五月さつき)” の例文
さわやかな五月さつきの流が、あおい野を走るように、瑠璃子は雄弁だった。黙って聴いていた勝平の顔は、いかり嫉妬しっとのために、黒ずんで見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして処々に一かたまりの五月さつき躑躅つつじが、真っ白、真っ赤な花をつけて、林を越して向うには、広々と群青ぐんじょう色の海の面がながめられます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
玉虫 五月さつきの習い、また雨となったか。これ、宗清、お身は行手をいそぐ身でもあるまい。こよいは一と夜逗留し、晴れ間を待って出立しや。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一期一会 もはや、五月さつきの空には、あの勇ましい鯉幟のぼりが、新緑の風を孕みつつ、へんぽんと勢いよく大空を泳いでいます。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
悪しきを見過ぐすものからじ。弱きもの詮無し。照る日に、このあかきに、何づる、人びと。五月さつきの、白雲のいゆきしづけ松むら、その姿思へや。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
これは土佐でも住吉でも、自由にはめられる、五月さつき日本のいさぎよさだが、鎌倉といふところに鰹の意義がある。
初かつお (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
十軒店の五月さつき人形が、都大路を行く人に、しばし足を留めさせる、四月も十指を余すに近いある日のことだった。
ある人の言葉に、ほととぎすはいて天主台のほとりを過ぎ、五月さつきの風は茅渟ちぬ浦端うらわにとどまる征衣を吹いて、兵気も三伏さんぷくの暑さにみはてた、とある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時はふるき暦の五月さつきにさへあれば、おのが時たゞいまと心いさみて、それよりのな/\目もあはず、いかで聞きもらさじとまちわたるに、はかなくて一夜ひとよは過ぎぬ。
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
百枝もゝえ刺し生ふる橘、玉に五月さつきを近み、あへぬがに花さきにけり、毎朝あさにけに出で見る毎に、気緒いきのをに吾がふ妹に、まそかゞみ清き月夜に、たゞ一目見せむまでには
浮標 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
とぼけてになれ、そのみゝつてみゝづくのかげになれ、とかしてゐると、五月さつきやみがあつし、なみおと途絶とだゆるか、かねこえず、しんとする。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
風はやわらかに吹いてゐた。五月さつきの空は少し濁ツて、眞ツ白な雲は、時々宛然さながら大きな鳥のやうにゆるやかに飛んで行く。日光は薄らいだり輝いたり、都ての陰影いんえいは絶えず變化する。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一ツ残りし耳までも扯断ちぎらむばかりに猛風の呼吸さへ為せず吹きかくるに、思はず一足退きしが屈せず奮つて立出でつ、欄をつかむで屹とにらめばそら五月さつきの闇より黒く
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
巻八(一四六五)に、藤原夫人ふじわらのぶにんの、「霍公鳥ほととぎすいたくな鳴きそ汝が声を五月さつきの玉にくまでに」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
素袷すあはせさむき暁の風に送られて鉄車一路の旅、云ひがたき思を載せたるまゝに、小雨ふる仙台につきたるは五月さつき廿日の黄昏時たそがれどきなりしが、たゞフラ/\と都門を出で来し身の
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
田のあぜ、街道の両側の草の上には、おりおり植え残った苗の束などが捨ててあった。五月さつき晴れには白いまゆが村の人家の軒下や屋根の上などに干してあるのをつねに見かけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
江戸の町が青葉でつゞられて、薫風くんぷう五月さつきの陽光が長屋の隅々まで行き渡るある朝のこと
石の巻の町に入るすぐ手前の畑に今でも「蛇田」といふ名所がある。「……五十八年の夏五月さつき荒陵あらはか松林まつばやしの南の道にあたりて、忽に二本ふたもと櫪木くぬぎ生ひ、路をはさみて末合ひたりき」
大へび小へび (新字旧仮名) / 片山広子(著)
南ボルネオの山林に、メルクシ松をたづねて歩いた時の山野の思ひ出が、また瞼にかけめぐつて来る。バンヂャルマシンの町で見た、五月さつき信子の、慰問の芝居なぞがなつかしかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
上に言うた通りわが邦でタツというはもと竜巻を指した名らしく外国思想入りて後こそ『書紀』二十六、斉明さいめい天皇元年〈五月さつき庚午かのえうまついたちのひ空中おおぞらのなかにして竜に乗れる者あり、かたち唐人もろこしびとに似たり
……鹿は鹿の子の『か』と読ませるつもりだそうだから、すると『五』は五月さつきの『さ』。こりゃあ、わけはない。すると『大』はこの筆法で、大臣おとどの『お』かな、それとも大人うしの『う』かな。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「この意味から僕は女婿たることを絶大の名誉と考えて、橘会の会長をやっています。五月さつきまつ花たちばなの香をかげば、昔の人の袖の香ぞする。これが橘会袖の香組の名称のよって来る所以ゆえんです」
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ちょうどこの駒形堂から大河を距てて本所ほんじょ側に多田の薬師やくしというのがありましたが、この叢林やぶがこんもり深く、昼も暗いほど、時鳥など沢山巣をかけていたもので、五月さつきの空の雨上がりの夜などには
こもり居にしふの歌ぬくねたみ妻五月さつきのやどの二人ふたりうつくしき
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
五月さつきたちばなの花も実もついた折り枝が思われた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
山杜鵑やまほととぎす若葉に啼く晴々しい五月さつきの頃となった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
五月さつきやみ名をあらわせるこよいかな
笠島やいづこ五月さつきのぬかり道 芭蕉
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
江戸っ子は五月さつきの鯉の吹き流し
昔の言葉と悪口 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
ときはいまあめ下知したし五月さつきかな
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
えんなりや、五月さつきたちける。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
笠島かさじまはいづこ五月さつき泥濘ぬかり
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
夕ぐれ五月さつきの闇をふかみ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
輝く戦果 五月さつき晴れ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
即ち五月さつきの初旬、所謂る降りみ降らずみ五月雨の晴間なきゆうべ、所用あって赤阪辺まで出向き、その帰途かえり葵阪あおいざかへ差掛ると、生憎に雨は烈しくなった。
河童小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五月さつきの雨が濁った波の上へ来た。岸本は側へ来て立つ牧野と並んで、二人で甲板の上から海をながめて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我背子が国へましなばほととぎす鳴かむ五月さつき佐夫之家牟サブシケムかも (巻十七。三九九六)
『さびし』の伝統 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
明智光秀も信長を殺す前には愛宕へまいって、そして「時は今あめが下知る五月さつきかな」
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大きな門柱から鉄柵てつさく蜿蜒えんえんつらなって、その柵の間から見えるゆるやかな斜面スロープの庭にははるかのふもとまで一面の緑の芝生の処々に、血のように真赤まっか躑躅つつじ五月さつきが、今を盛りと咲き誇っています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
なほ其人そのひとこひしきもらく、なみだしづんでおく月日つきひに、らざりしこそをさなけれ、うへきをかさねて、宿やどりしたね五月さつきとは、さてもとばかなげふしてなきけるが、いまひとにもはじものおもはじ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いやはてに鬱金うこんざくらのかなしみのちりそめぬれば五月さつきはきたる
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
君を思ひ昼も夢見ぬ天日てんじつの焔のごとき五月さつきの森に
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
赤葉の芽ぐみ物ゆる五月さつきの丘の
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ときは今あまが下知る五月さつきかな
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
時はいまあめが下知る五月さつきかな
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
えんなりや、五月さつきたちける。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
この五月さつき野の夕ぐれ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
かれは足音もしないように表へ出て、その姿は五月さつきの闇に隠されてしまった。それを見送って、お徳はほっとした。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紹巴もこの人にはかなわない。光秀は紹巴に「あめが下しる五月さつきかな」の「し」の字は「な」の字といわれたが、紹巴はまたこの公には敵わない。毛利が神主にもあらばこその一句は恐ろしい。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
五月さつき晴れのうららかに晴れた青空の下を、馬にも乗らぬ娘二人に案内されて、四頭のたくましい馬のいる馬小屋を見て——そのうち栗毛の馬だけは、今父親が乗って行って留守でしたが、もちろんこれらは
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)