まゆ)” の例文
「惜しむらく、君は、英敏な資質をもちながら、良き主にめぐり会わなかったのだ。うじの中にいては、かいこまゆを作れず糸も吐けまい」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天井の真中には、麻布あさの袋でおおったシャンデリアがさがっているが、ひどい埃のために、まるでさなぎの入っているまゆそっくりだ。
高辛氏こうしんしの時代に、王宮にいる老婦人が久しく耳のやまいにかかって医師の治療を受けると、医師はその耳から大きなまゆのごとき虫を取り出した。
彼は埼玉さいたまの者、養子であった。まゆ商法に失敗して、養家の身代をほとんどってしまい、其恢復の為朝鮮から安東県に渡って、材木をやった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
平生は火の消えたように静かな裏通りにも、まゆ買い入れ所などというヒラヒラした紙が張られて、近在から売りに来る人々が多く集まった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
まゆや炭を都会に売るからこそそれよりも遥かにわるい木綿やカンザシを買わされて、その交換上のアヤで田舎の金を都会にとられて行くのだ。
「みずくさ」という木の赤いえだに、米の粉をまるめてまゆの形をつくる。それを神棚に飾りつける。養蚕の前祝だという。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まゆを破って出たのように、その控え目な、内気な態度を脱却して、多勢おおぜいの若い書生たちの出入りする家で、天晴あっぱれ地歩を占めた夫人になりおおせた。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
保胤が池亭を造った時は、自ら記して、老蚕のまゆを成せるがごとしと云ったが、老蚕は永く繭中けんちゅうに在り得無かった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それよりもあすこに桑を作り、養蚕を片手間にやるとすれば、まゆ相場に変動の起らない限り、きつと年に百五十円は手取りに出来るとか云ふことだつた。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとくちに云えば貧困農村で、副産物の木炭、涸沢にのぼって来る季節の川魚の焼干し、屋根をくための茅葭ちがや、そして僅かなまゆなどで生活を支えてきた。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あなたの美しい姿を見て、あなたをしたって、まゆの糸のようにまとっていて、こんなことになったのです。これは情魔のごうです。人間の力ではないのです。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ああ、しかし——この清らかなまゆのような餅を見るとき、捨て難きあのおん方——思い断ち難きわが心——。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
丁度ちょうどこの日は校長も出張しゅっちょうから帰って来て、学校に出ていました。黒板こくばんを見てわらっていました、それからまゆを売るのがんだら自分も行こうとうのでした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
まだ見たこともない大きな石臼いしうすまわるあいだから、豆が黄色な粉になって噴きこぼれて来るのや、透明な虫が、真白な瓢形ひさごがたまゆをいっぱいわらの枝に産み作ることや
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
見覚えのある場末の鍛冶屋かじや桶屋おけやが、二三月前の自分の生活を懐かしく想出させた。軒の低い家のなかには、そっちこっちに白いまゆられてあるのが目についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
本草ほんざうあんずるに、石蚕せきさん一名を沙虱すなしらみといふもの山川の石上につきまゆをなし、春夏羽化うくわして小蛾せうがとなり、水上すゐしやうに飛ぶといへり。くだんのさかべつたうは渋海川の石蚕せきさんなるべし。
我々はまた五、六十人の娘が、まゆから絹糸を繰っている、大きな建物に行って見た。工場を通って行くと、慎み深いお辞儀と、よい行儀の雰囲気とが、我々をむかえた。
そのかわり、動物学で学んだ蚤の幼虫などは、畳のすみ絨毯じゅうたんの下などには幾つも幾つもいたものである。私はある時その幼虫とまゆと成虫とを丁寧に飼っていたことがある。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
更に日をると、皮膚は薄膜のやうに透きとおりはじめた。学校の実験室で見たまゆの透きとおりを思はせた。明子はねばねばした幼児の四肢がそこに透いて見えるのを想像した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
それで首尾よくまゆが取れ上ると、それを藩の手でとりまとめて宰領し、長崎へ持って行って和蘭オランダ商館へ二十五万ドルで何の苦もなく取引を済まして帰って来たという豪勢さだ
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうして女ばかり三、四人の家族が、縁先に出てしきりにまぶしのまゆをむしっていた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのくわはつやつやとして、いろくろく、あつくて、ほんとうにうまそうです。こんなべているおかいこは、きっとよくふとっているだろう。そして、いいまゆつくるにちがいない。
芽は伸びる (新字新仮名) / 小川未明(著)
七夕たなばたあかや黄や紫の色紙がしっとりとぬれにじんでその穂やくわの葉にこびりついている。死んだほたるのにおいか何かがむせんで来る。あけっぱなしの小舎こやがある。蚕糞こくそまゆのにおいがする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
まゆに籠っていたさなぎかわり、不随意に見えた世界を破って、随意自在の世界に出現する。考えてみればこの急激な変貌のおそろしさがよく分る。受身であった過去は既に破り棄てられた。
俊頼としよりの歌に「山里のこやのえびらにる月の影にもまゆの筋は見えけり」とあるえびらは、家の中にある器具かと見え候へど、それを桑の葉入れにも用ゐ候にや。識者の教をわずらはしたく候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この頃は利用の道も立ってそのまゆが役立つが、昔はいい例にはとられておらぬ。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼女は前庭の日なたでまゆながら、実際グレートヘンのように糸繰車を廻していることがある。そうかと思うと小舎ほどもある枯萱を「背負枠」で背負って山から帰って来ることもある。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
現世げんせ人達ひとたちかられば、というものはなにやら薄気味うすきみのわるい、なにやら縁起えんぎでもないものにおもわれるでございましょうが、わたくしどもかられば、それは一ぴきまゆやぶってるのにもるいした
そんなにして坐っていて、わたしの顔を見ているその目付で、わたしの考えの糸を、丁度まゆから絹糸を引き出すように手繰たぐり出すのだわ。その手繰出されたわたしの考えは疑い深い考えかも知れない。
上州生れで、まゆのように肥った彼女は、急な裏梯子うらばしこから信玄袋をかついで二階の女給部屋に上って行った。「お蔭様でありがとうございます。」暗がりにうずくまっている女の首が太く白く見えた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まゆふたごもりにもわれ似たり人の家のみ宿とすまへば
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
「昨年はまゆ値が出たンで、一寸ちょっとよかったろう」
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
逡巡しゅんじゅんとしてまゆごもらざる蚕かな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
青白あおしろまゆのここち……
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
まゆ仲買なかがいの男と酌婦しゃくふ情死しんじゅうした話など、聞けば聞くほど平和だと思った村にも辛い悲しいライフがあるのを発見した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
うしろ向きに、深く夜具のえりをかぶって寝ている父を見ながら、お蝶は、まゆを破って抜け出るのようにい起きて、壁の頭巾をとり、おもてをくるむ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に、何となくしおれた色を見せた。やがて彼はたもとを探って、鉛の入ったまゆを取出した。仕事もなく、徒然つれづれなまま、この繭を土台にして、慰みに子供の玩具おもちゃを考案している。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
真綿はまゆ曹達ソーダでくたくた煮ていとぐちさぐり、水にさらしてさなぎを取りてたものを、板にしてひろげるのだったが、彼女はうた一つ歌わず青春の甘い夢もなく、脇目わきめもふらず働いているうちに
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第三句迄は序詞で、母の飼っているかいこまゆの中にこもるように、家に隠って外に出ない恋しい娘を見たいものだ、というので、この繭のことを云うのも日常生活の経験を持って来ている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
青くって澄んだ東北特有の初夏の空の下に町家はくろずんで、不揃いに並んでいた。ひさしを長く突出した低いがっしりした二階家では窓から座敷に積まれているらしいまゆの山の尖が白くのぞかれた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老蚕のまゆを成すが如しと笑い、其の住むこと幾時ぞや、と自ら笑って居る。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
図194は長いテーブルで、娘が十人ずつ坐り、まゆから絹をつむいでいる所を写生した。これを百年記念博覧会に出したら、和装をした、しとやかな娘達は、どんなにか人目を引いたことであろう。
「そうか、学校がっこうのと、どっちがいいまゆつくるかな。」
芽は伸びる (新字新仮名) / 小川未明(著)
まゆをほごすように
中仙道の川口方面へ出るという鋳物商人いものあきんど、大宮へ行くというまゆ買いの男、野田粕壁かすかべ地方へ所用でゆく人々、六部、煙草売り、雑多な者の姿が見える。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田のあぜ、街道の両側の草の上には、おりおり植え残った苗の束などが捨ててあった。五月さつき晴れには白いまゆが村の人家の軒下や屋根の上などに干してあるのをつねに見かけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
青くこごってんだ東北特有の初夏の空の下に町家はくろずんで、不揃ふぞろいにならんでいた。ひさしを長く突出つきだした低いがっしりした二階家では窓から座敷ざしきに積まれているらしいまゆの山のさきが白くのぞかれた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その日はまゆの形を米の粉で造り、笹の葉に載せて祭るのだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おのづから夏ふけぬらし温泉うんぜんの山のかふこまゆごもりして
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)