはいのちをつなぎとめてそのわざをなす事、おそろしともおもはざるは此事になれたるゆゑなるべし。
朝早く来る人がないだけに、ホテイ・ホテルの誰かなのかもしれないと、そのまゝ立つて扉を開けると、思ひがけなく伊庭がおそろしい顔をして立つてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
人間の幽霊では心細いが、雛様の幽霊が出て、それが手毬であったのは美しいばかりで少しもおそろしい事はない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
が、父と兄との沈黙は、それは戦いの後の沈黙でなくして、これからもっとおそろしい戦いに入る前の沈黙だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今まではただおぞましいおそろしいとのみ思っておりました足軽あしがる衆の乱波らっぱも、土一揆つちいっき衆の乱妨も檀林巨刹だんりんきょさつの炎上も、おのずと別のまなこで眺めるようになって参ります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
のんべえ ものんべえ もおそろしいのんべえ がありました。そのいへでは、それがために一ねんの三百六十五にちを、三百にちぐらゐはかなら喧嘩けんくわつぶすことになつてゐました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
聴衆は自分よりも具眼ぐがんの士であると、かれらを信じてかかれば、かえっておそろしくなくなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
源氏の上着などをそっと持って来た女房もおそろしがっていた。宮は未来と現在を御悲観あそばしたあまりに逆上のぼせをお覚えになって、翌朝になってもおからだは平常のようでなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ハハハハ、ピストルなんて、持手によっては、そんなにおそろしいもんじゃありませんよ
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの人があんな門付に出るまで零落おちぶれるということはない筈、あゝおそろしや/\又も狸か狐にだまされた日にゃア、再び伯父様に顔合せることが出来ないというもの、それにしても訝しい
御気分が悪いと仰って、早く御休みになりましたが、その晩のように寝苦しかったことも、夢見の悪かったことも、今までに無いおそろしい目に御出逢なすったと、翌朝になって伺いました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あのふか山岳さんがくおくには屹度きつとなにおそろしいものがひそんでゐるに相違さうゐないとかんがへた。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
それは、この巣の主が、この乱暴者のために自分の巣をうかがわれている事を知って、それをひどおそろしがってその日から巣も卵も捨ててどこかへ逃げてしまいはしないかと思ったからであった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
死のまへに啜泣すすりなきせるつやもなくおそろしきこゑ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
偉大な情𤍠じやうねつおそろしい直覚とをもつ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
うるわしくもおそろしきは浮世なれ
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大人おとなには貧乏がおそろしく見える。子供には、尚更のことだ。子供は、勤勉な、働く、尊敬すべき貧乏に就いてあまり知らない。
それでは何らの功果こうかもないかと云うと大変ある。劇全体を通じての物凄ものすごさ、おそろしさはこの一段の諧謔かいぎゃくのために白熱度に引き上げらるるのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ロミオ なに、追放つゐはう! 慈悲じひぢゃ、死罪しざいうてくだされ。謫竄さすらへとなるはぬるよりもおそろしい。追放つゐはううてくださるな。
宗十郎夫婦はその前は荻江節おぎえぶし流行はやらない師匠ししょうだった。何しろ始めは生きものをいじるということがみょうおそろしくって、と宗十郎は正直に白状した。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
矮身せいひくで、おそろしく近眼ちかめな、加之おまけに、背広のせなをいつも黄金虫こがねむしのやうにまろめてゐた良人をつとに、窮屈な衣冠を着けさせるのは、何としても気の毒であつた。
神楽かぐら獅子舞ししまいなどにも、東北ではヲカシといい、関西では狂言太夫きょうげんだゆうというものが附いていて、あのおそろしい面をかぶったものに向かって茶かそうとする。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今まではただおぞましいおそろしいとのみ思つてをりました足軽あしがる衆の乱波らっぱも、土一揆つちいっき衆の乱妨も檀林巨刹だんりんきょさつの炎上も、おのづと別のまなこで眺めるやうになつて参ります。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
その頃まだ十七の真珠のように、清浄な祖母の胸に、異性のやさしい愛情の代りに、異性の醜い圧迫やおそろしい慾情などが、マザマザと、刻み付けられた訳でした。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かくて紺屋こんや七兵衛かくれゐたる戸棚とだなよりはひいで、さてもおそろしきものを見つる事かな、いかに法師なればとてよくぞ剃刀かみそりをあて玉ひたる、たゞ見るさへおそろしかりき
その代りまた危険も生じますわけで、おそろしい話が伝えられております。海もまた同じことです。今お話し致そうというのは海の話ですが、先に山の話を一度申して置きます。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かなしいことが次々に思いだされた。彼の悲劇はあたらしかった。自害した父親の心境が判るような気がした。そこまで思い到ると彼にはもうおそろしいものは何も無かった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
すごいように荒れた邸に小人数で暮らしているのであったから、小さい人などはおそろしい気がすることであろうと思われた。以前の座敷へ迎えて少納言が泣きながら哀れな若草を語った。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
首吊りの姿が、少しもおそろしくもみにくくも見えないのです。ただ美しいのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と慾というものはおそろしいもので、あくる日は日の暮れるのを待っていました。
つぶまだとしゆかぬ若者なれどおそろしき酒飮もあるものと思ひお前さん其樣に飮れますかときゝければ半四郎は微笑ほゝゑみナニ一升や二升は朝飯前にやりますと云に亭主はあきはて又五合出せしに是をもたゞちのみて飯を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私はあなたの肉体を考えるのがおそろしい、あなたに肉体がなければよいと思われて仕方がない、私の肉体も忘れて欲しい。そして、もう、私はあなたに二度と会いたくない。誰とでも結婚して下さい。
『だつて、貴方は少許ちつとも身体を関はないんですもの。私が随いて居なければ、どんな無理を成さるか知れないんですもの。それに、斯の山の上の陽気——まあ、私は考へて見たばかりでもおそろしい。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あと見りゃおそろしい、先見りゃこわい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おそろしい威風を持つた機関車は
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ロミオ ではカピューレットのむすめか? おゝ、おそろしい勘定狂かんぢゃうくるはせ! おれいのちはこりゃもうかたきからの借物かりものぢゃわ。
ふと気がつくと、こみ合つた人通りのなかを、おそろしく沢山な書物を抱へ込んでとぼとぼと歩いて来る男がある。