かざ)” の例文
女房 水に目のおれなさいません、貴女には道しるべ、また土産にもと存じまして、これが、(手にかざす)その燈籠でございます。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勘次かんじはそれでも分別ふんべつもないので仕方しかたなしに桑畑くはばたけこえみなみわびたのみにつた。かれふる菅笠すげがさ一寸ちよつとあたまかざしてくびちゞめてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と、白玉喬はくぎょくきょうは片手を腰に、また、片方のンがり靴をぴょんと前へ投げ出し、手にしていた薄手な盆をかざすなり見物席を眺め渡して
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
必死に争うのを、巧みにあしらって、組み伏せると、どんな合図があったものか、御用の提灯ちょうちんを振りかざして、宙を飛んで来たガラッ八。
女は薄紅うすあかくなった頬を上げて、ほそい手を額の前にかざしながら、不思議そうにまばたきをした。この女とこの文鳥とはおそらく同じ心持だろう。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何時の間にか娘のお勝がかどから戻つて來て、母と旦那との間にキチンと坐り、秋の夕風に冷たくなつた小ひさな手を長火鉢にかざした。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
と、大隅はなに思ったものか、急に空を見上げて、両手をかざした。そしてしばらく何かをしきりに探し求めているようであったが
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我等は皆徒立かちだちとなりて、うさぎうまをば口とりの童にあづけおきぬ。兵卒は松明振りかざして斜に道取りて進めり。灰はくるぶしを沒し又膝を沒す。
真剣と真面目とを正面から振りかざしたとて、それが技巧や、身ぶりや、表情や、世間に対する仮面に立つて了つては駄目である。
解脱非解脱 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
遙かに綿々として聳える上越国境の国越えの三国連山の初雪に手をかざし、なにか口に低く唱えている姿を、幾人も村人が見て知っていた。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
磧の草はすっかり穂をかざしながら、いまは、蕭蕭とした荒い景色のなかにふるえて、もう立つことのない季節のきびしい風に砥がれていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
見ればともの方から、左腕には般若はんにゃの面を抱え、右の手をかざして足拍子おもしろく踊りながらこちらへ来るのは、清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉之助の意志に関係かかわりなく自ずとグルグル廻り出した事で、頭上にかざした妖婆の手が左へ左へと廻るに反し、右へ右へ右へと廻る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別に金の玉を矢張り竿の先につけた男がそれを或は高く或は低くかざしながら踊り廻る。すると龍の方の係りも竿を上げたり下したりする。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
落ち口の大きな岩の上に腰を下して、後れた人達を待ち合した、一むらの虎杖が背後からてんでに翠蓋すいがいかざして、涼しい蔭を作って呉れる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
さきよりこの一群に、着きつ、離れつ随ひ来れる油売、実は伊留満いるまん喜三郎、油桶は持たで、青き頭巾かぶれる。叱咤せられ、袖かざしてすさる。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
お杉は無言で蝋燭をかざすと、深い岩穴の中腹かとも思われる所に、さながら大蛇おろちの眼の如き金色こんじき爛々の光を放つものが見えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かなら朝夕てうせき餘暇よかには、二階にかいまどより、家外かぐわい小丘せうきうより、また海濱かいひん埠頭はとばより、籠手こてかざしてはるかなる海上かいじやう觀望くわんぼうせられんことを。
灯をかざして迎えに出ている番頭に連れられるまま、駅前の丸源という三階建のこの辺としてはかなりの宿屋に案内せられた。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
或者は火に手をかざしたまま、くすぶる煙に眼をしばだたいている。さもなくば酒を温めながらこれに合槌あいづちを打って陽気にするばかりだ。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼女かのじよはその苦痛くつうたへられさうもない。けれどもくろかげかざしてたゞよつて不安ふあんは、それにもして彼女かのぢよくるしめるであらう。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そこでわきから手をかざすようにしたが、そもそもガス焜炉はそういう仕掛になっているのだろう、脇へはウソみたいに熱を放射しないのである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
そんな風にしていい争っていたが、七郎丸は不意に手を離してじっと息を殺したかと思うと、片手の平を耳の傍らにかざして
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
お春は静かに次のへと退ったがしばしして、秋の空を思えとや、紫紺に金糸銀糸きんしぎんしもて七そうを縫った舞衣まいぎぬを投げかけ金扇きんせんかざして現われました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
小初は、み台のやぐらの上板に立ち上った。うでを額にかざして、空の雲気を見廻みまわした。軽く矩形くけいもたげた右の上側はココア色に日焦ひやけしている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
帰りは、紙鉄砲や折紙細工の批評や、焔の上に手をかざして平気でいた魔術師の噂さなどで、彼らはそれぞれ興奮していた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
それから、昼弁当の結飯むすびをこしらえ、火にかざして、うす焦げにして置いて、小舎の傍からむしって来た、一柄五葉の矢車草の濶葉に一つずつ包む。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
みのえは、のっそり立ち上り、小僧を睨みつけると、物も云わず片手にキラキラ閃くものを振りかざし小僧に躍りかかった。
未開な風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「これは何かの具合でこの穴にずっと昔の空気が残っていたんだ。」といいながら又懐中洋燈ランプを点じてそれを高くかざして隈なく四辺を見回した。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私は流し元の片附を終ると、伯父達の部屋へ行つて、まるで彼等の子供ででもあるやうに、二人の間にはさまつて長火鉢に手をかざすのであつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
つかみの半襟地を窓明りにかざしては元の位置へ置き、又他の一つかみを取上げて同じ事を繰返して居た。と、或刹那、彼は不思議な事を見付け出した。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
しかし人の話に、壮烈な進撃とは云っても、実は土嚢どのうかざして匍匐ほふくして行くこともあると聞いているのを思い出す。そして多少の興味をがれる。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
時々かざしている傘の絵を見て、馬の走って行く方向にクルクル廻わしているところへ、浴衣がけの父がノッソリ縁側に出て来て、傘の上から問うた。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
春夏は緑、秋は黄とあかがいをさしかざす。家の主はこの山もみじの蔭に椅子テーブルを置いて時々読んだり書いたり、そうして地蔵様を眺めたりする。
地蔵尊 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「いや、どうも盛会ですな。」と、ビールのコップを右の手に高くかざしながら、蹌踉ひょろひょろと近づいて来る男があった。それは、勝平とは同郷の代議士だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
突然、山時雨やましぐれが襲って来た。深林の底は急に薄暗くなった。馬車の上の人達はあわてて傘をかざした。時雨は忍びやかに原始林の上を渡り過ぎて行った。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「あっしが昨夜お店の前を通った時にゃあ、旦那は帳場傍の大火鉢に両手をかざして戸外そとを見ていなすったが——。」
どういう絵があるかというと、赤く塗ってある御堂のなかに美しい女が机の前に坐っておって、向こうから月の上ってくるのを筆をかざして眺めている。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
かざすだけでいゝ。ずつと遠くに離れた遙かに大きな雲もこれと同じ力を持つてゐる。その雲はあらゆるものを蔽ひかぶせて、何もかも曇らして了ふのだ。
藤原氏は小手をかざして西の宮の方を見た。箕面みのもの方を見た。京都の方を見た。築港の方を見た。見は見たが、どこにも心配な雲は影さへ見せなかつた。
妻と婢とはだまって笑って見ていた。今度からは汝達おまえたちにしてもらう、おぼえておけ、と云いながら、自分は味噌の方を火に向けて片木へぎ火鉢ひばちの上にかざした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其様さう手軽く恋愛が成り立つものでない、其れが自分のヤマで、此の男主人公と、其の夫人——常に基督キリストの教訓を真向にかざして、博愛事業に関係してゐる
未亡人と人道問題 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
始めから終りまで千鳥の話をくわしく見てしまうまでは、かざす両手のくたぶれるのも知らぬ。袖を畳むとこう思う。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
彼女はそこへベッタリ坐ると、この寒いのに、火鉢に手をかざそうともせず、「オオ熱い」と独言ひとりごとを云って、指環の光る両手でベタベタと頬を叩いている。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
地蔵様の近くに、若い三本松と相対して、株立かぶだちの若い山もみじがある。春夏は緑、秋は黄と紅のがいをさしかざす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
始て怖気付おじけづいてげようとするところを、誰家どこのか小男、平生つねなら持合せの黒い拳固げんこ一撃ひとうちでツイらちが明きそうな小男が飛で来て、銃劒かざして胸板へグサと。
日にかざした薄色の絹は彼女の頬のあたりに柔かな陰影かげを作った。山本さんは又、旧いことまで思出したように、彼女と二人で歩くことを楽みにして歩いた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あるじはこの時窓際まどぎは手合観てあはせみに呼れたれば、貫一は独り残りて、未だたもとかざしつつ、いよいよ限無く惑ひゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
俺はかぶりを振って、澄ました顔をした。すると女は怒って、やさしい拳骨を鼻の頭にかざして睨めつけた。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
小さい前栽せんざいと玄関口の方の庭とを仕切った板塀いたべいの上越しに人の帰るのを見ると、蝙蝠傘こうもりがさかざして新しい麦藁むぎわら帽子をかぶり、薄い鼠色ねずみいろのセルの夏外套なつがいとうを着た後姿が
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)