)” の例文
と、つかれてきたはねにバサバサとちからめて、ひつかうとするけれど、ラランのやつはさつさとさきびながら、いたもので
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
それは助けを求めて聞き入れられない琵琶が、必死の恨みをめて自分を追いかけて来て、自分の頭の上で泣いたと思ったからです。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
正午近い銭湯はすいていた。ただ濛々もうもうと湯気のめた湯槽ゆぶねに腰かけて坊主頭の若造と白髪の老人とが、何かしきりに饒舌しゃべりあっている。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
腕組みをして、むっつりしている宏子の顔をはる子は暫く眺めていたが、やがて黙って宏子の肩を一つ情をめてたたいて出て行った。
海流 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
霽れる兆かと喜んだが、これは糠喜びに終って、空は益々ますます暗くなり、一陣の風と共に大粒の雨がほの白くあたりをたちめてしまった。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
橋上に佇んで見下せば、河の面てには靄立ちめ、もやった船も未だ醒めず、動くものと云えば無数の鴎が飛び翔け巡る姿ばかりである。
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あらゆる事情」が「たった一個の指輪」にもっていて、そしてそれが、毀れそうでなかなかこわれない。それだけ厄介なのだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
いま、部屋の中にもっているのは、むっとせっかえるような、鉄錆てつさびに似た人血のにおい……一党は、手さえ血でべとべとしている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ一人暇を取らずにいた女中が驚きめて、けぶりくりやむるを見、引窓ひきまどを開きつつ人を呼んだ。浴室は庖厨ほうちゅうの外に接していたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
坑道——ディグスビイの酷烈な呪詛じゅその意志をめたこの一道の闇は、壁間をい階層の間隙を歩いて、何処いずこへ辿りつくのだろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
裁判官はさびのある声でおごそかに言った。そして、法の鏡に映る湯沢医師の言葉の真意をさぐろうとの誠意をめて静かに眼をつむった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
煙草の煙が、未来の影を朦朧もうろうめ尽すまで濃く揺曳たなびいた時、宗近君の頑丈がんじょうな姿が、すべての想像を払って、現実界にあらわれた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄暗くて立ちめた湯気の濛々もうもうたる中で、「旭川は数年にして屹度札幌を凌駕りようがする様になるよ」と気焔を吐いて居る男がある。
雪中行:小樽より釧路まで (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
赤いたすきをかけた女工たちは、甲斐甲斐かいがいしく脱ぎてられた労働服を、ポカポカ湯気の立ちめているおけの中へ突っ込んでいる。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
戸は彼の思つた通り、するりとしきゐの上をすべつた。その向うには不思議な程、空焚そらだきの匂が立ちめた、一面の闇が拡がつてゐる。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夕暮が四方にめ、青い世界地図のやうな雲が地平に垂れてゐた。草の葉ばかりに風の吹いてゐる平野の中で、彼は高い声で母を呼んでゐた。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
鼓膜も破れんばかりの響きのうちに獣の断末魔の悲鳴! 濛々たる白煙が立ちめて、私は何発を射ったかを覚えなかった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
暗灰色の密雲みつうんは、みっしりと空をめ、褪色たいしょくした水彩画のようなあたりには「豊さ」というものは寸分も見出せなかった。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
大気はソヨとも動かず、その中に、いだこともない、恍惚とするような不思議な香気がムッと重苦しく立ちめていた。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
甲の俳人も天地の景勝風物ふうぶつを諷詠する、その間に挨拶の意味をめて。乙もまたそれに答えて花鳥風月を諷詠する、同じく挨拶の意味を罩めて。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
男は無量の感慨をめてこういったまま、しばらく見物達の顔から顔を見廻していたが、やがて、自問に答える様に続けた。
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
東海道を往復する毎に、いつも私の強い興味を惹く山であるが、今日は雨後の澄明な空氣の中に夢の如く淡く薄紫の霞をめて靜かに立つてゐる。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
この時は午前の四時少し過ぎ、東の空はようやく白んで来たようだが、濃霧は四方を立てめて、どこの山の姿も分らない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
章一は力をめて突き飛ばした。細君さいくんの体はよろよろとなって長火鉢ながひばちねずみいらずとの間へ往って倒れた。と、そこから苦しそうなうめきが聞えて来た。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は奮然として起き直り、薄い敷蒲團の上にかしこまつて兩手を膝の上に揃え、なにがなし負けまいと下腹に力をめて反衝はねかへすやうな身構へをした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
薄い靄か霧かが来て雪のあとの町々を立ちめた。その日の黄昏時たそがれどきのことだ。晴れたナと思いながら門口に出て見ると、ぱらぱらと冷いのがえりにかかる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その日は春も弥生やよい半ばで、霞のめた遠山のけしき、ところ/″\の谷あいの花の雲などに誘われて、ついうか/\と逍遥しょうようしてみたくなったのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
灰色の雲が空一帯をめていた。それはずっと奥深くも見え、また地上低く垂れ下がっているようにも思えた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そう思って見ると、この画は市民生活の道義的最高精神を主題としたもので、恐らくレンブラントの後期に於いて最も熱情をめて描いた物の一つであろう。
レンブラントの国 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
最期の目をつぶると、大きな明るみと光のめた深淵とが見えてきて、そのなかに自分の精神は、はてしなく飛んでゆくだろう、というように私には思われる。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
今宵こよいこの地に宿りて汽車賃を食い込み、明日また歩み明後日また歩み、いつまでも順送りに汽車へ乗れぬ身とならんよりは、苦しくとも夜をめて郡山まで歩み
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
不在中桜田の事変帰る時は南の方をとおったと思う。行くときとはちがっ至極しごく海上は穏かで、何でもそのとしにはうるうがあって、うるうめて五月五日の午前に浦賀にちゃくした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そして、あたりにめてるやみの中で見ることを覚え、闇をも忘れるまでになってる今では、闇にさし込む一条の光に会ったら、たぶんそれを恐れることであろう。
残暑の日が長たらしく続き、それが水の上の生活を沙漠さばくに咲き誇る石鹸天さぼてんの様に荒廃させた。密度の高い瘴気しょうきが来る日も来る日も彼等の周囲をめて凝固してゐた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
とまれ、十年前ねんまへあきの一乳色ちゝいろ夜靄よもやめた上海シヤンハイのあの茶館ツアコハン窓際まどぎはいた麻雀牌マアジヤンパイこのましいおといまぼく胸底きようていなつかしい支那風しなふうおもさせずにはおかない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
 夜をめて気持のよいもののがたゆたい、まっ黒な月桂の樹陰こかげに、暗香それと知られたるヘスペリスの花壇に沿うて立つファウンの大理石の手にもてあそばるる笛の
雪は朝日をうけて薄くれないに、前岳はポーと靄がめて、一様に深い深い色をしている。急いで写生する。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
何といっても隅田河原すみだがわらかすみめた春の夕暮というような日本民族独特の淡い哀愁を誘って日本の民衆のはらわた染込しみこませるものは常磐津か新内の外にはないと反対した。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
掛障子かけしょうじの紙の色が暗い床脇とこわきに白く目立って、秘かにめた夕暗の中に、人の気配もほのかであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はきずついた足で、看守長の睾丸を全身の力をめて蹴上げた。が、食事窓がそれを妨げた。足は膝から先が飛び上がっただけで、看守のズボンに微に触れただけだった。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
鐵物かなものいかめしき閭門りよもん、見わたす限遙なるカムパニアの野邊に、物寂しき墳墓のところ/″\に立てる、遠山の裾をめたる濃き朝霧など、我がためにはこたび觀るべき
玄關げんくわんさき別室全體べつしつぜんたいめてゐるひろこれが六號室がうしつである。淺黄色あさぎいろのペンキぬりかべよごれて、天井てんじやうくすぶつてゐる。ふゆ暖爐だんろけぶつて炭氣たんきめられたものとえる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
早朝関翁以下駅逓えきていの人々に別を告げる。斗満橋を渡って、見かえると、谷をむるあお朝霧あさぎりの中に、関翁は此方に向い、つえかしらに両手をんで其上にひたい押付おしつけて居られた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もうもうと立ちめた霧の底を流れてゆく水勢だけが、見えないので不気味にすさまじい。
独り旅 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
と、お初は、ふところ手のままで、流し目のような視線に、嘲笑をめて投げかけるのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
めっきり、暖い午前なので、浴室には何時ものように水蒸気も立ちめてはいなかった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三月の半ば過ぎであるが、水上はまだ水煙がめてうすら寒かった。北が晴れると風が吹いて川面に波を立てた。だんだん陽春の近づくにつれて隅田を下る船の数が増して行く。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
なんとも言えない静かな上品さがあるもので、朝の気がその上に立ちめて、早晨そうしんの日の光が射しとおしてくる景色などは、言葉では言い切れない大きな詩味を投げかけてきます。
私は、書物の頁を繰りながら、とき/″\、冬の午後の風景を眺めた。遠くには、青白い霧と雲が立ちめてゐた。近くには、れた芝生しばふと嵐に打たれた灌木の林の眺めがあつた。
ね飛ばされて不二は一たび揺曳えうえいし、二たびは青木の林に落ちて、影に吸収せられ、地に消化せられ、忽焉こつえんとして見えずなりぬ、満野まんやしゆくとして秋の気をめ、騎客きかく草間に出没すれども
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)