袈裟けさ)” の例文
平ノ忠盛の長男平太清盛へいたきよもり(二十歳、後の太政入道)。遠藤盛遠(二十一歳、後の文覚上人)。源ノわたる(二十五歳、袈裟けさ御前の良人)。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「とに角、三浦屋のお職まで張つた女が、袈裟けさを掛けて數珠じゆず爪繰つまぐり乍ら歩くんだから、ぞうの上に乘つけると、そのまゝ普賢菩薩ふげんぼさつだ」
口の中にかう言つて、かれは僧衣ころもの上に袈裟けさをかけて、何年ともなく押入の中に空しくころがつてゐた鉄鉢てつばつを手にして、そして出かけた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
異様な微笑をもらした左膳、追いすがりに、タタタと砂をならして踏みきるがはやいか、また一人二人、うしろから袈裟けさがけに……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
袈裟けさ坊主ぼうずが必ずしも伴うものじゃない。いわゆるそうにあらざる僧も世には許多あまたある。またその代りには袈裟けさを着た俗人もまた多い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また三世勝三郎の蓮生院れんしょういんが三年忌には経箱きょうばこ六個経本いり男女名取中、十三年忌には袈裟けさ一領家元、天蓋てんがい一箇男女名取中の寄附があった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
太宗たいそう皇帝の水陸大会だいせがきに、玄奘法師げんじょうほうし錦襴きんらん袈裟けさ燦然さんぜんと輝き、菩薩ぼさつが雲に乗って天に昇ると、その雲がいつの間にか觔斗雲きんとうんにかわって
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
(云いかけて弱るを、春彦夫婦は介抱す。夜叉王は仮面をみつめて物言わず。以前の修禅寺の僧、頭より袈裟けさをかぶりて逃げ来たる。)
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
袈裟けさのように肩から胸にかけてぐるぐるからみつけられていたが、あれゃあ坊さんになったらきっと出世するというしるしかも知れないよ
上田敏博士の追悼会ついたうゑ先日こなひだ知恩院の本堂で営まれた時、九十余りの骸骨のやうな山下管長が緋の袈裟けさかぶつて、叮嚀にお念仏を唱へた。
綾地あやじの法服で、袈裟けさの縫い目までが並み並みの物でないことを言って当時の僧がほめたそうである。こんなこともむずかしいものらしい。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
文覚の袈裟けさに対するや、如何いかなる愛情をたもちしやを知らず、然れども世間彼を見る如き荒逸なる愛情にてはあらざりしなるべし。
心機妙変を論ず (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
法海和尚は「今は老朽ちて、しるしあるべくもおぼえはべらねど、君が家のわざわいもだしてやあらん」と云って芥子けしのしみた袈裟けさりだして
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一刀のもと胴斬どうぎりにされていたのもありました。袈裟けさに両断されていたのもありました。首だけをね飛ばしたのもありました。
大樹の蔭に淡黄色たんくわうしよくの僧堂と鬱金うこん袈裟けさを巻きつけた跣足はだしの僧、この緑と黄との諧調は同行の画家のカンバスに収められた。(十二月八日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
夕立雲ゆふだちぐも立籠たちこめたのでもなさゝうで、山嶽さんがくおもむきは墨染すみぞめ法衣ころもかさねて、かたむらさき袈裟けさした、大聖僧だいせいそうたいがないでもない。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
文「いや、坊主が憎けりゃ袈裟けさまでというのは人情だが、そこが文治が一同への頼みじゃ、うか気を鎮めて聞済んでくれ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
古びた色のめた袈裟けさころもに頭陀袋ずだぶくろをかけ、穴のあいた網代笠あじろがさをかぶり草鞋わらじばきで、そうしてほこりまみれという姿だった。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もちろん二十五条衣じょうえの絹袈裟けさをかけて居られましたけれども、その絹袈裟の下はチベットの羊毛のごく上等なプーツクで
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自分はおごそかなる唐獅子の壁画に添うて、幾個いくつとなく並べられた古い経机きょうづくえを見ると共に、金襴きんらん袈裟けさをかがやかす僧侶の列をありありと目にうかべる。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その日の午後二時に、三軒のお寺から坊さんが四人来て七条の袈裟けさをかけて式をはじめ、家の横の寺へ行って又式をしてから火葬場へ運びました。
こう云って肩肘を怒らせたのは、頭を青く剃りこぼち袈裟けさまとった大入道で、これぞ飛礫つぶての名人として浪人組の中にあっても相当かみに立てられる男。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
闇の中に冷雨ひさめにそぼぬれていた熊笹がガサッと、人間を袈裟けさがけに切ったような無気味な音を立てた。彼は慌てて窓を締めてカーテンを素早く引いた。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
袈裟けさは、燈台の火を吹き消してしまう。ほどなく、暗の中でかすかにしとみを開く音。それと共にうすい月の光がさす。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そう云ううちに、袈裟けさがけに斬り放された生平きびらの襟元がパラリと開いた。赤い雲から覗いた満月のような乳房が、ブルブルとおののきながら現われた。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紐を解いて敷いて、折り返してかぶれば、やがて夜のふすまにもなりまする。天竺の行人ぎやうにんたちの著る袈裟けさと言ふのが、其で御座りまする。早くお縫ひなされ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
万福寺の松雲和尚さまが禅僧らしい質素な法衣に茶色の袈裟けさがけで、わざわざ見送りに来たのも半蔵の心をひいた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「無論許してやる積りでしたが、同時に『河原、卑怯だぞ』と罵られたので、娘が立って在方の方へ向った刹那、後ろから袈裟けさがけに切りつけました」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自分は、死んだ祖母に手を引かれて堂に上ると彼方に、蝋燭ろうそくの火がゆらいでいる。其処の一段高い、天蓋てんがいの下には、赤い袈裟けさをかけた坊さんが立っていた。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一国の大寺なれば古文書こもんじよ宝物等も多し、その中に火車落くわしやおとし袈裟けさといふあり、香染かうそめあさと見ゆるにあとのこれり。
その表面ひようめんには袈裟襷けさだすきといつて、ぼうさんの袈裟けさのように格子型かうしがた區畫くかくした模樣もようをつけたものや、また流水紋りゆうすいもんといつてなが渦卷うづまきの模樣もようをつけたものもあり
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
神居古潭かむいこたんの停車場から乗車。金襴きんらん袈裟けさ紫衣しえ、旭川へ行く日蓮宗の人達で車室は一ぱいである。旭川で乗換のりかえ、名寄なよろに向う。旭川からは生路である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
坊主憎けりゃ袈裟けさまでという言葉にうなずきながら、電車に揺られていても、勘三は何も彼も面白くなかった。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
(なぜなら犯禁ぼんきんは一時の非である。愛名あいみょうは一生のるいである。)彼は一生の間帝者ていじゃと官員を遠ざかり、まだらなる袈裟けさをつけず、常に黒き袈裟裰子とっすを用いた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「薄のろめ。もうあそこに墓が見えてるじゃねえか。袈裟けさを着た坊主がしゃがんでるような格好をしてよ。」
長老はいちばん上の段に立って、袈裟けさを着けると、自分の方へ押し寄せる女たちを祝福し始めた。と、一人の『かれた女』が両手を取って前へ引き出された。
三個の青年、草庵に渋茶をせんじて炉を囲む、一人は円顱ゑんろに道服を着たり、一人は黒紋付の上に袈裟けさを掛けたり、三人対座して清談久し。やがて其歌ふを聞けば曰く
凡神的唯心的傾向に就て (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
王も都人も見物に出懸け香花こうげを供う、この巨人は誰だろうと王が言うと、一僧これは袈裟けさを掛け居るから滅心定めっしんじょうに入った阿羅漢だろう、この定に入るに期限あり
肩から背へかけて、あんぐりと走った傷の幅は一寸、長さはざっと一尺二寸、尺にも足らぬ匕首あいくちでは、切ろうにも切りようのないみごとな袈裟けさがけの一刀切りでした。
敵も味方も戦いやすい条件ではあったが、敵は不案内、信連は近よるものを廻廊に誘い寄せては一刀のもとに袈裟けさがけに斬り、壁に何時しか追いつめては胸を刺した。
自分もあのパカチのようなぐりぐり坊主になって袈裟けさを身にまとい、鼻汁をよく啜り上げる正覚禿坊主の前で、毎日毎晩数珠じゅずを首にかけて神妙に禅をくまねばならぬとは。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
肉体が疲れて意志を失ってしまったときには、鎧袖一触がいしゅういっしょく、修辞も何もぬきにして、袈裟けさがけに人を抜打ちにしてしまう場合が多いように思われます。悲しいことですね。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
発心ほっしんの由来を承りたいと云うと、やはり年老いた入道で、衣の破れたのに七条の袈裟けさをかけて看経かんきんしていたが、道行どうぎょうに痩せて顔の色は黒く、哀れなさまをしているものゝ
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この米坡が右の粂八の吾妻座興行にも加わって、粂八の盛遠の相手に袈裟けさ御前などはずいぶん思い切った芝居を見せたものですが評判は悪くなかった。これも一時のお慰み。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
法師もやがまうでなんとて、三七七芥子けしにしみたる袈裟けさとり出でて、庄司にあたへ、かれ三七八やすくすかしよせて、これをもてかしらに打ちかづけ、力を出して押しふせ給へ。
つづく二の太刀がうしろから袈裟けさがけに肩を目がけてうちおろされたが、とたんに上野介が逃げるように前へのめったので、その隙にうしろから梶川与三兵衛に抱きとめられた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
心のうちはいざ知らず、袈裟けさ枯木こぼくの身を包みて、山水に白雲の跡をい、あるい草庵そうあん、或は茅店ぼうてんに、閑坐かんざし漫遊したまえるが、燕王えんおう今は皇帝なり、万乗の尊にりて、一身の安き無し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「頂上——物の見事に、斬ってあったそうじゃ。袈裟けさがけに、一尺七寸、深さ四寸というのが、返す太刀で斬ったらしく、下から上へ斬上げてあったのは、人間業でないと、申すことじゃ」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
七つより袈裟けさかけならひ弓矢もて遊ばぬ人もいくさに死にぬ(その僧の親達に)
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
駅の食堂で、黄色い袈裟けさを着た日本の老いた坊さんが、剃りたての真蒼な頭をした小僧をつれて、巧みにナイフとフォオクを操りながらビフテキを喰べていた。それは一昨日のことであったか。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)