風体ふうてい)” の例文
旧字:風體
その風体ふうていや挙動が奇怪であるのは云うまでもない、更に奇怪を感ぜしめたのは、彼が誰よりも先に颶風や潮を予報したことであった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
細い釘店くぎだなの往来は場所がらだけに門並かどなみきれいに掃除されて、打ち水をした上を、気のきいた風体ふうていの男女が忙しそうにしていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
古い背広に山羊髥やぎひげ、不精な長髪、なんとなく尾羽打枯おばうちからした風体ふうていですが、いうことは妙に皮肉で虚無的で、そのくせ真剣さがあります。
何だか頭脳あたまがボッとしていた。叔父や兄貴の百姓百姓した風体ふうていが、何となく気にかかった。でもいやでたまらぬというほどでもなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おもしろい風体ふうていのお百姓ができあがりました。わたしはほおかむり、しりはしょりで、ももひきもはいていません。それに素足ですよ。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は棒のようにせたたくましい風体ふうていをしていた。生れつき色白な皮膚に渡世のしみがまだらに浮んでいた。相当の年輩に達しているのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「さやうでございますよ、年紀としごろ四十ばかりの蒙茸むしやくしや髭髯ひげえた、身材せいの高い、こはい顔の、まるで壮士みたやうな風体ふうていをしておいででした」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それから、またしばらくの後、或る日私が仕事場で仕事をしていると、一人の百姓のような風体ふうていをした老人が格子戸こうしどけてたずねて来ました。
前に立つのは、印半纒しるしばんてんに、鼠羅紗ねずみらしゃの半ズボン、深ゴム靴、土木請負師うけおいしといった風体ふうてい、だが、こんな老いぼれ請負師ってあるものだろうか。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なかの一人が上がりはなへ出て見ますと、予期に反して、御岳みたけごもりの行乞ぎょうこつか、石尊詣せきそんまいりの旅人らしい風体ふうていのものが格子の外に立っている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「アッ。月島の渡船わたしに乗ったんだね。成る程成る程。その時にアンタと一緒に乗っていた二人の男の風体ふうてい記憶おぼえているかね」
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
長蔵さんは教育のある男ではあるまいが、自分の風体ふうていを見て一目いちもくかたるべからずと看破するには教育も何もったものではない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いやな風体ふうていな奴があとから附けて来ましたから、盗賊どろぼうだと思いましたゆえ、逃げ出す途端に、貴方あなたぶつかりまして、何とも申訳がありません
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
夏の炎天えんてんではないからよいようなものの跣足すあしかぶがみ——まるで赤く無い金太郎きんたろうといったような風体ふうていで、急足いそぎあしって来た。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
つぶれた鼻に、いびつな耳、一目でボクサアとわかる、その男は、あまりにも、みすぼらしい風体ふうていと、うつろなひとみをしていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一寸ちょっと書き添えたいのですが、私はどういうものか子供の時から、あの捉えどころのないような味と風体ふうていで人をらすような蒟蒻が大好物でした。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
難船した水夫のように、そこの浜辺で、空間的にも時間的にも手近かにありあわせた物を身につけ、おたがいの風変りな風体ふうていをあざ笑っている。
男は洋服を着た魚屋さかなやさんとでもいった風体ふうていであり、女はその近所の八百屋やおやのおかみさんとでも思われる人がらであった。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
つとの事で薩摩屋敷へ着き、大山(綱良)さんに逢つて、龍馬等は来ませんかと云ふとイヤまだ来ないが其の風体ふうていは全体どうしたものだと云ふ。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
相手は百姓らしい風体ふうていの男である。見れば鶏の生きたのを一羽持っている。その男が、石田を見ると、にこにこしてそばへ寄って来て、こう云った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
よく見ると、黄いろい顔をした妙な風体ふうていの男が、長いひげをひっぱりながら、こっちをむいてあはははと笑うのである。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「一人は風体ふうていから察するに、一方の大将でした。路傍に倒れていましたから駈け寄って見ると、もう首がありません」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
下駄で、前垂まえだれがけの、縞物しまものの着つけの人ばかりの町だ。かわった風体ふうていのものが交ったって目にもはいりはしない。
そのつぎに出あった、漁師りょうしらしい風体ふうていの人を見ると、魚をくれたのはこの人かと思い、用心しいしい、頭をさげた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
働いている女中は、みんな日本髪で、ずっこけ風に帯を結び、人生のあらゆるものにびくともしないような風体ふうていに見える。うらやましい気持ちであった。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
旦那さん悪さをしてはいけまへんといったのは、吾々われわれ風体ふうていを見て万引をしたとう意味だから、サア了簡りょうけんしない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、下宿の女将のウイルドハアゲン婆さんは、二人があまり貧弱な風体ふうていをしているので、はじめ部屋を見に来た時から、そう言って断るつもりだったのだ。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
しかし扉をあけて、アカーキイ・アカーキエウィッチのその風体ふうていを見ると思わずたじたじと後ずさりをした。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
笠をかぶって、右の風体ふうていで大和路を歩いて行く。誰が見ても渡り者の長脇差、そのくらいにしか見えない。
ずばりと余計なら黙っても差置きますが、旅空なり、御覧の通りの風体ふうてい。ちゃんと云うて取って下さい。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その上にも彼の奇妙な風体ふうていを完全にするために、フリント船長が彼の肩に棲って意味もない船乗の言葉をいろいろでたらめにべちゃべちゃしゃべり散らしていた。
それは震災ぜん新橋の芸者家に出入していたと云う車夫が今は一見して人殺しでもしたことのありそうな、人相と風体ふうていの悪い破落戸ならずものになって、折節おりふし尾張町辺を徘徊はいかい
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
サエは小使いだと思ったらそうではなく、そういう風体ふうていでそのへんにハタキをかけたり、椅子を動かしたり動きまわっているのは、制服の上衣をぬいだ巡査であった。
鏡餅 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大言壮語する風体ふうていに似ず、女性的な面も多分にあつて、自分でその洋服の手入れもすれば、肌着なぞの洗濯もしよつちゆうしていつも小綺麗なものを身体につけてゐた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
この女の物ごし風体ふうていはどうしても良家りょうかの子女じゃない、女優のあがりか歌妓げいしゃのあがりである、それに一人でおると云うのは、旅にでも来ているのか、それともと考えて
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこの築地ついじを向うにはずれた藪だたみのところに、見るから風体ふうていの汚ないいち人の非人が、午下ひるさがりの陽光を浴びて、うつらうつらとその時迄居眠りをつづけていましたが
「いまさっき枕崎の立神館から電話がありもしてな。あなたの人相風体ふうていなど説明して——」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
風体ふうていからおすと、ひとくちに『山売やまうり』といわれる、あの油断のならない連中らしかった。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
古来スピイスブルク市で見たことのない、馬鹿げた風体ふうていの男である。顔の色は煙草のやうに黄いろい。鉤のやうな形の大きい鼻をしてゐる。目玉は黄いろい大豌豆のやうである。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
目の前なる、三十歳近くの、蕎麦屋の出前持らしき風体ふうていの男、水際にて引きつ引かれつ相闘ひし上、二尺ばかりのを一本挙げたりしが、観衆たちまち百雷の轟く如き声して「万歳」を叫べり。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
この比よりは、さのみにこまかなる物まねをばすまじきなり。大方似あひたる風体ふうていを、安安やすやすとほねを折らで、脇のして(仕手)に花をもたせて、あひしらひのやうに、少少すくなすくなとすべし。
主人あるじ帰りきたりしかば、こうこうと物語りしに、主人あるじ色を変じて容貌風体ふうていなどをただし、それこそ今日きょう手にかけたる女なり、役目とは云いながら、罪作りの所為わざなり、以来は為すまじき事よと
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
そして、自分ながら阿呆あほうな訊ねようだと思ったが、もし京都からかくかくの風体ふうていの者で病気の静養に来ている者がこの辺の農家に見当らないであろうかと問うてみたが、それもやっぱり
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「泊めてもらうって——宿屋かね。」と車夫は提灯の火影ほかげに私の風体ふうていを見て
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
ジロジロと私の風体ふうていを視廻して、膝を突いて、母の顔を見ながら、「誰方どなた?」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私と園さんは異様な風体ふうていのまま食堂に闖入ちんにゅうし、パンとハムエグスか何かでそこそこに朝飯を済ませサンドウィッチを作らせた上、人夫を引具ひきぐし、勇ましくも(!)雲仙の第一峰に向け出発した。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
風体ふうていによりて夫々それ/″\の身の上を推測おしはかるに、れいるがごとくなればこゝろはなはいそがはしけれど南無なむ大慈たいじ大悲たいひのこれほどなる消遣なぐさみのありとはおぼえず無縁むえん有縁うえんの物語を作りひとひそかにほゝゑまれたる事にそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
デミトリチは彼等かれら厨房くりや暖炉だんろなおしにたのであるのはっていたのであるが、きゅうなんだかそうではいようにおもわれてて、これはきっと警官けいかんわざ暖炉職人だんろしょくにん風体ふうていをしてたのであろうと
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
奇妙な風体ふうていをして——例えば洋服の上に羽織を引掛けて肩から瓢箪ひょうたんげるというような変梃へんてこ扮装なりをして田舎いなか達磨茶屋だるまぢゃやを遊び廻ったり、印袢纏しるしばんてん弥蔵やぞうをきめ込んで職人の仲間へ入って見たり
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
『千載集』の風体ふうていはそうした隠者文芸的地盤の上に支えられている。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)