ひき)” の例文
老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、ひきのつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……ふと心附いて、ひきのごとくしゃがんで、手もて取って引く、女の黒髪が一筋、糸底を巻いて、耳から額へほっそりと、頬にさえかかっている。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、その独楽を睨みながら、障子の外の縁側の方へ、生垣の裾から這い寄って来る、ひきのような男があった。三下悪党の勘兵衛であった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ようやく登り詰めて、余の双眼そうがんが今危巌きがんいただきに達したるとき、余はへびにらまれたひきのごとく、はたりと画筆えふでを取り落した。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから大分県の山間さんかんの村などでは、これがまたよっぽどちがって、ひき蚯蚓みみずとのまえしょうの話ともなっているのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
縁の下、廊下、隣の書院など、そのほのかな灯影のゆれている一室の他は、すべて暗かった。徐々と、無数の眼が、ひきのようにその闇を這い寄っていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛞蝓なめくぢの匐ふ縁側に悲しい淋しいひきの声が聞える暮方近く、へやの障子は湿つて寒いので一枚も開けたくはないけれど、余りの薄暗さに堪兼ね縁先に出て佇んで見ると
花より雨に (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ひき交換とりかへたとは事實まことか? ならば何故なぜこゑまでも交換とりかへなんだぞ? あのこゑがあればこそ、いだきあうたかひなかひな引離ひきはなし、朝彦あさびこさま歌聲うたごゑで、可愛いとしいおまへ追立おひたてをる。
何うしても動かぬのでまたいで来たそうだが、吾等二人は其事を後で聞いた、暗中石坂途を命懸いのちがけで降る時には、蛇が居ようがひきが居ようが、何が居ようとそんな事どころではなかった。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
たとえば裏の竹藪たけやぶに蛇が出たとか、ひきが鳴いてるとか、ありの山が見つかったとか、うめの花が一輪いたとか、夕焼が美しく出ているとかいうようなことを、だれか家人の一人が発見すると
インバネスを着て、薄鼠色の中折を左の手に持ツて、ばつたの如くしやがんで居る男と、大分埃を吸ツた古洋服の釦は皆はづして、ひきの如く胡坐あぐらをかいた男とは、少し間を隔てて、共に海に向ツて居る。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
筆者は、その「風邪」なるものの意味がわからないので大いに泣いて駄々をねたらしく、間もなく許可ゆるされて跣足はだしで庭に降りると、雨垂れおちの水を足でたたえたりひきを蹴飛ばしたりして大いに喜んだ。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うちこぞり川にとろむひきのこゑおろかながらに春ぞふけたる
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
朝靜あさしづのつゆけき道にひき出でてあそびてぞをる日の出でぬとに
眼をつぶりたふとげのこといひたれどひきはもいでず鼠もいでず
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
長崎のしづかなるみ寺に我ぞ来しひきが鳴けるかなそといけにて
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
余が幼き時婆々様ばばさまがいたくひきを可愛がられて
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
御代の春ひきも秀歌をつかまつれ 鷺水ろすい
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ひきででもあるかな
(旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
老婆は、片手かたてに、まだ屍骸の頭からつた長い拔け毛をつたなり、ひきのつぶやくやうな聲で、口ごもりながら、こんな事を云つた。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けもの足音あしおとのやうで、までとほくのはうから歩行あるいてたのではないやう、さるも、ひきところと、気休きやすめにかんがへたが、なかなかうして。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一通の書面を内なる主人へ手渡して後も、やや久しいあいだひきのように身うごきもせずそこにひかえていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛞蝓なめくぢの匐ふ縁側に悲しい淋しいひきの聲が聞える暮方近く、へやの障子は濕つて寒いので一枚も開けたくはないけれど、餘りの薄暗さに堪兼ね縁先に出て佇んで見ると
花より雨に (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
悲劇マクベスの妖婆ようばなべの中に天下の雑物ぞうもつさらい込んだ。石の影に三十日みそかの毒を人知れず吹くよるひきと、燃ゆる腹を黒きかく蠑螈いもりきもと、蛇のまなこ蝙蝠かわほりの爪と、——鍋はぐらぐらと煮える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
猿轡をはめられ腕を縛られ、髪をふり乱した腰元のお八重が、桔梗の花の折れたような姿に、畳の上に横倒しになってい、それの横手にひきかのような姿に、勘兵衛が胡座あぐらを掻いているのであった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紐解くるひきのたまごにくろぐろと今はしみみにはずむものあり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのさびしい心もちに、つまされたのであろう、丸い目がやさしくなって、ひきのような顔の肉が、いつのまにか、ゆるんで来る。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けものの跫音のようで、さまで遠くの方から歩行あるいて来たのではないよう、猿も、ひきも、居る処と、気休めにまず考えたが、なかなかどうして。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『冬となっては、土中に眠るひきも同じじゃ。からもう意気地がのうてな、無精を、ゆるされよ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紐解くるひきのたまごにくろぐろと今はしみみにはずむものあり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それから家へ帰つて来ると、寝床の前にひざまづき、「神様、どうかあのひきがへるをお助け下さい」と十分ほど熱心に祈祷きたうをした。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あはれ其時そのとき婦人をんなが、ひきまつはられたのも、さるかれたのも、蝙蝠かうもりはれたのも、夜中よなか𩳦魅魍魎ちみまうりやうおそはれたのも、思出おもひだして、わし犇々ひし/\むねあたつた
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
武士たちは人数をふた手に分けて、大地をひきの群れのように這ってゆく。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くくみ鳴くひきのこゑきけば草ごもり夜の眼光らす田の水が見ゆ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「今あすこを通つて来ると、踏みつぶされたひきがへるが一匹向うの草の中へはひつてきましたよ。蟇がへるなどといふやつは強いものですね。」
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
親仁おやじがその時物語って、ご坊は、孤家ひとつや周囲ぐるりで、猿を見たろう、ひきを見たろう、蝙蝠こうもりを見たであろう、うさぎも蛇も皆嬢様に谷川の水を浴びせられて畜生ちくしょうにされたるやから
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひきのように、のそのそと近づいて、沓石くつぬぎへ腰をすえ、かぶっている布をると、縁にひじをつきこんで、ヘラヘラ笑った。あばた顔だが、その笑い癖は、市十郎の遠くない記憶を、ギクとよび醒ました。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くくみ鳴くひきのこゑきけば草ごもり夜の眼光らす田の水が見ゆ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それは月の光に透かして見ると、一匹のひきがへるに違ひなかつた。武さんは「おれは悪いことをした」と思つた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
親仁おやぢ其時そのとき物語ものがたつて、御坊ごばうは、孤家ひとつや周囲ぐるりで、さるたらう、ひきたらう、蝙蝠かうもりたであらう、うさぎへびみんな嬢様ぢやうさま谷川たにがはみづびせられて、畜生ちくしやうにされたるやから
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
烏羽玉ぬばたまの夜のみそかごと悲しむとひそかにひきも啼けるならじか
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
相手は、驚いて、ふり返ったが、つくも髪の、ひきつらの、厚いくちびるをなめる舌を見ると、白い齒を見せて微笑しながら、黙って、小屋の中を指さした。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
婦人おんなはものにねたよう、今の悪戯いたずら、いや、毎々、ひき蝙蝠こうもりと、お猿で三度じゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このおもひ人が見たらばひきとなれ雨が降つたらへら鷺となれ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あかじみた檜皮色ひわだいろ帷子かたびらに、黄ばんだ髪の毛をたらして、しりの切れた藁草履わらぞうりをひきずりながら、長い蛙股かえるまたつえをついた、目の丸い、口の大きな、どこかひきの顔を思わせる、卑しげな女である。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
へうへらとひきは土より音哭ねなきして春なりけりや月夜はつかに
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
藪龜やぶがめにてもひきにても……蝶々てふ/\蜻蛉とんぼ餓鬼大將がきだいしやう
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
この上にある端渓たんけいすずり蹲螭そんり文鎮ぶんちんひきの形をした銅の水差し、獅子しし牡丹ぼたんとを浮かせた青磁せいじ硯屏けんびょう、それかららんを刻んだ孟宗もうそう根竹ねたけの筆立て——そういう一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春いまだひきのたまごも田川には水泥みどろかぶりぬ搖りうごく紐
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
糸七は、ひきと踞み
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)