しぼり)” の例文
人混みを掻き分けて入ると、龜澤町のとある路地に、紅い鹿しぼり扱帶しごきで首を絞められた若い男が虚空こくうを掴んで死んで居るのでした。
染色そめいろは、くれない、黄、すかししぼり、白百合は潔く、たもと鹿の子は愛々しい。薩摩さつま琉球りゅうきゅう、朝鮮、吉野、花の名の八重百合というのもある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人は素肌に双子ふたごあわせを着て一方の肩にしぼり手拭てぬぐいをかけた浪爺風あそびにんふうで、一人は紺の腹掛はらがけ半纏はんてんを着て突っかけ草履ぞうりの大工とでも云うような壮佼わかいしゅであった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
所々綴布つぎの入つた腰迄の紺の厚衣あつしを、腹まで見える程ゆるく素肌に着て、細い木綿しぼりの帯を横に結んで、其結目の所に鼠色に垢のついた汗拭をげて居た。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
花は白、紫、しぼりなどが咲交さきまじっていて綺麗でした。始めに咲いてしぼんだのを取集めると、てのひらに余るほどあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
曾て堀切の園にありし花大にしてしぼりの色さま/″\なるは俗にして品下れり。八幡の村道を行くに女學校門外の溝に黄色の花さきし菖蒲多くあり。西洋種なるべし。
荷風戦後日歴 第一 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
南部の名といつも結ばれるものに「南部紫なんぶむらさき」があります。紫とは紫根染しこんぞめのことで、この紫で今もしぼりを染めているのは、わずか盛岡と花輪だけのようであります。共にあかねでも染めます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
雑誌の肖像で見た通りの形装ぎょうそうである。顔はきわめて白く、くちびるは極て赤い。どうも薄化粧をしているらしい。それと並んでしぼりの湯帷子を著た、五十歳位に見える婆あさんが三味線をかかえて控えている。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
商売上のことは大体頭脳あたまへ入って来たお島は、すっかり後を引受けて良人おっとを送出したが、意気な白地の単衣ひとえ物に、しぼり兵児帯へこおびをだらりと締めて、深いパナマをかぶった彼の後姿を見送ったときには
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
はじめ村中も倶々とも/″\すゝめて止ざりけりさても寶澤は願ひの如き身となりたび用意よういもそこ/\にいとなみければ村中より餞別せんべつとして百文二百文分におうじておくられしにちりつもりて山のたとへ集りし金は都合八兩貳とぞ成にける其外には濱村はまむらざしの風呂敷ふろしき或は柳庫裏やなぎごり笈笠おひがさくもしぼり襦袢じゆばんなど思々の餞別せんべつに支度は十分なれば寶澤は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
むき身しぼり襦袢じゅばん大肌脱おおはだぬぎになっていて、綿八丈の襟の左右へはだけた毛だらけの胸の下から、ひものついた大蝦蟇口おおがまぐち溢出はみださせて、揉んでいる。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十八娘の美しさが、恐怖と激情に薫蒸くんじょうして、店中に匂うようななまめかしさ。鹿しぼりの帯も、緋縮緬ひぢりめん襦袢じゅばんも乱れて、中年男のセピア色の腕にムズと抱えられます。
著名な京染の一つに「しぼり」があります。今も昔の店を守るものがあって、よい仕事を見せます。様々な絞染がある中に、特に「鹿子絞かのこしぼり」の如きは、その美しさで永く持映もてはやされるものと思います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
然れども余は不幸にしていまだかつて油画の描きたる日本婦女のまげ及び頭髪とうはつに対し、あるひは友禅ゆうぜんかすりしましぼり等の衣服の紋様もんように対して、何ら美妙の感覚に触れたる事なく、また縁側えんがわ袖垣そでがき、障子
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
学円 いや、しらげ水は菖蒲あやめしぼり、夕顔の花の化粧になったと見えて、下流の水はやっぱり水晶。ささ濁りもしなかった。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その深川ふかがわ吉原よしわらなるとを問わず、あるひは町風まちふうと屋敷風とを論ぜず、天保以後の浮世絵美人は島田崩しまだくずしに小紋こもん二枚重にまいがさねを着たるあり、じれつた結びに半纏はんてんひっかけたるあり、しぼり浴衣ゆかたを着たるあり
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
身装みなりは構わず、しぼりのなえたので見すぼらしいが、鼻筋の通った、めじりの上った、意気のさかんなることその眉宇びうの間にあふれて、ちっともめげぬ立振舞。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あゝ、あのやなぎに、うつくしにじわたる、とると、薄靄うすもやに、なかわかれて、みつつにれて、友染いうぜんに、鹿しぼり菖蒲あやめけた、派手はですゞしいよそほひをんなが三にん
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
の、ひざ萌黄もえぎそで折掛をりかけて、突俯つゝぷしたはうは、しぼり鹿か、ふつくりと緋手柄ひてがらけた、もつれはふさ/\とれつつも、けむりけたびんつや結綿ゆひわたつてた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
羽二重のくれないなるに、緋で渦巻を絞ったお千世のその長襦袢のしぼりが濃いので、乳の下、鳩尾みずおち、窪みに陰のすあたり、鮮紅からくれないに血汐が染むように見えた——俎に出刃を控えて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒の唐繻子とうじゅすと、薄鼠うすねずみに納戸がかった絹ちぢみに宝づくしのしぼりの入った、腹合せの帯を漏れた、水紅色ときいろ扱帯しごきにのせて、美しき手は芙蓉ふよう花片はなびら、風もさそわず無事であったが
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
姿こそ服装なりこそ変りますが、いつも人柄に似合わない、あの、仰向あおむけに結んで、や、浅黄や、しぼり鹿の子の手絡てがらを組んで、黒髪で巻いた芍薬しゃくやくつぼみのように、真中まんなかかんざしをぐいと挿す
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人のわかい方は、洋傘こうもりを片手に、片手は、はたはたと扇子を使い使い来るが、扇子面に広告の描いてないのが可訝おかしいくらい、何のためか知らず、しぼり扱帯しごきせなかに漢竹の節を詰めた、ステッキだか、むちだか
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それをそのわかい貴婦人てった高島田のが、片手に控えてすがっています……もう笠は外して脊へ掛けて……しぼりあかいのがね、松明たいまつが揺れる度に、雪に薄紫にさっえながら、螺旋らせん道条みちすじにこううねると
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
垢抜あかぬけして色の浅黒いのが、しぼりの浴衣の、のりの落ちた、しっとりと露に湿ったのを懊悩うるさげにまとって、衣紋えもんくつろげ、左の手を二の腕の見ゆるまで蓮葉はすはまくったのを膝に置いて、それもこの売物の広告か
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藍、浅葱、朱鷺色ときいろと、鹿子かのこと、しぼりと、紫の匹田ひったと、ありたけの扱帯しごき、腰紐を一つなぎに、夜の虹が化けたように、おんなの下から腰にまつわり、裾にからんで。……下に膝をついた私の肩に流れました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その都度秘蔵娘のお桂さんの結綿ゆいわた島田に、緋鹿子ひがのこ匹田ひったしぼりきれ、色の白い細面ほそおもて、目にはりのある、眉の優しい、純下町風俗のを、山が育てた白百合の精のように、袖に包んでいたのは言うまでもない。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)