ぼたん)” の例文
「怪しいと思うのは、あの梟の眼だ。あれは押しぼたんになっているに違いない。君を傍へ連れてゆくから、ちょっとしてみてくれないか」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
又名優タルマの持物であつた外套用の大きなぼたんを見せて「これは自分に気持がよいからエジプ王に扮する場合に何時いつも用ひて居る」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ぼたんを握った死体と、啼く蜆と、舌足らずの女房と、この俺と、それは醜悪な構図だ。醜悪だけれども俺は其処で生きて行こう。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼は、上から二つ目のぼたんの横に残った白粉の残りを、長いこと消さずにおくことにきめた。僕がそれを注意したら、彼は幸福そうに微笑んだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
新一は望月少佐に何かささやいておいて、門の扉を開き格子戸に近づくと、柱の電鈴ベルぼたんを三度、妙な調子をつけて押した。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
巡査はだまれと言わぬばかり、わたくしの顔をにらみ、手を伸していきなりわたくしの外套のぼたんをはずし、裏を返して見て
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こんな小さなうちだって、これはたとえば、電気のぼたんだ。ひねる、押すか、一たび指が動けば、横浜、神戸から大船が一艘いっぱい、波を切って煙をくんだ。喝!
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学習院の平素ふだんの制服といふのは、ぼたんのない詰襟つめゑりのホツクどめだが、加之おまけに帽子の徽章きしやうが桜の花になつてゐるので、どうかすると海軍士官に間違はれる。
手に取ってみて小首をかしげていたが、彼自身のみに解る何等かの証跡を発見したらしく下女を呼ぶ電気ぼたんを押した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
遠くまなこを微茫の底に放つて、幾點の紅燈に夢の如く柔かなる空想をほしいまゝに醉はしめたるは、制服のぼたんを眞鍮と知りつゝも、黄金こがねと強ひたる時代である。
京に着ける夕 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
男の子の洋服の袖や胸のあたりにさまざまなぼたんが、勲章のように幾つもくっついていたのをミネは思い出した。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
表面は平和な客船に見えてゐるけれど、艦長が電気ぼたんを一つ押せば、たちまち武装いかめしい軍艦に変るのだ。
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
たとえば手ぬぐいは羽織のかくしに入れ、金入れは股引ももひきのかくしに入れ、時計は胴着のかくしに入れて鎖をぼたんの穴に掛けるというふうに。履物はきものも変わっている。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は車道の隅から車の前を突然突切ろうとしたので、車夫はこれを避けたが、彼女の破れた袖無しにぼたんがなかったため、風に煽られて外に広がり、梶棒かじぼうに引掛った。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
中々マントの内ポケットにジッとしてなんかいないんだから袋の口をぼたんで止めとかなくちゃならん。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二重𢌞はしのぼたんをかけながら、旦那は向うをむいたまゝでかう言つた。お光はぎよツとしたが
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
だから、その晩にも、かれはひとりで必死になって上衣を脱いだり、パンツや、シャツのぼたんをはずしたり、寝衣ねまき着更きかえたり、帯を結んだり、寝床にころがったり、眠ったりした。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
と、猫の鼻先へ鰹節かつおぶしでもぶら下げた様に、何の期待もなかった彼の前へ一人の紳士が現われた。中年の男で相当整った身なりを見せて居た。併も外套がいとうと上着のぼたんすべて外れた儘で居た。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
胸衣チョッキの一番下のぼたんを隠すほどに長い白髯はくぜんを垂れ、魂の苦患くげんが心の底で燃えくすぶっているかのような、憂鬱そうな顔付の老人であるが、検事の視線は、最初からもう一枚の外紙の方に奪われていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ふとってはいるがむしろ小男の部だ。その代り腹ばかり太鼓たいこのようにふくれている。ビールの招牌かんばんにありそうな便々とした腹を持っていて普通の洋服ではぼたんが合わん仕立屋がズボンの仕立に閉口する位だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
と、彼女は、七宝側の時計をのぞいて、ぼたんの下へかくしながら
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒い街角を曲る時などにふとあの外套の感触や黄色いぼたんのことを想い出したが、かえってさばさばした清々しい気持がした。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
博士は大隅の覚醒かくせいに、なんの愕きの色もあらわさなかった。そして躊躇ちゅうちょするところもなく、オメガ光線をさえぎってあるシャッターのぼたんに手をかけた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と往来でぼたんをはずすと——(いま買ものをするのを待つと云った)——この男の従姉いとこだという、雪国の雪で育った、色の抜けるほど白い、すっきりとした世話女房
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
適当な場所に粟粒あわつぶ程のぼたんまでつけてあるし、娘の乳のふくらみと云い、腿のあたりのなまめいた曲線と云い、こぼれた緋縮緬ひぢりめん、チラと見える肌の色、指には貝殻かいがらの様な爪が生えていた。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
瀬戸物せとものぼたんいた白木綿しろもめん襯衣しやつて、手織ておりこは布子ぬのこえりから財布さいふひもたやうななが丸打まるうちけた樣子やうすは、滅多めつた東京とうきやうなど機會きくわいのないとほやまくにのものとしかれなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
大森氏は同じ主義から、どんな酷暑の候でも、官吏は簡単な服装をしてはならないといふので、洋服のぼたん一つ外した事がない。この意味から詰襟などは巻煙草シガレツト刻煙草きざみたばこと一緒に大嫌ひである。
葉巻の煙にせて、ネクタイを引きゆるめて、チョッキのぼたんを外して、鼻眼鏡をかけ直して、その一声ごとに、室中へやじゅうの空気が消えたり現われたりするかと思う程徹底的に仰ぎつ伏しつ笑い続けた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
がくれの茶亭の下へ、さてあがって、ズボンのぼたんをはずす男もいる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
初めて寛斎の目に映るその西洋人は、羅紗らしゃの丸羽織を着、同じ羅紗の股引ももひきをはき、羽織のひものかわりにぼたんを用いている。手まわりの小道具一切を衣裳いしょうのかくしにいれているのも、異国の風俗だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
老栓は応えて上衣うわぎぼたんめながら手を伸ばし
(新字新仮名) / 魯迅(著)
そこで呼び鈴のぼたんを軽くおした上、なかに入っていった。それは勝手知ったる主治医の家であったから。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
俺は涙を流しながら、ヒイヒイと笑いつづけた。終点につくまで俺は腹の皮の痛くなるほど笑いつづけていた。俺の外套からぼたんがひとつなくなっているじゃないか。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あッと云って、真前まっさきに縁へげた洋服は——河野英吉。続いて駈出そうとする照陽女学校の教頭、宮畑閑耕みやばたかんこうむなづくし、ぼたんひっちぎれてすべった手で、背後うしろから抱込んだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はかますそが五六すんしかないくらゐなが黒羅紗くろラシヤのマントのぼたんはづしながら
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
黒耀の石のぼたんをつまさぐりかたらふひまも物をこそおもへ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
橋板はしいたがまた、がツたりがツたりいつて、次第しだいちかづいてる、鼠色ねづみいろ洋服やうふくで、ぼたんをはづして、むねけて、けば/\しう襟飾えりかざりした、でつぷり紳士しんしで、むねちひさくツて
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
岩蔵としめし合わせて置いたように正門脇のかくぼたんを押すと、重い脇戸はスーッと内に開いた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と声を掛け、仕切の板に手をきて、われを呼びたるは国麿なり。ぼたん三ツばかり見ゆるまで、胸を広く掻広かきひろげて、袖をもひじまでまくし上げたる、燃立つごときくれない襯衣しゃつ着たり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぼたんびょうの頭かと思ったその小さな丸いものは、ヌルリと彼の指を濡らしたばかりだった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
古靴屋の手に靴は穿かぬが、外套がいとうを売る女の、ぼたんきらきらと羅紗らしゃの筒袖。小間物店こまものみせの若い娘が、毛糸の手袋めたのも、寒さをしのぐとは見えないで、広告めくのが可憐いじらしい。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのとき彼は、前の四角な函卓子はこテーブルの横に、小さなぼたんがあるのに気がついた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それ、湯気ゆげつたりふさつたり、ぼたんかゝつたり、みゝいたり、はないたりする。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大尉は無雑作むぞうさに門のところについているベルのぼたんをおしました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お帽子お外套というもきまりの悪いしろものがぼたんで棚へ入って、「お目金、」と四度半が手近な手函てばこすわる、歯科のほかでは知らなかった、椅子がぜんまいでギギイと巻上る……といったいきおい
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぼたんをはずして、胸を開けて、けばけばしゅう襟飾えりかざりを出した、でっぷり紳士で、胸が小さくッて、下腹したっぱらの方が図ぬけにはずんでふくれた、脚の短い、靴の大きな、帽子の高い、顔の長い、鼻の赤い
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)