勿論もちろん)” の例文
勿論もちろん疲れた眠い顔や、中にはずいぶん緊張した顔もあるにはあったろうが、別にそれがために今のように不愉快な心持はしなかった。
電車と風呂 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
T君は勿論もちろん僕などよりもこう云う問題に通じていた。が、たくましい彼の指には余り不景気には縁のない土耳古トルコ石の指環ゆびわまっていた。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうちにようやく経の用意も出来たので本堂へ案内されたが、来てみると、ここは一層寒いうえに、勿論もちろん火鉢も座蒲団ざぶとんもなかった。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
勿論もちろん、一種の玩具おもちゃに過ぎないのであるが、なにしろ西郷というのが呼び物で、大繁昌であった。私などは母にせがんで幾度も買った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
此の決闘の原因が自分にあることを彼女は勿論もちろん知って居た。が、彼女はいて責任を感じまいと努めた。強いて無関心で居たかった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぼくおもふに、いつたい僕等ぼくら日本人にほんじん麻雀マージヤンあそかた神經質しんけいしつぎる。あるひ末梢的まつせうてきぎる。勿論もちろんあらそひ、とらへ、相手あひてねら勝負事しようぶごとだ。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
是を果して知るみちがまったく無いかどうか。そういうことを自分は考えている。勿論もちろん直接に是を書いて伝えようとしたものは少ない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
窓外は勿論もちろん何にも見えなかった。鷲尾はやがて手帳を出して、二三枚ちぎりながら別れてきた末弟へてて、手紙を書き始めた——。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
これがためには相手の感情の如きは勿論もちろん、何を犠牲に供するもいとわぬというその心持、その態度そのものが全く神学者のそれである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
わたしゑりかぶつてみゝふさいだ! だれ無事ぶじだ、とらせてても、くまい、とねたやうに……勿論もちろんなんともつてはません。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
床は勿論もちろん椅子いすでもテーブルでもほこりたまっていないことはなく、あの折角の印度更紗インドさらさの窓かけも最早や昔日せきじつおもかげとどめずすすけてしまい
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓からは線路に沿った家々の内部なかが見えた。破屋あばらやというのではないが、とりわけて見ようというような立派な家では勿論もちろんなかった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
シベリアの氷の平原を開発することを一つの使命としたソヴィエトの科学者たちは、勿論もちろん永久凍土層の研究にも十分な力を注いだ。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
何の前触まえぶれもしてなかったことだし、停車場には勿論もちろん誰も出迎えに来てはいなかったので、私達はすぐ駅前のくるまに乗ってホテルに向った。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
間もなく又一人、前よりも美しい娘が入来って枕頭に水入の銀瓶と湯呑ゆのみとを置いて行くのであった。これも勿論もちろん小笠原流であった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
教師が媒酌人となるは勿論もちろん、教師自から生徒をめとる事すら不思議がられず、理想の細君の選択に女学校の教師となるものもあった。
封建時代は勿論もちろんのこと、明治時代に入ってさえも、我々の国の若者たちは、全くその「青年の日」の自由と楽しみを奪われていた。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
勿論もちろん青年社会の思想というのは。(戸を叩く音す。)はてな。ロイトホルド君かも知れない。お這入んなさい。ああ。そうだった。
火山かざん地震ぢしん安全瓣あんぜんべんだといふことわざがある。これには一めん眞理しんりがあるようにおもふ。勿論もちろん事實じじつとして火山地方かざんちほうにはけつして大地震だいぢしんおこさない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
一応その素姓すじょうを物語ってみると、ここに子鉄と呼ばれている当人は、有名なる侠客、会津の小鉄でないことは勿論もちろんだが、さりとて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勿論もちろんあま正直しょうじきにはつとめなかったが、年金ねんきんなどうものは、たとい、正直しょうじきであろうが、かろうが、すべつとめたものけべきである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
勿論もちろんいま境涯きやうがいとてけつして平和へいわ境涯きやうがいではないが、すでにはら充分じゆうぶんちからがあるので、すぐよりは餘程よほど元氣げんきもよく、赫々かく/\たる熱光ねつくわうした
勿論もちろん僕らの家でも客があると折々は日本料理の間へ西洋料理の一品二品をまぜる事もあるし、あるいは全く西洋料理にする事もある。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
鼻にかけて我々を見下し不孝の事のみ多く其上下女などに不義ふぎ仕懸しかけ何一ツ是ぞと云取處とりどころなく斯樣かやうの者に家を渡す事は勿論もちろん忠八にいとま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
勿論もちろん解らんので御座いますとも。私自分で自分が解らんくらゐで御座いますもの。然し貴方も間さん、随分お解りに成りませんのね」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
勿論もちろん一方ではさうした自身を、情なく思ひ乍らも。——で、自分では飽くまで今の生活を、許され得るものと、思ひ込んでゐたのだつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
僕は日本人として、勿論もちろんすこぶる当惑と羞恥しゅうちを感じ、せめて黒色ガラスの服を与へられたいと抗弁これ努めたが、無駄であつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
勿論もちろん都会生活が田園のそれと同一でなく、夫婦共稼ぎの事情をことにしているから、我輩はすべてに対してこれを可なりとするのではない。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
若し、ここで私をひどく驚かした者が無かったなら、私はそこで丁字路の角だったことなどには、勿論もちろん気がつかなかっただろう。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
濃いから上等で薄いから下等と云う評価のつけられる訳のものでは勿論もちろんない如くごうも作物を高下する索引にはならないのである。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同級生の誰とも親しく口をきかなかったのは勿論もちろん、その素人しろうと下宿の家族の人たちとも、滅多めったに打ち解けた話をする事は無かった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
勿論もちろんこの場合雇い入れるとしても、それは「臨時工」だし、それに国家「非常時」ということを名目としてドシ/\臨時工を使うことは
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
京見台へ上つて眼界がどう開けるかは未だ知るわけもなかつたが、今しがたの白白とした野路も、勿論もちろん見えさうな気がしてならなかつた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
慶三は或晩あるばんそよとの風さえない暑さに二階の電気を消して表の縁側は勿論もちろん裏の下地窓をも明放ちお千代と蚊帳の中に寝ていた時
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
感情に本づく事は勿論もちろんにて、ただうつくしいとか、綺麗きれいとか、うれしいとか、楽しいとかいふ語をくると著けぬとの相違に候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
或る時は彼れを怒りっぽく、或る時は悒鬱ゆううつに、或る時は乱暴に、或る時は機嫌よくした。その日の酒は勿論もちろん彼れを上機嫌にした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いつ頃からであるかといますと、それは勿論もちろん古い時代にもいくらかずつはあったに違いありませんが、歴史の上で最も目立っているのは
ジェームズ・ワット (新字新仮名) / 石原純(著)
勿論もちろん端艇から先ず射撃したので、これに応戦したのではあるが、土佐の士卒は初からフランス人に対して悪感情をいだいていた。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
試にある好事家こうずかの望に因りて、両座の楼門をくらべ評せんに、大薩摩やら大道具やら衣裳やら、勿論もちろん銭目かねめだけの事はありて、明治座を勝とす。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
道化は喉にひっかかるような呻声うめきごえと共に胸を押えてよろよろと、奇術用の卓子テーブルへよろけかかった。観客は勿論もちろん、それも芝居だと思っていた。
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
するとみんなは勿論もちろんと思って早速養鶏をはじめる。大きな鶏やひよっこや沢山たくさんできる。そこで我々は早速本業にとりかかると斯う云うのだ。
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
勿論もちろん、一流のお客さんたちは、評判になったの顔も知らないとあっては恥辱はじとばかりに、なんでもかんでも呼んで来いということになる。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
家族の者達を愛していることは勿論もちろん。そうして自らこの中で安心して老い朽ちて行く自分を私は瞼をとじて観念しているのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あなたも同じ高知県なので、勿論もちろんお逢いできると思い、慌てて道を歩き交通巡査じゅんさしかられるほどの興奮の仕方で出席しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いや勿論もちろん、これには御主おんあるじ擁護おうごもあらうて。自分じぶんふことは、兎角とかく出放題ではうだいになる、胸一杯むねいつぱいよろこびがあるので、いつもくちからまかせを饒舌しやべる。
思えば、この事件が、源吉を、恐ろしい轢殺鬼れきさつき(?)に誘導する第一歩だったのだ。といっても、勿論もちろん、口に出していえることではなかった。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
口惜くやしい時に遣る彼の癖である。金が欲しい為めでは勿論もちろんない。男の意地で掛った仕事であった。彼は此失敗で思い止まる事は出来なかった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
私は、その方の事は、何もおたずねいたしませんでした。勿論もちろん、そうした事は失礼と、存じていたからでございます。しかし
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
「何分守衛が発見してすぐ訴えないものだから、指紋は勿論もちろん、何の証拠になるようなものもない」路々友は語った。「守衛は大丈夫らしいね」
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
勿論もちろん父は真面目にこんな事を言うのだとは思わない。が如何に父が酔って居ても其儘に笑って済ますことは出来ぬと思った。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)