反古ほご)” の例文
居室へやかへつてると、ちやんと整頓かたづいる。とき書物しよもつやら反古ほごやら亂雜らんざつきはまつてたのが、もの各々おの/\ところしづかにぼくまつる。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その側には食い掛けた腸詰や乾酪かんらくを載せた皿が、不精にも勝手へ下げずに、国から来た Figaroフィガロ反古ほごかぶせて置いてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さる大身の養子になることになったので、お類との約束を反古ほごにし、お類はそれを悲しんで自害したのだといううわさも伝わりました。
反古ほごを、金の如くのべて、古画を臨摹りんぼする。ほそぼそとともる深夜のかげに、無性髯ぶしょうひげの伸びた彼の顔は、芸術の鬼そのものである。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山に誓い、海に誓い、神ほとけに誓っても、それは傾城けいせい遊女の空誓文と同じことで、主人がそれを反古ほごにするのは何でもないのである。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
青木さんは留守にそこの押入なぞを掃除なすつたと見えて、梯子段を上つたところに、反古ほごや不用の雑誌なぞが寄せ集めてあつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
臥床ふしどの跡を見、媼が經卷珠數じゆずと共に藏したる我畫反古ほごを見、また爐の側にて燒栗を噛みつゝ昔語せばやとおもふ心を聞え上げぬ。
書いた反古ほごだの、日記だの、種々いろいろ書き残したものを見る機会もあって、長い年月の間私は北村君というものをスタディして居た形である。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はそれを見る度見る度に針を呑むやうな呵責かしやくの哀しみを繰返す許りであつた。身を切られるやうな思ひから、時には見ないで反古ほごにした。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そうすると、ちょうど荷物の包み紙になっていた反古ほご同様の歌麿うたまろ広重ひろしげが一躍高貴な美術品に変化したと同様の現象を呈するかもしれない。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
兄弟三人ともお習字の会に入っていたので、手習てならいにつかった半紙の反古ほごがたくさんあったから、これに糊をつけて、二重三重に眼張をした。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
現に水戸の彰考館しょうこうかんに蔵する大日本史の草稿はやはり反古ほごを用いある由、かつて実見せし友人の親しく余に物語りしことである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
しかもこのおれを疑ぐってる。はばかりながら男だ。受け合った事を裏へ廻って反古ほごにするようなさもしい了見りょうけんはもってるもんか。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
泥のついた手を反古ほごでふきながら、暮方になったらきっと入れて呉れとたのんでも行われない事を思うといやな気持がする。
夜寒 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかるに、南風競はず、北朝の勢、益々隆んなるに及び、父の遺言を反古ほごにし、半生の忠節に泥を塗りて、ついに賊に附したり。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
その上に琉球唐紙からかみのような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙ちりがみにでも浅草紙にでも反古ほごの裏にでも竹の皮にでもおりふたにでも何にでも描いた。
あとで人の迷惑になりそうな反古ほご類を破って、一度には処分せずある物は焼き、また水へ投げ入れさせなどしておいおいに皆なくしていった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大掾はうちへ帰ると一部始終を話して、女房かないに鄭重な挨拶をした。するとお高さんの顔が急に反古ほごのやうに皺くちやになつた。
またたとえお給金のことがなくとも、——一旦こうと約束した以上、反古ほごにして逃げるなどという卑怯ひきょうな真似はできませぬ
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
築地本願寺畔の僑居きょうきょに稿を起したわたしの長篇小説はかくの如くして、遂に煙管キセルやにを拭う反古ほごとなるより外、何の用をもなさぬものとなった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は亜米利加アメリカより法学士の免状を持ち帰りし名誉をかえりみるのいとまだになく、貴重の免状も反古ほご同様となりて、戸棚の隅にねずみの巣とはなれるなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
その道の人に見てもらったら、わかりましょうが、あんまり安いものですからね。反古ほご同様の値段で買って来て、表装を
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
切端きれっぱし反古ほごへ駄菓子をつまんで、これが目金だ、万世橋を覚えたまえ、求肥ぎゅうひ製だ、田舎の祭に飴屋が売ってるのとはたちが違う、江戸伝来の本場ものだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
悪くしてまで、おれから頼んで入れておいた証文なのだから、反古ほご同然なのだ。口をきく証文ではねえのだから——
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
同時に手紙が来て、戸棚の隅を整理したら、反古ほごにまじってこの絵が出て来たから君にあげると書いてあった。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
兄が何か反古ほごそろえて居る処を、私がドタバタ踏んで通った所が兄が大喝たいかつ一声、コリャ待てとひどしかり付けて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
五山盛時の写本の字を想わしめるすこし右あがりの速い書体で、庫裡くりの障子までことごとくその反古ほごであった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かくして得送らぬ文は写せしも灰となり、反古ほごとなりて、彼の帯揚にめられては、いつまで草の可哀あはれや用らるる果も知らず、宮が手習はひさしうなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
『好い氣味だ。ざまを見ろ。とう/\自分の爲た事をすッかり反古ほごにしてしまやがつた。』と斯う思ひました。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
一日後れりや、屑屋くづやの手に渡る所なんで——大切な原稿を間違へて、反古ほごの中へ入れちやつたてなことで
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
これらの悪策士がいたために、天皇が神明に誓われた、五箇条の誓文は、一片の反古ほごとなった。そうして、天皇をして、神明への背信者とならしめたのである。
父との約束を反古ほごにしようとするとき、父がもし何とか反対することがあってはという心配から、その時の用意にと、叔父の破約はやくの味方になってくれるように
千「いゝえわたくしは気が附きませんでございました、何だか私の袂に反古ほごのようなものが入って居ましたが、私は何だか分りませんで、丸めて何処どこかへ棄てましたよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
漁夫達は、彼や学生などの方を気の毒そうに見るが、何も云えない程ぐッしゃりつぶされてしまっていた。学生の作った組織も反古ほごのように、役に立たなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「友達関係からなんですがね。何か深い約束があったとみえて、まるで兄弟のようにしていましたっけ、その友達の永峯ながみねってのが、約束を反古ほごにしたらしいんですよ」
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
どさくさに紛れてほかの人間の手に渡って反古ほごにされるような事があったら大変と気が付きますと、何でも自分の手に奪い取っておきさえすれば安心と思いましたから
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
致させしに夜具衣類迄姑女の着たるは格別かくべつ垢染あかじみも爲ず綿なども澤山に入てあり又菊が分はたゞ今夫に着て居る外は何一ツなきがされども破れたる骨柳こり一ツあり其中に反古ほご
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あっ! やられた、束は上の一枚と一番下のほかは巧みに見せかけた西洋紙の反古ほごに過ぎなかった。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
私は二十五まで満足に勤めたら暖簾のれんを分けてやると言はれ、遺言状にも記載されてゐたが、私にとつては幸か不幸か、そんなものは直ぐ一片の反古ほごにも値しなくなつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
それらは、訴訟の新段階には持ちこむことが許されぬという理由で、差戻されたのであり、値打ちのない反古ほごなのだ。それでも訴訟はまだけときまったわけではない。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そしてその紙帳というのは、祝詞のりと文の反古ほごつないだものに渋を塗ったのですが、偶然にも高代という二字が、頭と足先に当る両方の上隅に、同じよう跨っているのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして左側には硯に筆を添え、それと並べて反古ほごのような紙の巻いたのを置いてある。また足許あしもとには焼火したらしい枯枝の燃えさしがあって、糸のような煙が立っている。
矢張り否応いやおうなしに苦しい痛恨こんちりさんを頼りに踏んで来たものにちがひない。たとひそれは皺くちやな、何の反古ほごか知れない程の紙であらうと、あの人はとに角それに堪へたのだ。
東山——父がきめてくれた許嫁いいなずけの約束も、僕が貧乏だからというので反古ほごになるんですね?
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
かつてこの縁談がまとまつた時、わたしは娘を呼んで、「これで二度とは帰つて来るな。この上はわたしを頼るな」さう云つて聞かせた。それが兎に角こんなに早く反古ほごになつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
さては先日せんじつ反古ほご新聞しんぶんしるされてあつた櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその帆走船ほまへせんとの行衞ゆくゑなどがあだか今夜こんやこの物凄ものすご景色けしき何等なにらかの因縁いんねんいうするかのごとく、ありありとわたくし腦裡のうりうかんでた。
ドウダンツツジの葉と、背向きになって、あおい地紙に、あかっちゃけたが交ったようだ、何枚も、何枚も、描き捨てられた反古ほごのような落葉が、下に腐って、半ば黒土に化けている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
未完成の草稿そうこうを焼き捨てるとか、湖中へ沈めるとかいう考えも浮ばないではなかったが、それほど華やかな芝居気しばいぎさえなくなっていて、ただ反古ほごより、多少惜しいぐらいの気持ちで
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
水死人は社会的の現象としては、極くありふれた事である。新聞社に居る啓吉はよく、溺死人できしにんに関する通信が、反古ほご同様に一瞥いちべつあたえられると、直ぐ屑籠くずかごに投ぜられるのを知っている。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
抱一ほういつの画、濃艶のうえん愛すべしといへども、俳句に至つては拙劣せつれつ見るに堪へず。その濃艶なる画にその拙劣なる句のさんあるに至つては金殿に反古ほご張りの障子を見るが如く釣り合はぬ事甚だし。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)