すゞり)” の例文
この人はかなりのインテリらしく、むづかしい本が幾十册と、机の上には、よい紙、よい墨、よい筆、よいすゞりなどを取揃へてあります。
と、滋幹の手をいて、とある一と間の屏風びょうぶの蔭へ引っ張って行った。と、そこの机に置いてあった筆を取ってすゞりにひたすと
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すゞりのやうにそぎ立つた山頂に、霧がまき始めた。ゆき子は、その山頂の霧の動きを見てゐるうちに、何とも云へない、悲しみを感じてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
伯父樣おぢさまきずのつかぬやう、我身わがみ頓死とんしするはうきかと御新造ごしんぞ起居たちゐにしたがひて、こゝろはかけすゞりのもとにさまよひぬ。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まだ己の此処に押込められてる事は知るまい、めて手紙でも遣りたいとすゞりを引寄せ、筆を取り上げふみを書こうとすると
うけ我々も念の爲預けたる證文を入れ申さんとすゞり取寄とりよせ一札を記載したゝめ三人の名の下へ印をすゑて預りの一札と引換ひきかへになしもとより急がぬ旅なれど日和ひより
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
娘は奥の自分の居間に坐つてゐて、ふと思ひ立つて出かけたらしく、座蒲団もすゞりも筆もそのまゝになつてゐた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
有一日あるひ伏姫は。すゞりに水をそゝがんとて。いで石湧しみづむすび給ふに。横走よこばしりせし止水たまりみづに。うつるわが影を見給へば。そのかたちは人にして。かうべは正しく犬なりけり。」云々しか/″\
こはれたすゞりのはしをのこぎりつきつて、それを小さな小判形(印章屋では二分小判と称する)に石ですりまろめて、恰好かつかうをとゝのへたが、刻るのは造作ざうさなかつた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
もとの壽阿彌のお墓はすゞりのやうな、綺麗な石であつたのに、今のお墓はなんと云ふ見苦しい石だらう。」
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
原稿紙を出した、すゞりに墨も流した。途中考へて来た「信仰の力」と云ふ題を書いた。手がふるへて居る。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
わたし眞鍮しんちう迷子札まひごふだちひさなすゞりふたにはめんで、大切たいせつにしたのを、さいはひにひろつて、これをたもとにした。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すゞりと殿様6・15(夕)
小さなすゞりしゆる時
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「さうだ。その紙と筆とすゞりと、封筒と、あ、もう一つ、字を書いた古封筒があつた筈だ、——本銀町淺田屋徳次郎殿——と」
姉さまのする事我れもすとてすゞりの石いつのほどにでつらん、れもお月さまくだくのなりとてはたとてつ
月の夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
母「かやや、其処そこすゞりがあるから朱墨しゅずみを濃くって下さい、そうして木綿針もめんばりの太いのを三十本ばかり持ってな」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
隣りの部屋では、寄りあひでもあるのか、四五人の話しあふ声がふすまごしに聞えた。小降りの雨のなかに、判然はつきりとした山脈が見えた。すゞりをたてたやうな山容である。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
素襖すあをかきのへたながら、大刀たちの切字や手爾遠波てにをはを、正して点をかけ烏帽子ゑぼし、悪くそしらば片つはし、棒を背負しよつた挙句の果、此世の名残執筆の荒事、筆のそつ首引つこ抜き、すゞりの海へはふり込むと
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
源氏物語の古い注釈書の一つである河海抄かゝいしょうに、昔、平中が或る女のもとへ行って泣く真似をしたが、うまい工合に涙が出ないので、あり合うすゞり水指みずさしをそっとふところに入れて眼のふちを濡らしたのを
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
無事にもどりしゆゑ私しも内分にてすまし申すべくと直にすゞり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かねて見置みおきしすゞり引出ひきだしより、たばのうちをたゞまい、つかみしのちゆめともうつゝともらず、三すけわたしてかへしたる始終しじうを、ひとなしとおもへるはおろかや。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
平次は何やら八五郎の耳に囁くと、町内の番所へ入つて、すゞりと紙を借りて何やらサラサラとしたゝめ、懷ろから小判を一枚取出すと、それをクルクルと包んで、八五郎の手に渡しました。
と云いながらあと退さがるから、岩越という柔術家やわらとり万一もし逃げにかゝったら引倒して息の根を止めようと思って控えて居ります。後へ退って大藏がすゞりを引寄せてふるえながらしたゝめて差出す。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だが、ゆき子は、もう、何年も生きてゆける自分ではないのだと、心ひそかに思ふのであつた。近くの山で山鳩がいてゐる。すゞりの肌を見るやうな紫色の、けづり立つた山が雨戸の隙間から見えた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
願ふと云ふもしのなきことに他人に有ながら當家へ養子やうしに來た日よりあつ深切しんせつくして呉し支配人なる久八へ鳥渡成ちよつとなりとも書置かきおきせんとありあふすゞり引寄ひきよせて涙ながらに摺流すりながすみさへうすにしぞとふで命毛いのちげみじかくも漸々やう/\したゝをはりつゝふうじるのりよりのりみち心ながら締直しめなほす帶の博多はかたの一本獨鈷どつこ眞言しんごん成ねど祕密ひみつの爲細腕ほそうで成ども我一心長庵如き何の其いは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なげくべきことならずと嫣然につこみてしづかに取出とりいだ料紙りやうしすゞりすみすりながして筆先ふでさきあらためつ、がすふみれ/\がちて明日あす記念かたみ名殘なごり名筆めいひつ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
紙にもすゞりにも及びません。平次は火鉢の灰へ、八五郎は縁の下の柔かい土へ——。
其の上に易書えきしょを五六冊積上げ、かたえ筆立ふでたてには短かき筮竹ぜいちくを立て、其の前に丸い小さなすゞりを置き、勇齋はぼんやりと机の前に座しましたさまは、名人かは知らないが、少しも山も飾りもない。
大勘定おほかんぢやうとて此夜このよあるほどのかねをまとめて封印ふういんことあり、御新造ごしんぞそれ/\とおもして、すゞり先程さきほど屋根やねやの太郎たらう貸付かしつけのもどり彼金あれが二十御座ござりました、おみねみね
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「見るがいゝ、すゞりには墨をつた跡が乾ききらずに殘つてゐるぢやないか」
やがて交る/″\風呂に入つた二人の浪人者は、一本つけさして、互に獻酬けんしうを始めました。平次はその間に部屋を出て、懷紙に帳場すゞりでサラサラと何やらしたゝめ、店先に立つて宵の街を眺めて居ります。
多分うなるだらう、——おいお靜、すゞりと紙を持つて來な
帳場すゞりの上に置いた、哀れ深い遺書を見ると