へそ)” の例文
「それでもおへそが大きいやろ。あんまり大き過ぎるのでれて血が出やへんかしら思うて、心配してるのやが、どうもなかったか?」
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
英雄だとか、豪傑だとかいう片輪者が、へそを曲げたとか、腰をかけたとかいう名所古蹟なんていうものを見て歩いてどうなるのです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
錢形平次の家の格子戸へ、身體ごと拳骨げんこつを叩き付けて、おへそのあたりが破けでもしたやうな、變な聲を出してわめき散らすのです。
この女は、腹をぐるりと一巻きにして、へそのところに朱い舌を出した蛇の文身いれずみをしていた。私は九州で初めてこんなすごい女を見た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
腰上にへそに似た特異の腺ある故ジコチレス(二凹の義)の学名が附けられ、須川賢久氏の『具氏博物学』などには臍猪の訳名を用いた。
水天宮の脇にある佐野屋ときけばすぐにわかりまさ、あっしの名を云って下さいよ、辰あにいにへそを曲げられるとおじゃんですからね。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
帯をしめなおして、三尺とへその間へ、シッカリとそれをしまいこんだ。ついでに、磨きかけていた十手を内ぶところへ逆に差して
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「呆れましたな。旦那のような変り種はへそ切って初めてでございますよ。まさかあっし共をからかうんじゃござんすまいね」
乳房は石のように固くなっていて、高まり切った乳首、えくぼのようなへそ、それを中心に盛り上がった、下腹部の肉づきのみずみずしさ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「何に利くかなあ。分析表を見ると、何にでも利くようだ。——君そんなに、へそばかりざぶざぶ洗ったって、出臍でべそなおらないぜ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乾くと漕ぎづらいから、自分の前の処にある柄杓ひしゃくを取ってしおを汲んで、身を妙にねじって、ばっさりと艪のへその処に掛けました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ところがその爆撃も穉児ちごどものへそをねらふといふことになると、おなじく恐ろしくとも可憐かれんな気持が出て来て好いものである。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「たとえばさ、腹にはおへそというものがあって、しめくくりがあるだろう。ところが背中はのっぺらぼうで、中心が全然ない」
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
一体馬面うまづらで顔も胴位あろう、白いひげが針を刻んでなすりつけたように生えている、おとがいといったらへその下に届いて、そのあごとこまで垂下って
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとえば「大きく空洞うつろになっているへそは美しいものとされているばかりでなく、幼児にあってはすこやかに生い立つしるしであると思われている」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……そうだ彼らは人間ではない! 彼らは谷の妖精どもなのだ! 一人の女は鳥の精と見えへそから下は羽根でおおわれ指に蹴爪が生えている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なるほど、蜆の肉は、おへそみたいで醜悪だ。僕は、何も返事が出来なかった。無心な驚きの声であっただけに、手痛かった。
水仙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
編輯者は、私がもう死ぬだろうから、書かせてやれ、と考えて、書かせた訳であるか——人を呪うとへそ二つで、今度は、私が
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
恐ろしい佝僂せむしで、高く盛上がった背骨にられて五臓ごぞうはすべて上に昇ってしまい、頭の頂は肩よりずっと低く落込んで、おとがいへそを隠すばかり。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あのお婆さんは、今夜きっとその財布をおへそにあてて寝るんだろうよ。あした目が覚めて見るとお札がむれて、かびだらけ。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
道路とはいえ心当てにそう思うばかり、立てばへそを没する水の深さに、日も暮れかかっては、人の子一人ひとり通るものもない。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かはづは愛嬌者で、へその無い癖に人間並に一つは持合せてゐるらしい顔つきをしてゐるが、広い世間にはこんな愛嬌者を何よりもこはがる人さへある。
わたくし昨年さくねんの十二ぐわつ芝愛宕下しばあたごした桜川町さくらがはちやうしまして、此春このはる初湯はつゆはいりたいとぞんじ、つい近辺きんぺん銭湯せんたうにまゐりまして「初湯はつゆにもあらひのこすやへそのあか」
年始まはり (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
ぜひくれるというからとうとう連れて帰って家に置いた。あまりへそをいじくるので、爺が火箸でちょいと突いてみると、ぷつりと金の小粒が出た。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みなさん、科学サイエンスだって、時には気むずかしいことがありますよ。そんなときには、へそを曲げちまいますよ、臍をネ。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
すべてがあつさにつかれたやうでむしきはめて閑寂かんじやくにはのぞいては、かげながら段々だん/\けつゝふとりつゝしりへそしてどつしりとえだからさがつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
真赤な唇を女のようにニッコリさせつつ、無言のまま、ウドン粉臭いパンの固まりを私のおへその上に乗っけた。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「それはききめがありますよ、一週間でこれこの通り」と下腹をわざわざあけて不愉快なへそを見せるのだ。私は当時随分沢山の臍の種類を見せてもらった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
産婆は自分の世話をするおしまいの湯をつかわせて、涼風の吹く窓先に赤子を据え、剃刀かみそりへそを切って、米粒と一緒にそれを紙に包んで、そこにおくと
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これは英語の navel、おへそって字からなまってきたのよ。ほら、ここんとこが、お臍のようでしょう。英語の先生がそう言ったわよ、とシイカが笑った。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
そう言って彼は、へそぐらいの深さのところまでゆくと、蛙のように四肢をひろげて、体を浮かす工夫をした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
後学のために、よーく上からながめておれ! 城代石藤左近将監の立ち腹の切りかたと、申すはな……まず、へその下一寸左脇腹へ突きたてて、右へまわし……
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
例えば『諸国咄』では義経やその従者の悪口棚卸しに人のへそり、『一代女』には自堕落女のさまざまの暴露があり、『一代男』には美女のあら捜しがある。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、この魚の腹には俗に「鯔のへそ」という筋肉質で算珠盤玉そろばんだまのような形のした臓器が入っております。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
伝馬への本船からのへそのごとき役を努めていた綱は今一方はずされ、どちらも延ばされた。波田はすぐに、船首の方の綱をも、うまくはずすことができた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ずたずたに切られ、夢のように拡大された頸、乳、へその中には、山も川も、森も谷も、そして風の音も、総てが油然ゆうぜんと混和されて、ぞよぞよと息づいているのだ。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それで魚屋がまないたの上でかつをたひを切るやうに、彼は解剖臺の屍體に刀を下すのであツた。其の手際と謂ツたら、また見事なもので、かたの如くへその上部に刀を下ろす。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
花房は佐藤の卓の上から取って渡す聴診器を受け取って、へその近処に当てて左の手で女の脈を取りながら、聴診していたが「もうよろしい」と云って寝台を離れた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
鶴見がなつかしがるのは、これがその正体である。明治八年三月十五日出生隼男と明記した包の中から干乾ひからびて黒褐色を呈したものがあらわれる。へそである。
その静脈がへそのところを中心として四方にうねり出る有様は、メデューサの頭をてっぺんから見るように思われ、メデューサの首と名づけられているのであります。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ほとんどへそ位の深さの所ばかり渡りましたが、それは案内者に引っ張って貰って渡って行くのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それは大沼枕山の遺族を訪問した時、わたくしは特に許されて枕山が誕生の時のへそ書を見た。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「のぶ公の阿多福おたふくやい。お洒落しゃれしゃれてもれ手がないよ。おへそが出べそで嫌われた。」そんなことを云ってはやしたてては、のぶちゃんにべそをかせたりしたものだ。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
へその下を住家として魂が何時の間にか有頂天外へ宿替をすれば、静かには坐ッてもいられず、ウロウロ座舗を徘徊まごついて、舌を吐たり肩をすくめたり思い出し笑いをしたり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
また、船に乗るときに、陸の土を少々紙に包み、へそのうえにあてておけば、船に酔うことなし。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ふんどしもシャツも赭黒あかぐろく色が変って、つまみ上げると、硫酸でもかけたように、ボロボロにくずれそうだった。へそくぼみには、垢とゴミが一杯につまって、臍は見えなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
坂、坂は照る照る鈴、鈴鹿は曇る、あいのあいの土山雨がふる、ヨーヨーと来るだろう。向うの山へ千松がと来るだろう。そんなのはないよ。五十四郡の思案のへそと来るよ。
煩悶 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
見ず知らずの連中とのへそ切って初めての交際やのおかげで、たちまち頭がカーッとなった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しげさん。もし、しげさんは留守るすかい。——おやッ、天道様てんとうさまへそしわまで御覧ごらんなさろうッて昼間ぴるま、あかりをつけッぱなしにしてるなんざ、ひどぎるぜ。——ているのかい。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いのちたすかりたるのち春暖しゆんだんにいたればはれやまひとなり良医りやういしがたし。凍死こゞえしゝたるはまづしほいりぬのつゝみしば/\へそをあたゝめ稿火わらびよわきをもつて次第しだいあたゝむべし、たすかりたるのちやまひはつせず。