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然るに恋愛なる一物のみは能く彼の厭世家の呻吟しんぎんする胸奥に忍び入る秘訣を有し、しくも彼をして多少の希望を起さしむる者なり。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
男ならば何人もしき感動の心にしむを感ぜずには読めないような、女ならば何人も嘆息ためいきなしには読めないような一節——であった。
乾雲坤竜ふたたび糸を引いてか、乾を帯した栄三郎と、坤を持した丹下左膳、それは再びしき出会いであったと言わなければならぬ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
目が空ろだったし、顔色が蝋の様に透通っていたので、それは大理石に刻んだ、微笑せるそこひ(盲目のしき魅力)の聖母像であった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この樹のしき根によりて誓ひて曰はん、我はいまだかく譽をうるにふさはしかりしわが主の信に背けることなしと 七三—七五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ロオザは弟の手術を讚め、マリアも亦その恩惠をたゝへたり。マリアの云ふやう。目しひなりし時の心の取像しゆざうばかりしきはし。
現代生活を描いた小品的な構成のうちに、この作者の人間愛と新鮮な感覚とが人を魅了する。美しくもしき音楽劇である。
露子つゆこには、それらの楽器がっきだまっているのですが、ひとつひとつ、いい、しいたえな、音色ねいろをたてて、ふるえているようにえたのであります。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わけても中山さまは若手のお目きき、ひと目ににせものとお見破りなさりましたが、人の世のまわり合わせはまことにしきものでござります。
今尚ほきのふの如く覺ゆるに、わきを勤めし重景さへ同じ落人おちうどとなりて、都ならぬ高野の夜嵐に、昔の哀れを物語らんとは、怪しきまでしき縁なれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「ほう……叡山の東谷へ移られるか。しき縁じゃ。兄は、叡山の大衆より、法魔仏敵のそしりをうけて追われてゆくに」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と襟を圧えて俯向うつむいて、撥袋を取って背後うしろに投げたが、留南奇とめぎの薫がさっとして、夕暮のしき花、散らすに惜しき風情あり。辰吉は湯呑を片手に
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
喜作の最後に就いては、当時猟友として行を共にしてしくも生命を助かった上高地の庄吉が詳しく物語ってくれる。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
文学に精進する女性のしき運命の中にまきこまれ、かの女とゝもに、まゝならぬ人生のけはしい道をたどるより外はなくなるでせうとおもひます。
一葉の日記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
彼は、しきめぐりあいをとげた愛息あいそく隆夫のうつろな霊魂をみちびきながら、ようやくこれまで登ってきたのである。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しき因縁いんねんまとわれた二人の師弟は夕靄ゆうもやの底に大ビルディングが数知れず屹立きつりつする東洋一の工業都市を見下しながら、永久にここにねむっているのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてこのしき家の内部を知るものはただ永久に、蜘蛛くもねずみとだけかも知れないわけである事をおしむのである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それにしても、たった一つの最初の想出おもいでがあった。あとにもさきにもない、一度きりの、しき縁ではあった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
してみれば、あの狂女と、この少年の間に、何かしき因縁いんねんがあるに違いない。そこで白雲も妙な心持になり
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いよいよ自殺を決心した以上、今更、未練がましい言葉をつらねるのも気恥かしいが、思えば、君と僕とは何というしき運命のもとに置かれたのであろう。
ある自殺者の手記 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
この花園のしき美の秘訣ひけつを問わば、かの花作りにして花なるひとり、一陣の秋風を呼びて応えん。「私たちは、いつでも死にます。」一語。二語ならば汚し。
くまでも昨日きのふしき懊惱なやみ自分じぶんからはなれぬとしてれば、なにわけがあるのである、さなくていまはしいかんがへ這麼こんな執念しふね自分じぶん着纒つきまとふてゐるわけいと。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
我をつかさどるものの我にはあらで、先に見し人の姿なるをしく、怪しく、悲しく念じ煩うなり。いつの間に我はランスロットと変りて常の心はいずこへかうしなえる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この芳子を妻にするような運命は永久その身に来ぬであろうか。この父親を自分のしゅうとと呼ぶような時は来ぬだろうか。人生は長い、運命はしき力を持っている。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
むせ返るような前夜の幻に酔っていた。けわしくにらんでいるその奥で見る者の心をぎゅっと捕え、底知れぬやみの世へ引っさらって行くようなしくも甘い目つき。
鉄道の土堤をあるいているとき、わたしは自分の影のまわりの光りのくましく思い、自分が選ばれた者の一人であるかのように想像したくなることがよくあった。
あなたは私と毛沼博士とのしき因縁については、あら方御存じだと思います。二人はごく近い所に生れ、大学を卒業し教授となるまで、全く同じ道を通って来ました。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
これが頽廃した文明から逃れんとした一ヨーロッパ人が、東洋の孤島で夢みた涅槃ねはんだったのである。そしてゴーガンはしくも仏陀ぶつだおしえをひそかにあこがれているのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所がしくも本紙記事が機縁となって判明した。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ゆがんだ燭台しょくだいに立っているろうそくの燃えさしは、しくもこの貧しい部屋の中に落ち合って、永遠な書物をともに読んだ殺人者と淫売婦いんばいふを、ぼんやりと照らし出しながら
そは只しき夢を見るべく運命づけられた人間のあこがれの幻影で、愛は美酒うまざけの一場の酔に過ぎないことは、千古の鉄案として動かせないのであるが、我れ感じ、我れ生きて
愛人と厭人 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
長順 (舞踊の間に黒き法衣を脱ぎ華美なる姿となる)あれ、南蛮寺の中にしき響きがしておぢやるわ。(奥よりゆきて)あの響ぢや、あの響ぢや。わがこがるるはあの響ぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
我らのユーザ・サヨ・サマーレをかえって中尉並びにロゼリイス姫に托することとなりましたしき運命の変転に、無量の感慨をいだきつつ、この再度の書翰を結ぶことといたします。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
山国の深さを思わせるような朝雲が、見あげる山の松のこずえごしにしく眺められた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女の弱き心につけ入りたもうはあまりにむごきお心とただ恨めしく存じ参らせそろわらわの運命はこの船に結ばれたるしきえにしやそうらいけん心がらとは申せ今は過去のすべて未来のすべてを
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まして、こゝ、灯はくらし、某々劇場の花ランプさへ、幻に、しくも美しい。
偶感一束 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
勿論それはあとで書くことと前後して、わたしも妹だと知ったあとゆえ驚きはしなかったが、わたしはこれから、このしき姉妹と卓をかこんで、打解けた物語をしたあらましを書いて見よう。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
やま半腹はんぷく以上いじやう赤色せきしよく燒石やけいし物凄ものすごやう削立せうりつしてるが、ふもとかぎりもなき大深林だいしんりんで、深林しんりん中央ちうわう横斷わうだんして、大河たいか滔々とう/\ながれて樣子やうす其邊そのへん進行しんかうしたら隨分ずいぶんしき出來事できごともあらうとおもつたので
しからじ、願ふは極秘ごくひ、かのしきくれなゐの夢
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しくもあるかな、蝋石らふせきの壁に這ひゆく導線だうせん
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「自然」のしき作用をお感じになるのです。
しきおそれの滿ちわたる海と空との原の上。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
到底彼の企て及ばざりししき一曲。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しき光のうをを抱かんとす。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
名のれ名のれしき處女をとめ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
御靈みたまにもゆらぎて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
しきいくさふゆ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづるしき力によりて、昔の愛がその大いなる作用はたらきを起すを覺えき 三七—三九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
フルヰアの老媼おうなはテレザの髮とその藏め居たりしジユウゼツペの髮とを銅銚どうてうに投じて、しき藥艸と共に煮ること數日なりき。
ああ思ひきや、西土せいどはるかにくべかりし身の、こゝに病躯びやうくを故山にとゞめて山河の契りをはたさむとは。しくもあざなはれたるわが運命うんめいかな。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)